変化する日韓関係と今後の日本の対応

産経新聞ソウル駐在客員論説委員 黒田 勝弘

<梗概>

 永年の在韓体験から韓国(朝鮮半島)という国とのかかわりを表現すれば,「厭きることのない,刺激的な国」であり,それは「似ているようで似ていない,異なっているが似ている」「異同感」の溢れる国である。近年,かつてのような日韓関係は「賞味期限切れ」を起こしており,過去の思考にとらわれない新たな隣国関係を構築していく必要がある。そのためには韓国(朝鮮半島)の人々の考え方や歴史的な教訓を十分考慮する必要があり,過去の歴史的な失敗に学び「引き込まれ」過ぎずに,冷静な「用韓論」に基づく戦略的発想が求められる。

はじめに

 私は共同通信社と産経新聞に勤めながら通算30年以上にわたって韓国に住んでいる。その間の韓国情勢について表も裏も見聞してきた経験から言えば,この国とのかかわりは実に「面白い」「厭きない」というのが率直な感想で,さらに言えば実に「刺激的」である。言葉を換えて言えば,(いい意味においても,悪い意味においても)ネタが尽きない対象ということである。
 ただ,ジャーナリズムの場合,ニュース,ネタというと一般にはネガティブなものが多いわけだが,韓国,北朝鮮,朝鮮半島に関するニュースも例外ではなく,悪い話が大半を占めているという不幸な現実がある。
 ことに日本と(韓国・北朝鮮という)朝鮮半島との関係は,他の国々との関係とはちょっと違った微妙なものがある。日本にとっては,ことさら特異性があるように思う。それを端的に表現すれば,私の造語であるが,「異同感」ということになる。それはわれわれにとって,あるいは彼らにとっても,互いに「異同感」の対象だということだ。具体的に言えば,「似ているようで似ていない,異なっているが似ている」という微妙な関係である。それはさまざまな葛藤の原因にもなり,近親憎悪の反応とも通底する一方で,親近感とも繋がっていく。
 似ていると思って安心して付き合っていると,全然違うと言って怒ったりする。「この野郎!」と思って怒っていると,日が暮れるとしなだれかかってくるところがある。韓国人との付き合いは,まさにその繰り返しであり,これがまた厭きない理由でもあるのだ。そのような感情を誘発する国は,韓国しかないと思う。そういう点でも刺激的な国なのである。

1.「賞味期限切れ」となったかつての日韓関係

 加藤達也・産経新聞ソウル支局長(当時)が朴槿恵大統領に関わる名誉毀損で韓国検察より起訴され裁判にかけられて,昨年末に無罪判決が言い渡された事件があった。私のこれまでの長い韓国滞在経験からすると,この種の案件の場合,当局(政府筋)から問題提起されたときに,舞台裏で話をして和解にもっていくのが通例だった。そこで私自身も双方に和解をアドバイスした。報道に関わる案件であれば,リカバリー報道をすることによって相手側を納得させるのだが,謝る,謝らないとなると互いに面子の問題もあるから舞台裏での交渉を進めることになる。
 ところが,最近の意思疎通が難しい日韓関係を反映してか,舞台裏で阿吽の呼吸で話をつけ,一定の合意に至ることがなかなか難しくなっている。そのため産経事件も和解論でもっていくことができなかった。韓国政府側には,最初に「法的に断固とした措置を取る」といって振り上げたこぶしをなかなか下ろせないという内情,つまり大統領を説得できる力量が参謀たちになく,一方の産経新聞社側は和解を拒否し主戦論で戦う方が世論上プラスだ(メディアとしての全体的評価が高まるなど)という判断があった。
 結論的に言うと,これまでは日本と韓国の間で何か紛争や問題が起きたときに,たとえ喧嘩状態になってもお互い「落としどころ」を探すことができたのだが,最近はそれがほとんどできなくなってしまった。その意味で産経事件は近年の日韓関係の象徴みたい出来事だったのである。
 この事件を含めて最近の日韓関係について私は,「(これまでのような日韓関係は)『賞味期限切れ』だ」と表現している。つまり,昔であれば情緒的にも話し合えば分かり合える関係であったのに,近年そうはいかなくなってしまった。そうした「賞味期限切れ」現象をあちこちに見るようになった。
 最近のシンボリックなできごとを取り上げてみよう。
このところロッテ・グループに対するバッシングが強烈に進行している。この問題は今年(2016年)初めに,在日韓国人でロッテの創業者・重光武雄(韓国名=辛格浩,93歳)氏の後継者争いから始まった。これまで韓国ロッテ・グループはその次男・昭夫氏が会長となって経営を任されていたが,日本ロッテ・グループを率いていた長男・宏之氏が,それに対して異議を唱え,兄弟間の後継者争いの様相を呈した。韓国のマスコミは,ロッテ=日本企業として反日報道に仕立てて大々的に論じた。そして長男・宏之氏は韓国語ができないとか,次男の韓国語も下手などと揶揄しながら,ロッテは一体どこの国の企業なのかと糾弾した。韓国で稼いだ利益を日本に持って行っているのは,「国富の流出だ」などと言って世論の反日感情を扇動した。日本と関連の深い財閥企業だけに,反日好きのメディアとしては叩き甲斐があったということだ。
 ところがその後,検察の捜査が加わった。グループの内部資金の流れに疑惑ありとして大々的な捜査が始められた。ロッテ・グループは,韓国財閥の中で資産規模では(サムスン,現代,SK,LGについで)第5位だ。資金疑惑であるから,経営者の背任・横領罪となっていく。経営への打撃は大きい。
 そもそもロッテは日本の在日韓国人・重光武雄氏が,1970年代に当時の朴正煕大統領から国の経済建設への協力を要請され「本国投資」としてスタートしている。そのような企業が,朴正煕大統領の娘である朴槿恵大統領の治下で,日本への配慮どころか逆に疑惑追及が行われたのである。
 さらに同様の資金疑惑追及として,ポスコ(POSCO,旧浦項総合製鉄)も検察の追及を受けた。ポスコも朴正煕大統領時代に,日韓国交正常化による経済協力資金を得て建設された国営企業としてスタートした。日本の対韓協力で最も成功したプロジェクトの一つといわれ,世界的鉄鋼企業になった。そのポスコも,(結果的には大きな「埃」は出てこなかったが)朴槿恵政権下でいじめられているのだ。
 いずれにしても,朴正煕大統領時代の韓国の成長・発展に寄与した日本がらみの企業が,バッシングされているということだ。これは日本との関係,つまり過去(日本に)お世話になったという恩に対する配慮が全く存在しなくなったことを意味している。お父さん(朴正煕)がお世話になったのだからせめてその子どもは気を使うのが普通であろう。そのような心情がまったく通じない,つまり日韓関係においても配慮でものごとを考えることができない時代になったのである。

2.慰安婦問題日韓合意の意味

 昨年(2015年)末,慰安婦問題に関する日韓の政府間合意によって,日韓関係は少なくとも政府レベルでは改善の軌道に入った。それ以降,韓国政府は慰安婦問題をはじめとして日本非難を完全に抑制している。
 朴槿恵大統領の立場からすると,昨年暮の段階で慰安婦問題について一応けりをつけることはかなりの決断を伴うものだった。なぜなら,野党,(NGOなど)反政府勢力,従北勢力,メディアなど,賛成する勢力よりも反対する勢力の方が多い中で,(慰安婦問題日韓合意は)どのような形態であれ,国内的批判は避けられない問題だからだ。とくに90年代の民主化以降,韓国社会はNGOの影響力が非常に強まり,まるで「NGO国家」となっていて,そのパワーは国内政治のみならず,対日,対米,対中など外交にも及んでいる点は,認識しておくべきだ。
 しかし慰安婦問題日韓合意(以下,「合意」)は,率直に言えば,韓国にとっては「(実質)日本に(一本)とられた」というものだった。朴槿恵大統領としては,国際情勢上の判断から対日関係の改善を迫られ,我慢してけりをつけたと思う。この合意の意味には二つある。
<第一>慰安婦問題が日韓の2国間だけの問題であれば日本政府も我慢できたであろうが,ここ数年の間に,慰安婦問題が国連や欧米などを中心に「国際問題化」してしまったことである。とくに慰安婦問題を扱う運動団体が海外に遠征して,ロビー工作を強力に展開した結果,この問題が国際問題化してしまい,日本の国際的なイメージが相当損なわれることとなった。そこで日本政府としては,悪化した国際世論をなんとかしないといけないとなった。
 今回の「合意」によって,国際世論,とくに米国が納得したのは大きな成果だった。米政府はもちろん,元慰安婦支援団体と手を結んで日本バッシングの先頭に立っていた,マイク・ホンダ米下院議員(民主党)が「合意」に賛意を表明したのも大きい。在米韓国人社会では,「合意」についての不満がくすぶっていることも事実で,さらにさまざまな工作を行おうとしているが,少なくとも政府レベル,議会レベルでは沈静化した。さらに潘基文・国連事務総長も「合意」を評価している。日本政府の思惑通り国際世論はこの合意によって納得したと見ることができる。
<第二>日本政府は,日韓国交正常化による日韓基本条約(1965年)に基づき,追加的政府補償はできないという立場を堅持してきた。謝罪については,これまで何度も謝罪をしてきた。そこで慰安婦問題について日本だけの責任でやるのではなく,日韓両政府が一緒になって対応・処理しようと,韓国政府を引き込む作戦をやったのである。
 これまで日本政府は,外交交渉の場で韓国側に「(韓国側は)日本に一体何をしてほしいのか?」と問うと,韓国側は「それは日本が考えることではないか。日本の判断でやるべきだ」と,自分たちの関与を避けてきた。日本としては,この問題の解決に関して韓国をかませる(関与させる)ことに成功したと言える。
 具体的に言えば,今年(2016年)7月28日に発足した慰安婦問題解決のための財団「和解・癒し財団」の設立は韓国政府が行い,同財団が何を行うかは韓国側に任せ,日本はそこに運営資金として10億円を拠出する。韓国側としては,政府が財団を設立して慰安婦問題の具体的対応を行うとなれば,国内の関連団体からの反発や抗議が起こるであろうことは当然予想されるわけで,それを朴槿恵大統領は引き受けた。端的に言えば,これで問題は韓国の国内問題になったのだ。
 一方,日本の保守派,右系が一番強く主張していていることは,国際法上認められていない(ウィーン条約違反とされる)在韓日本大使館前に立てられた「少女像」の撤去である。しかも所在地であるソウル特別市の鐘路区役所の許可(道路占有許可)が必要なのにそれもやらずに立てた「少女像」は,国内法的にも違法である。ところが韓国政府は,「民間団体がやったことであり,世論の声もあるから簡単には出来ない」としながらも,「合意」で撤去については「努力する」と約束している。日本の保守系世論(右翼)は,「(少女像の)撤去が先決だ!10億円の資金援助は,それとバーターとすべきだ」と主張しているが,私の考えは,それを言ってはダメだということだ。せっかくこの問題を韓国政府に下駄を預けて国内問題化する枠組みができたのだから,むしろ早く資金を出して早く財団を発足させ,慰安婦に対する償い事業を早く進めさせる。その結果として,約束した撤去問題は,彼らの責任で進めさせることだ。その順番が逆になっては物事は進まない。朴槿恵大統領が韓国側が「合意」の実現をしやすいようにすることが重要だ。「約束は守る」「信頼政治」が看板の彼女としては,在任中の撤去の考えは固いと思う(注:2016年9月初,韓国外交部は「和解・癒し財団」の銀行口座に日本政府から10億円が送金されたことを確認したと発表した)。

3.日本の反韓・嫌韓論

 日本に戻って日韓問題に関する議論に参加して質問されたりして強く感じることの一つは,「日本を貶めるようなことばかりやる韓国は本当に日本の友好国なのか。もうこれ以上付き合わなくてもいいのではないか」という反韓,嫌韓,厭韓感情である。テレビの討論番組では,平気で国交断絶論まで飛び出すようになっている。
 それに対する私の答えはつぎのようなものだ。
 まず「(日本を貶めるようなことばかりやる韓国に対する)日本世論の不満,不快の現状は理解する」。例えば,日米関係においても韓国は日本の足を引っ張るようなことをやっている。2015年4月に,安倍首相が訪米して米連邦議会上下両院合同会議で演説することを発表したとき,韓国の民間団体やメディアはそれを阻止すべく首都ワシントンD.C.でデモをしたり,さまざまな妨害工作を展開した。また今年6月にオバマ大統領がG7サミットに合わせて広島訪問をする際にも,韓国メディアはオバマ大統領の広島訪問と演説によって日本の戦争責任があいまいになるとして広島訪問反対論を展開した。こうした韓国の動きを見ると,日本人としては「韓国よ,いいかげんにしろ!」と思うのは当然だろう。
 しかしそこにとどまるのではなく,(さらに一歩進めて)「韓国は日本にとってやはり重要な国であり,しっかりと付き合うべき隣国である」ことを説明する必要がある。ただそれは容易なことではない。
 そこで私は,「“嫌いだ”“付き合うのは嫌”“国交断絶”と主張するのはたやすいが,隣国関係は引越しできない関係ではないか。時代が変わり,何が起きても,地理的環境は互いにどうすることもできないのだから,たとえ嫌いであってもうまくつきあっていくしかないのではないか」と話をする。
 韓国の知識人は,「国際関係においては永遠の友人もいなければ,永遠の敵もいない」とよく言う。そのとおりだ。「昨日の友は今日の敵」ともいう。過去,大戦争をした日米関係を見てもそれは明らかなように,国際関係は常に変化するものだ。しかし地理的関係,隣国関係だけは変えることができない。この関係からは永遠に逃げることはできない。それを最近強く感じている。

4.朝鮮半島は「ブラック・ホール」である

(1)朝鮮半島は「引き込まれ」の歴史
 去る6月別所浩郎・駐韓日本大使が離任したが,別所大使は3年8カ月にわたって(2012年9月~16年6月)日韓関係の難しい時期を大使として務めた。私はこれまで30数年の在韓期間を通して14人の大使と付き合ってきたが,その最初の駐韓大使は須之部量三大使(1918-2006年,在任1977-81年)だった。歴代駐韓大使の中では最も長期間(3年10カ月)にわたって大使を務めた人で,そのとき私に同大使は次のようなことを教えてくれた。
「韓国(朝鮮半島)には,足2本ともいれてはダメだ。必ず1本の足は外に出しておきなさい。なぜか。2本とも入れてしまうと,いざというときに抜けなくなってしまう(動きが取れなくなってしまう)からだ。これが日本の対韓姿勢の要諦である」と。
 過去30数年の在韓期間を通じてその言葉がずっと気にかかっていた。やはり韓国との付き合いは冷めていないといけない,深入りはいけないという思いである。人から見れば私は韓国に深入りしているように見えるかもしれないが,自分自身としてはいつも若干の留保をつけて関わってきたつもりである。
 近年とくに感じることは,朝鮮半島は日本にとっては,危うい対象であるという印象を持っている。刺激的で,魅力的で,興味が尽きないという「異同感」の溢れる地域ではあるが,それだけに引き込まれやすい面がある。日本にとって朝鮮半島は,歴史的にみると「引き込み」「引き込まれ」の歴史の連続であったと感じている。そういう歴史的背景があるだけに,深入りは用心しないといけない。私はそれを「朝鮮半島はブラック・ホールである」と表現している。したがって私は,安保法制には全的に賛成だが,朝鮮半島有事への対処は慎重にも慎重を要する。とくに海峡は重要である。海峡は簡単に渡ってはいけない。それが海洋国家・日本の“分”である。

(2)「用韓論」
 それではブラック・ホールの朝鮮半島とどう付き合えばよいのか。
 最近の韓国メディアでよく使われる言葉に「用日論」がある。「国益のみを考えて日本を利用する,活用する」という考え方だ。彼らの思いの中には,日本に利用されたり,支配(侵略)されてしまうのは困るから,あくまでドライに利用だけしようというわけだ。
 そこで日本も韓国を「利用・活用する」という意味で「用韓論」を提起したい。しかし利用・活用するためにはメリットがないといけない。すでに述べたように,日本との過去の関係では「賞味期限が切れた」わけだから,新たな賞味,つまりメリットをどのように見つけるか。この点については自分自身まだ完全に整理がついたわけではないが,いくつか考えてみたい。
 ひとつは,やはり古くて新しい安全保障上の観点から朝鮮半島の重要性である。近年は中国の軍事的膨張が著しく,対中関係,対北朝鮮関係を考えたときに韓国の存在は日本の安保上の観点からは依然,利用,活用する価値はあるということである。安保問題を考えるときのポイントは,中国に朝鮮半島を取られない(中国の支配権が及ばない,中国の影響圏下に置かれない)ということである。この点は,以前も今も変わらない。
 戦前は,満洲という存在があったので,日本にとって朝鮮半島の価値はいまよりもはるかに大きかったが,現在はそれほどではないとはいえ安保上の価値はやはり大きなものがある。ちなみに,朴槿恵大統領は,政権初期においては親中政策をとってきたが,ここにきて中国側に裏切られたとの心証を持っているようで,少し風向きが変わってきた。「引き込まれずに活用する」という難しい知恵が必要というわけだ。
 もうひとつは経済だ。日本では近年,反韓・嫌韓本の議論に見られるように,韓国経済を低くかつ悪く見る見方が流行しているが,そこには韓国の悪口を言って溜飲を下げている面がある。しかし実際の韓国経済は,例えば,一人当たりGDPで日韓を比較すると,韓国は27,195米ドルで日本(32,485ドル)と近い(出典:IMF- World Economic Outlook Database, 2016)。名目GDPをみても韓国経済の規模は世界第11位だ(前掲出)。また貿易額(輸出入総額)は毎年1兆ドルを超えて世界7~8位であり,人口5000万の韓国の購買力は相当なものだ。日本企業がアジアで大きく儲けている国なのだ。韓国経済は,日本のライバルであると同時に,顧客であるというマーケットの価値を十分持っていることを喚起したい。
 第三に,文化的価値である。意外に思うかもしれないが,韓国人は,日本の食文化や文学など,日本のものというか,日本文化が大好きだ。2015年度の日韓の往来者数をみると,訪日韓国人が約400万人,一方訪韓日本人が約180万人だ。朴槿恵大統領就任以来のこの3年間で,簡単にいうと訪韓日本人は半減,訪日韓国人は倍増した。今年(の訪日韓国人数)はさらに増える勢いで,500万人といわれており,5000万の人口の約1割を占めることになる。この往来状況をみても,韓国人を必ずしも反日だということはできない。
つまり政治状況とは違う一般国民の対日観は昔から決して悪くないのだ。一般の韓国人は日本に行って帰ってくると,だいたいは日本好きになる。その主な感想は,「クリーン」「親切」「秩序だっている」などで,そこに先進国の姿を見て「日本に学ぶべきだ」と思って帰ってくる。
昔の対日認識との違いをいえば,かつての日本に対する高い評価はハード,モノに対するものだったが,いまは人々の風情,社会のありようなどソフト面での評価が高い。ハード面では,韓国製品がむしろ世界市場を席巻するような時代で,その自負心もある。しかし韓国人はそうした面だけでは先進国の隊列に入ることはできないと考えている。その不足な部分が日本社会にあるので,新たな「日本に学べ」になっているのだ。

5.今後の韓国情勢と日韓関係

 朴槿恵大統領の任期もあと1年余りとなったが,2017年12月には次期大統領選挙が行われる。朴槿恵大統領の実績はあまりないといわれる中,日韓関係では慰安婦問題の政府間合意を導出し,関係改善への道筋をつけた。朴槿恵大統領自身,「政府間で一度も合意できなかったこの難しい慰安婦問題を,私が初めて実現させた」と明確に業績のひとつに位置づけている。ゆえに,朴大統領はこの結果について何としても守り抜いていかなければならないと思っている。この点から推測すれば,当面,日韓関係は(政府の外交姿勢としては)悪くならないし,朴槿恵大統領の訪日も展望できるだろう。
 ところが,国民の目線からすれば,朴政権には期待したほどの業績はほとんどないという現状である。その中で,保守派から次のような冗談交じりの評価が出ている。「朴槿恵大統領にはすでに大きな業績がある。それは何か。この前の選挙で朴槿恵氏が勝って大統領になったことこそが,大きな業績ではないか。野党に政権を渡さなかったことは,大きな実績である。その意味で,残る在任期間中,もう一つ大きな業績を上げるチャンスがある。すなわち,次期政権を野党に渡さないことだ。そのために準備万端整えることだ」と。
 ただ現実をみると,今年(2016年)4月の国会議員選挙では与党が敗北し,このままでは政権を野党に取られかねない厳しい情勢だ。民心が与党から離れつつあり,現状のままであれば,野党が勝利するだろう。
 近年の韓国政治史を振り返ると,今後の展望へのヒントとなるものが見えてくるので,それを紹介したい。
 韓国の民主化が本格的に進展したのが1990年代で,国民の直接投票による選挙という民主化の最初の大統領は,盧泰愚大統領(在任1988-93年)だった。その後,金泳三大統領が引き継いで,2期10年間を保守系が政権を担当した。しかし1998年から,金大中大統領,盧武鉉大統領の2期10年間は左派,親北の革新政権が続いたが,2008年に再び保守系の李明博大統領が選ばれ,続いて現在の朴槿恵政権に至っている。これをみると,10年周期で保守(右)と革新(左)が政権を交代していることがわかる。この延長線上から考えると,次は革新(左)となる。
 この背景には,人心,人々の気持ちがある。民心はうつろいやすく,10年も一つの流れのが続くと「(政治を)変えてみたい」という変化を求める気持ちが生まれてくる。その圧力が今韓国社会を覆っている。現在,レイムダック化しつつある朴槿恵政権が,この流れをはねのけて踏みとどまり,保守系は政権を継続することができるかどうか。
 この難しい流れを挽回するカードとして登場したのが,潘基文・国連事務総長を次の大統領にしたいという声だ。これは朴槿恵大統領自身が最も執着しているところでもある。潘基文・国連事務総長は,2016年末で任期が終わりフリーとなるが,与党の正式次期大統領候補となれば,いまはちやほやされているとはいっても,マスコミや野党,反政府派からあら捜しや混乱,ネガティブ・キャンペーンが予想されるため,朴槿恵大統領をはじめ保守派の思惑通りに政治が展開していくかは不透明だ。野党系より外交官上がりの潘基文氏の方が日本にとっては好ましいが。
最後に,ここ数年私が注目している動きは「今後,韓国は新たな日本学べの時代に入る」ということだ。その理由は,現在の韓国社会の最大のトレンドは「少子高齢化」であり,それによって韓国は国家社会の制度から,人々の生き方まで相当の変化を迫られている。一方,日本は世界の最先頭を行く高齢社会であり,そこには高齢社会に対応した膨大なノウハウの蓄積がある。日本の書店に行けば,高齢社会の生き方やどのような死を迎えるかなどの本が山ほどある。こうした点を含めて,日本は韓国の参考になる。高齢化のトレンドの中で,新たな「日本に学べ」論が広がるはずだ。それに伴って彼らの対日感情も丸くなっていくのではないかと見ている。
日韓交流についても,政府レベルから始まって青少年交流の促進はよく言われるし,実際の動きも着実に広がっているが,私はここで「シルバー交流」の必要性を強く訴えたい。韓国のお年寄りは皆退屈している。人口の多くの部分を占める日韓のシルバー交流を進めていけば,相互理解が一層進むだろうし,対日感情の改善も期待されるからである。
(2016年7月25日,IPP/PWPA共催「21世紀ビジョンの会」における発題を整理して掲載)

■プロフィール くろだ・かつひろ
1941年大阪市生まれ。64年京都大学経済学部卒業後,共同通信社入社。広島支局,本社社会部を経て,80年ソウル支局長。88年産経新聞社に移籍し,同ソウル支局長(2011年まで)を歴任し,現在,産経新聞ソウル駐在客員論説委員,コラムニスト。この間,韓国・延世大学に語学留学し,西江大学校兼任教授を務めたほか,ボーン上田記念国際記者賞,日本記者クラブ賞および第五十三回菊池寛賞を受賞。主な著書に『韓国人の歴史観』『決定版 どうしても“日本離れ”できない韓国』『韓国 反日感情の正体』『韓国人の研究』『韓国はどこへ?』など多数。