日韓関係改善と草の根交流の力

西川佳秀 (東洋大学教授)

朝鮮半島統一と日本の役割

 昨年(2018年)6月,初の米朝首脳会談が実現し,また南北首脳会談も幾度か開かれ,朝鮮半島の非核化や南北の緊張緩和に大きな動きが出たように見える。しかし,北朝鮮が本当に核兵器を放棄するのかどうか不透明な部分が多く,楽観は禁物だ。北朝鮮に核兵器を放棄させるには,圧力をかけ続けることが必要だろう。また南北の統一事業は,北朝鮮にすり寄るのではなく,韓国がイニシアチブを発揮して,北朝鮮の体制を民主化させる努力が求められる。朝鮮半島の平和と安定を実現するため,韓国がこれまで以上に大きな役割を果たすべき時期が来ている。
 もっとも,東西ドイツを統一するため,経済大国の西ドイツは数十年にわたり大きな経済的負担を強いられた。東ドイツの経済状況や生活水準を西ドイツのそれに等しいものと為すために,ドイツ経済は大きく落ち込んでしまったのである。朝鮮半島の統一においても,韓国の負担は莫大なものとなるだろう。そのため,日本や米国の関与が必要だ。とくに隣国である日本は,朝鮮半島の統一と平和の実現に積極的に関与すべきであり,またその責任があると考える。それは,朝鮮半島の平和と安定は日本の平和と安定と一体不可分だからである。

文在寅政権=韓国ではない

 しかし,日本が朝鮮半島の統一事業に積極的に関わるためには,大きな問題が両国の間に横たわっている。それは悪化している日韓関係だ。現在の両国関係は戦後最悪と言っても過言ではない。朴槿恵政権の前半も,日韓関係は停滞を見せたが,その後半には,慰安婦合意が成立するなど両国の関係は改善に向けて動き出した。日韓秘密軍事情報協定(GSOMIA)が締結されるなど日韓の防衛協力もようやく軌道に乗るやに見えた。期待は大いに高まった。
 ところが,朴槿恵前大統領が失脚し,その後任となった現在の文在寅大統領は,北朝鮮との関係改善や対中融和政策に重きを置き,対日政策には積極的な動きを見せようとしない。それどころか,文大統領の支持母体が反日運動団体であることも影響してか,“侮日”“軽日”と批判されても仕方のない日本軽視あるいは日本敵視の政策を採るようになっている。日韓基本条約締結の際の国家間合意を一方的に無視し,徴用工に対する最高裁判決を支持したほか,韓国軍艦の海上自衛隊機に対する火器管制レーダーの照射事案についても,問題解決に向けて何ら行動をとろうとはしない。それどころか,経済政策の失敗からくる政権支持率の低下を回復するため,韓国左派の反日世論に迎合して,日本叩きの姿勢を一層強めている有様である。
 このような深刻かつ重大な両国関係を改善し,少しでも良好な状況へと導く必要がある。日本と韓国の関係が友好的となり協力体制が整ってはじめて朝鮮半島の南北統一事業も大きく前進し,朝鮮半島に恒久的な平和が実現するものと考えるからだ。それでは,日韓関係を改善するにはどうすればよいのか。
 まず指摘したい点は,文在寅政権イコール韓国ではないということだ。北朝鮮に擦り寄り,また殊更に反日を煽るその政策方針と韓国の世論を同じものと見てはいけないということである。文大統領は盧武鉉元大統領の側近であったことからもわかるように,北朝鮮との関係改善を最重視する北寄り容共の政治家である。このような姿勢は,日米韓の連携を重視し,北朝鮮の非核化が実現するまでは警戒を怠ってはならないと考える健全保守層のそれとは大きく異なっている。文氏の姿勢がすべての韓国国民の姿勢であるかのような思い違い,錯覚に陥ると,反文在寅イコール反韓国の意識となり,日韓の対立感情を先鋭化させるばかりだ。
 韓国の中でも,文在寅大統領の対北朝鮮政策や対日政策に批判的な良識派は多数存在する。ともすれば日韓双方のメディアが,互いに両国の対立点や政治家の刺激的な発言などを抉り出すように拡声して報じるため,日韓の友好融和を願う市井の人々やバランス感覚を持った健全な市民の声が届かなくなってしまうのだ。われわれは,こうした“サイレントマジョリティ”の存在を常に意識し,冷静に対処する必要がある。
 しかも,日本側が誤解を解こうと反論し,自らの主張を述べると,そもそも日本との関係改善の意欲を持たない文在寅政権は,それを韓国の反日意識増大の活性剤に利用してしまう。議論すればするほど,反日反韓感情が増幅される悪循環だ。経済政策の失政で大きく低下した支持率を回復するため,文政権は今後,益々反日を利用するであろう。無論言うべきことは言い,反論すべきは毅然と反論すべきであるが,それによって事態が改善されるであろうとの幻想は文政権に対しては抱かないことだ。むしろいまは雌伏の時と割り切り,来るべき保守の政権奪還を視野に,冷戦後弱まっている日韓保守のパイプを今一度太くするための政界,財界,官界それぞれの地道ながらも情熱を持った取り組みを続けることがより重要であろう。

国境を超えた草の根交流の力

 また,国家と国家の関係は,そもそも政治家や外交官の活動だけで決められるものではない。国家と国家の関係は,人々の行き来や情報,文化の交流によるところが大きい。ハーバード大学の教授を務めていた国際政治学者のカール・ドイッチェは,国境を越えた交流の重要性を説き,人々の往来や通信,情報,文化の交流が盛んになることが,国家間の関係を平和な状態へと導き,安全保障共同体を生み出すというコミュニケーション理論を提唱した。そして,国境障壁をなくし,西欧諸国相互の人的,物的な往来や頻繁な情報,通信のやり取りを重ねていくことで,ヨーロッパ統合に向けた動きを加速させることが出来ると主張した。彼のこのコミュニケーション理論は,その後のECやEUの誕生に大きな力となった。アジアにおいても,同じことが言えるだろう。
 いま日韓の政治的な関係は非常に悪いが,意外にも近年,日本を訪れる韓国人観光客の数は増え続けている。2019年1月に韓国観光公社が発表した観光統計によれば,18年12月に韓国を訪れた日本人観光客は前年同期比33.5%増の25万8521人。18年全体では前年比27.6%増の294万8527人。日本人観光客は,韓国を訪れる外国人観光客の2割近くを占めている。一方,日本を訪れる韓国人観光客の数も増え続けているという事実がある。日本政府観光局(JNTO)が19年1月に発表した訪日外客数の推計値によると,18年12月に韓国から日本を訪れた観光客は前年同期比0.4%増の68万1600人で,通年でみても5.6%増の753万9000人で過去最高を記録している。
 そして,韓国人観光客が日本の中で最も多く訪れる場所が,大阪であるという。さらに,「次回訪日したい場所は何処ですか」との質問に大阪と答える韓国人観光客が最も多いそうだ。この調査結果は,大阪生まれの私として,大変嬉しく,また名誉なことと思っている。実際,大阪で暮らしていると,多くの韓国人観光客を目にするが,極めて良好なムードに包まれており,対立や敵対的な動きを見ることは稀だ。メディアが報じる日韓の政治対立とは無縁の雰囲気だ。
 なぜ韓国人観光客にとって,大阪やその近傍の京都,奈良等関西地方の人気が高いのか?東京にはなく関西にあるもの,それは何か。食べ物がおいしいからだろうか。温泉があるからだろうか。それもあるだろう。しかし,もっと大きな理由は,韓国の人は,大阪や関西地域から精神的な安らぎや親近感を感じ取っているからではないかと思う。どこか韓国と似ている風土やコミュニティが,関西では至る所で見つけることが出来るのだろう。それは,過去2千年以上にわたる日本と朝鮮半島の人々の頻繁な往来や活発な文化の交流,つまり草の根のコミュニケーション活動から生まれたものだ。そのうえ,大阪は現在もたくさんの在日コリアンが暮らす町である。過去の遺物だけではなく,韓国に似たコミュニティが,今でもこの街には息づいているのである。
 草の根の人的交流は,地味で直ちに効果が出るものではない。しかし,それを積み重ねていけば,たとえ政治レベルの対立が起きることがあっても,水面下では人々の温かい交流がしっかりと生き続け,両国の関係を揺ぎ無きものにするだろう。時間がかかっても,日韓関係を真に改善するためには,草の根の往来が重要だ。古代より,対馬海峡を越えて,朝鮮半島と日本の間を多くの人々が行き来してきた。関西地域だけでなく,対馬海峡を挟んだ地域でも,長い日韓の交流から文化的な共有や親和性,同じコミュニティから育まれる紐帯の意識を見て取ることができる。

日韓のレジェンドという遺産を活かす

 ここで,伝説を一つ紹介したい。対馬海峡の東水道,玄界灘に加唐島という小さい島がある。佐賀県唐津市の沖合の島だ。この島の住民には一つの自慢があるという。それは,いまから約1600年前,この島で朝鮮の偉大な王がお生まれになり,彼らの祖先の島民が彼を育てたというものだ。その時,皇子が産湯を採るために使われた井戸も残っている。その王の名は,百濟の第25代の王である武寧王だ。日本最古の歴史書『日本書記』にも,加唐島での武寧王生誕の記述がある。
 1971年に忠清南道公州市(かつての熊津)の宋山里古墳群で武寧王の陵が発見されが,棺の材料には日本でしか自生しない高野マキが使われていたことも,王の日本出自を偲ばせるものと大きな話題になった。さらに言えば,桓武天皇の生母である高野新笠は武寧王の子孫ともいわれている。しかし重要なことは,この伝説が歴史的な真実かどうかではない。大切なのは,このようなレジェンドが,島民の誇りとして1600年の長い年月にわたって語り継がれ,韓国と日本の両国の距離を縮める力となってきたということである。
 大昔,朝鮮半島と日本との行き来には小さい丸木舟しかなかった。現在では,韓国と日本の往来には大きな船があり,飛行機もある。韓国の釜山と九州の福岡を結ぶビートルと名付けられたジェットフェリーは,3時間で両国を結んでいる。人気も高くリピーターが多いそうだ。しかし,船にせよ飛行機にせよ,どちらも天候に影響されやすい交通手段である。運べる人数にも限界がある。民間の草の根の交流を強化するには,やはり道路や鉄道が必要だ。それが日韓トンネルである。
 日韓トンネルはまさに世紀規模の巨大なプロジェクトである。日本と韓国だけでなく,米国にも,構想の趣旨とその意義を説明し,その協力と参加を求めてはどうだろうか。日米韓の連携強化は世界規模の要請であり,三国間の関係をより緊密なものとするためにも,是非米国の政府や企業もトンネルの建設に関わってもらいたいものだ。日韓トンネルを日米韓三国が協力して作り上げ,草の根の交流を活発化させ,今後,千年,2千年と長く語り継がれるようなレジェンドを作ろうではないか。そうした取り組みが日本と朝鮮半島の友好,そして朝鮮半島の統一に向けての大きな力となると信じるものである。
(2019年1月28日)
プロフィール にしかわ・よしみつ
1978年大阪大学法学部卒。防衛庁,内閣等を経て現在,東洋大学教授,(一社)平和政策研究所上席客員研究員。法学博士(大阪大学)。専攻は,国際政治学,戦略論,安全保障政策。