米国のアジア回帰と日本の課題―沖縄米軍基地問題と日米韓連携

防衛大学校教授 山口 昇

<梗概>

 オバマ政権がアジアへの回帰(リバランス)政策を発表して以降,中東地域や欧州でグローバルな問題が起きて世界情勢が大きく変化しているが,中国の問題をにらんでアジアに軸足を移していく大きな方向は間違いない。そして日本もそれとマッチした防衛体制の整備を進めることは,自国の防衛力強化にもつながる。とくに沖縄の米軍基地問題の解決は日米同盟を維持していく上で重要なイシューであり,朝鮮半島情勢を勘案すれば日米韓三国の連携も合わせて緊要な課題である。

1.米国のアジア回帰(リバランス)政策の意味

 2012年1月,オバマ大統領は新国防戦略指針を発表し,アフガニスタン及びイラクにおける戦争が終末段階を迎えつつあるという判断から,「アジアに対してバランスを回復する」(rebalance toward the Asia-Pacific region)ことを明らかにした。この政策の重要な側面のひとつを別の言葉で表現すれば,米国はそれまでの10年近くにわたって20万人を超す兵力をアフガニスタン・イラクに展開し続けた,一種の「戦時態勢」を解除し,アジアに軸足をおいた「平時態勢」に移行するということである。
 2004-2011年にかけて米国はアフガニスタン・イラクおよびその周辺地域に20万人規模の兵力を常駐させてきた。その後,その兵力は漸減し,現在は5万人程度だ。米軍総兵力約140万人の7分の1にあたる20万人を米本土から遠く離れた地域に常駐させるための負担は大きく,少なくとも三交代のローテーションが必要だ。現に展開している20万人に加え,次期派遣兵力20万人及び直前の展開から帰還して戦力回復中の20万人,合計すれば約60万人,米軍総兵力の4割強の兵力が何らかの形でアフガニスタンとイラクでの作戦に関わっていたことになる。それが5万人以下にまで減少すれば,必要兵力は15万人となり負担は相当程度軽減される。
 アジア太平洋地域の安全保障の観点からは,米国のアジア回帰は歓迎すべき政策である。そしてこのリバランス政策に伴う前方展開兵力配置は「地理的に分散し,作戦上の弾力性に富み,政治的に維持容易な(geographically distributed, operationally resilient and politically sustainable)」体制だ。このことは,2011 年6月にゲーツ国防長官(当時)がシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で公表して以来米政府の一貫した方針となっている。
 オバマ政権としてはじめてアジア回帰の背景に関して包括的に解説したのは,2011年にヒラリー・クリントン国務長官(当時)が ‘America’s Pacific Century’(Foreign Policy,Oct. 11, 2011)と題する雑誌の論文の中のことだ。

The future of politics will be decided in Asia, not Afghanistan or Iraq, and the United States will be right at the center of the action.……As the war in Iraq winds down and America begins to withdraw its forces from Afghanistan, the United States stands at a pivot point.……One of the most important tasks of American statecraft over the next decade will therefore be to lock in a substantially increased investment— diplomatic, economic, strategic, and otherwise—in the Asia-Pacific region.

 アフガニスタン・イラク戦争が終わりつつある今,米国は転換期(a pivot point)にあり,今後はアジアに軸足を移行すべきだ。今後は国際政治・経済面で中国の存在感が大きくなるなど,地球規模でおきる出来事の中心はアジアだ。そのアジアに米国は今後も関与し続ける。そういう意味だった。
 リバランス政策を軍事的にみれば,例えば米海軍兵力の60%を2020年までにアジア太平洋地域に展開するということになるが,それだけではなく,経済面から言えば地球上の人間の活動の中心がアジアにあるという認識だ。
 またリバランスは「アフガンとイラクに全重心をかけた戦時態勢を元の態勢に戻すこと」でもある。「自然体」,あるいは剣道で言えば「正眼の構え」に戻り,これからはどのような事態にも対応できる構えをとることだ。米国の西海岸からアジア太平洋地域を見ると,ハワイ,その先にグアム,その右に沖縄,左にダーウィンがある。広大な海洋の広がりを持つアジア太平洋地域で局地的な事態に対応することを考えれば,大規模な兵力を十分な時間をかけて前方に推進するのではなく,小振りで小回りのきく部隊を急派することが必要であり,そのためには分散していた方が便利だ。例えば海兵隊の場合,現態勢ではハワイと沖縄だけであり,アジア太平洋地域全体としてみればやや北に偏った配置となっており,東南アジアや南アジアへの対応には適していない。それを全方位的に対応できる態勢に整えるのが,軍事態勢上のリバランス政策である。
 最近は,台風など大規模自然災害がアジア地域に頻発しており,そこに軍隊を派遣することが少なくない。2013年11月のフィリピンを襲った巨大台風ヨランダに際しては,我が国の自衛隊の他,英国,米国などから軍隊が派遣されて救助活動を展開した。フィリピンとの紛争を抱える中国も海軍の艦艇を派遣したほどだ。3.11東日本大震災のときも同様だった。アジア地域は,世界の経済的中心になっていることに加えて,災害の最頻発地域でもあるから,オバマ米政府がこの地域に関心を持ち,米軍としてこの地域での災害に即応できる態勢を維持していたことは正しい選択だった。

2.新たな懸念事項

 リバランス政策に関連して世界情勢を見ると「ワイルド・カード」がいくつかある。その一つは,イスラーム国の問題だ。この問題のために米国識者の中にはもう一度陸上兵力を中東地域に展開すべしという声もあり,もう一度中東地域が焦点となればアジア太平洋地域への「リバランス」は撤回されるのではないかとの危惧もささやかれる。欧州ではウクライナ問題だ。ロシアのやっていることは19世紀的な手法で,それを野放しにしておくわけにもいかない。かといって米国が取れる選択肢(対応策)は限られている。欧州は近代から二つの世界大戦まで多くの戦争を経験する中で「戦争はもう十分だ」と痛感して,欧州統合への道を進んできたわけだが,それがここにきてウクライナ問題で後戻りし始めた。かといって欧州共同体としてウクライナを完全に抱え込む余裕もなく,ロシアとの関係で非常に難しい舵取りを迫られている。こうした新たな事態が出てきて,米国内には(少なくとも安全保障の面では)アジアどころではないという認識が生まれつつあることも事実だ。
 もう一つは,米国の財政赤字に伴う軍事予算カットの影響である。私自身は,ウクライナとイスラーム国の問題が深刻化するまでは,軍事予算カットの影響をさほど深刻にとらえてはいなかった。先程述べたように戦時体制から平時態勢に移行するのであれば,余裕が生じると考えたからだ。しかし,この二つの問題が大きくなると,アジアだけに目を向けていることもできない。
 ただし,アジア太平洋地域が世界の関心の焦点となることに変わりはない。特に,中国の台頭は,よきにつけ悪しきにつけ,経済面でも安全保障面においても,米国にとっての重要課題である。
 中国の台頭には,南シナ海などでの行動が示唆する覇権主義的で強硬な台頭と,中国政府が標榜する平和的台頭のふたつの道がある。論理的には,中国経済の成長持続のためには静穏な国際情勢が好ましく,後者の方が中国にとってもいいわけだが,地域格差や少数民族問題などを巡る国内的な不安・不満やナショナリズムの高揚などを背景として中国共産党及び政府が強硬な政策をとらざるを得ない場合もある。実際,中国共産党が喧伝する「平和的な台頭の道(path of peaceful rise)」と南シナ海や東シナ海における中国海空軍や政府機関の強圧的な行動との間には一貫性がみられず,どちらが本音なのか判断がつかない。このようにアンビバレントな状況の背景には,中国自身としても決めきっていない,あるいは決めてはいるものの中央から末端まで徹底するまでに至っていないという事情があるのかもしれない。
 また軍が近代化され,軍事的な能力が急激に増大するのに比し,国家として軍を政治的に統治する能力の成長が追いつかないケース,あるいは軍内部においても,近代的な能力を持つ第一線部隊を中央がきめ細かく指揮統制する体制が整わないケースは危険である。以前であれば,中国の海空軍や海上法執行機関の能力は限られており,他国の軍や法執行機関と接触する機会もほとんどなかったため,中央と末端との意思疎通が不十分でも深刻な問題が生ずることはまれであったが,現代のように兵器の近代化・高度化が進み中国軍が世界中に出て行って他国の軍との接触可能性が高まると,北京のコントロールがきかない中で不測の事態も発生しかねない。
 軍や法執行機関の末端組織は,中央との連絡が不十分な場合や中央が指導力を発揮しない場合には教条主義的になり,強硬な態度をとることが多い。例えば,2010年5月には南シナ海で米海洋調査船が中国の艦船5隻に活動を妨害される事件があった。中国側は海軍の情報収集艦,政府の漁業取締船,海洋パトロール船などであり,異なった組織に所属する艦船だった。中央がリアルタイムで事態を把握して統制していたとは考えにくく,おそらくそれぞれの組織の現場責任者の判断による行動だったと思われる。だとすれば,他の組織に対して遅れをとりたくないという姿勢から,それぞれの艦船が競って刺激的な行動に出たと考えることもできる。
 中国の軍や法執行機関との間で偶発的な事件を起こさないため,また,偶発的な事件がエスカレートして国家間の衝突になるような事態を避けるためには,安全保障面においても中国と真剣に付き合い,危険を避けるための合意を作り上げる必要がある。日米両国はこのためのエネルギーを惜しんではならない。

3.日本としての役割

 米国のアジアへの回帰「リバランス政策」は日本にとって望ましい政治選択だと思う。ゆえに,日本としてもそれに利する施策を進める必要がある。
 その一つは,日本自身の防衛態勢を強化することだ。中国海空軍の近代化が進み,いわゆる第一列島線から第二列島線における接近拒否(Anti-Access/Area Denial:A2/AD)能力が強化される中,米軍はA2/AD環境を克服して前方に展開することに腐心してきた。日本が沖縄を中心とする南西諸島とその周辺海空域を防衛することは,そのような米軍の努力と密接にリンクしている。
 第一列島線の北半分は日本の南西諸島そのものだから,日本として自国の領域をしっかり守ることは,独立国として当然のことだ。このことによって,南西地域に防空・ミサイル防衛・海上防衛の「傘」をかぶせることができ,その掩護によって米軍の進出が容易になるという点が重要だ。
 例えば,2012年12月に北朝鮮がフィリピン東方沖に向けて弾道ミサイル(北朝鮮は人工衛星「光明星3号2号機」と主張)を打ち上げたことがあった。ミサイルのブースタなどが沖縄県とその周辺に落下する可能性があるので,自衛隊は沖縄本島,宮古島および石垣島などに弾道ミサイル防御の能力のあるパトリオット(PAC-3)ミサイルを展開したほか,東シナ海などにイージス艦を展開してミサイル防衛の「傘」をかぶせた。そのとき普天間基地や嘉手納基地にいた米軍は,その「傘」の下にいたことになる。これを有事に当てはめれば,日本がミサイル防衛等の態勢を強化して「傘」を提供することによって米軍来援兵力の前方展開がより安全になるということだ。米軍が前方展開すればその「傘」はより強力なものとなるので,日本の防衛力強化にもつながっていく。
 一方,南西海域は,われわれが想像する以上に広大な地域で,鹿児島県の南端から与那国島までの距離は本州の長さに相当するという点に着目しなければならない。しかも,このように広い南西海域に所在する陸海空自衛隊の部隊は,沖縄本島に集中しており,規模も数千人だけだ。
 ちなみに自衛隊は,3.11東日本大震災に際して東北地方に初日7800人,3日目6万人,6日目には計10万人を超す人員を国内のインフラを使って集めた。それだけの自衛隊員が集まれば,彼らの食料供給や燃料補給などのロジスティックが不可欠だ。それをどこでやったかと言うと,東北各県にある自衛隊施設を活用した。例えば,福島県では福島市と郡山市にある陸自駐屯地を中継基地として機能させた。このような自衛隊施設が東北には20箇所ほどあるので,それをロジスティックのための拠点群・ネットワークとして使ったのである。
 これに比べて,南西諸島において拠点となるような自衛隊施設の数はいかにも少ない。沖縄本島の陸海空自衛隊基地の他,宮古島の航空自衛隊レーダーサイトなど少数の拠点があるだけだ。2016年には与那国島に駐屯地が整備される予定だが,拠点となり得る自衛隊施設が増えることの意味は大きい。
 また島嶼に部隊や物資を輸送して作戦するには海路・空路に頼らざるを得ない。そのためには水陸両用作戦の能力を充実させねばならず,たとえば水陸両用装甲車などの特殊な装備を導入することが必要になる(水陸両用装甲車は2014年2月に導入)。平成26年度以降に適用される新「防衛計画の大綱」(25大綱)では「統合機動防衛力」の整備が謳われた。統合とは陸海空自衛隊が一体となって行動することであり,水陸両用作戦はきわめて高度な統合作戦である。
 また,南西地域における防空,海上防衛及び離島防衛のためには,陸海空自衛隊が一体となって機動力を発揮することが不可欠だ。その点,オスプレイの導入は重要な柱の一つである。オスプレイは,航続距離が長く,速度も速く,離島での活動に有利だ。これは,日本の防衛力強化そのものであると同時に,先に述べたように米国の前方展開を容易にするという意味で,米国のリバランス政策に利するものである。このように日本の防衛態勢と米軍の前方展開とが密接にリンクしていることを認識することは重要だ。

4.沖縄の米軍基地解決の方向性

 日本にとって重要なもう一つの施策は,日米同盟関係の深化や沖縄の米軍基地問題といった同盟の管理を巡る課題に取り組むことである。沖縄の米軍基地,中でも普天間基地に関しては,2009年7月に民主党の鳩山首相(当時)が「県外移設」を発案したのをきっかけに議論が沸騰することになった。その後,軌道が修正されたが,2014年12月の沖縄県知事選でまたその行方が不透明になった。しかし,いずれにしても普天間基地問題の解決は沖縄だけでなく,日本全体にとって非常に重要な課題である。
 実は,そうなってしまった歴史的経緯がある。太平洋戦争終戦直前の1945年4月,米軍は嘉手納からその南,北谷にかけての海岸に上陸した。日本軍が主に抵抗したのは,そのさらに南,現在の普天間飛行場がある台地の南側から沖縄本島南部にかけての地域であり,最初の激戦は嘉数高地をめぐるものだった。普天間のさらに北の上陸地点から大きく右旋回した米軍は,4月7日にこの高地に対して猛攻を開始するが,攻略したのは攻撃開始から16日後の4月23日,戦車22両を含む大きな損害を払った上のことだった。
 装備において圧倒的に優勢だった米軍がこれほど大きな犠牲を払わざるを得なかった理由の一つは,嘉数高地が上陸地点一体の平地部と那覇を中心とする南部の平地部とを隔てる隘路,つまりボトルネックだったことである。そのボトルネックのすぐ北に普天間基地があり,南部の人口稠密地帯へのアクセスを塞いでいる。沖縄戦までは,宜野湾をはじめとするいくつかの集落と農地がある市民生活の地であった。基地がなければ,戦後直ちに集落,農地,産業地として人々が集まったであろう地である。「飛行場が出来た後に,その周辺に住宅が集まった」という見方は筋違いで,そもそも住宅が集まりやすいところに飛行場を建設してしまったのである。
 沖縄戦の前,沖縄本島南部の人々は,日本軍の作戦準備のために立ち退き疎開を余儀なくされ,あるいは攻撃開始後の戦火に追われて,故郷を離れた。戦いが終わってからは,米軍基地が建設されたために焼け跡に戻ることも出来なかった。当時米軍は,日本本土への進攻を計画しており,そのための前進根拠地となる基地の建設を急いだ。焼け野原となった沖縄で,飛行場や兵舎になりやすい,平坦で主要道路へのアクセスが容易なところ,つまり便利なところから順番に基地が建設されたため,戦前市民生活の要所だった地域の多くが米軍基地となった。
 人口稠密な沖縄南部,しかも目抜き通り沿いに基地が集中しているのだから,必要以上に目に付く。那覇中心部に程近い港湾施設と牧港補給施設,そして普天間飛行場が返還されれば,米軍基地の所在による圧迫感は大きく減少するはずである。
 一方,本土の米軍基地は,もともと旧日本帝国海軍や陸軍があったところに米軍基地が入ってできたものだ。例えば,横須賀は旧海軍,座間は旧陸軍,横田は旧陸軍の基地だった。つまり,周辺の住民からすれば,終戦まで旧軍がいたところに,米軍が入れ替わったという印象だ。しかし,沖縄の場合は,かつて県民の居住地が焼け野原となり,そこに建設された米軍基地が70年にわたって所在しつづけたという経緯がある。沖縄県民以外の日本国民全体として,この点をよく理解する必要がある。このような沖縄の基地の特質を考慮して何とか現状を打開しなければならない。
 日米両国政府は,2004-06年の米軍再編協議で在沖縄海兵隊の一部をグアムに移転することに合意し,米豪両政府は,2011年に最大2500人規模の海兵隊をオーストラリア北部のダーウィンにローテーション配備することを決めた。こうした移転・ローテーション構想が完成すれば,米海兵隊はハワイ〜グアム〜日本〜ダーウィンに広く分散配置され,朝鮮半島から東南アジアを経てインド洋に至るアジア太平洋地域全般を見渡す態勢ができる。
 とくに航続力と速度に優れたオスプレイの導入は,航空機を地理的に分散させることが可能となったことをも意味する。そしてオスプレイ自身の訓練のために,常に沖縄に所在する必要は小さくなり,その航続力と速度を活かせば,沖縄県以外で飛行訓練を行うことが可能である。こうしたことを通して,これまで沖縄に過度に集中していた米軍機の訓練による負担,あるいは日米同盟上の責務を本土がともに担うということにつながる。日米同盟を通じて得られる安全保障という利益を享受するため,日本が全体として負担を分かち合い,責任を分担する覚悟を迫られているのである。
 在日米軍基地の7割以上が沖縄に所在し,普天間基地をはじめとする米軍基地の多くが沖縄南部の人口密集地帯に集中しているという事実は,日米同盟にとって大きな政治的リスクとなっている。この問題を軽減し,より政治的に維持可能な態勢を目指す上でも,オスプレイの優れた性能を活用すべきである。

5.日米韓の協力連携

 北朝鮮は東アジア地域の大きな問題だが,それに対応するには六者協議の周辺関係国との関係と同時に,北朝鮮の暴発を防ぐ手立てを準備しておく必要がある。
 この場合,日米同盟と米韓同盟が切り離せない関係にあるということを認識しておくべきである。朝鮮半島有事に際して日米同盟は,韓国の裏庭・後背地にあたる地域の安全を確保するという重要な役割を果たす。米韓同盟にとって日本は補給根拠地となるし,米軍が来援する場合においても,日本は,いわゆる作戦準備地域として来援する米軍戦力の最終準備をおこなう地域となり,その戦力を朝鮮半島に押し出す踏み台となる。また,日本に所在する米軍基地は,米海軍及び空軍が作戦する場合の基地ともなる。
 一方,日本にとっての米韓同盟は,朝鮮半島経由の脅威を押さえるという意味でありがたい存在である。朝鮮戦争の初期,米韓同盟はギリギリのタイミングで釜山の橋頭堡を持ちこたえ,北に対する反攻につなげた。仮に,釜山が落ちていたとすれば,日本は対馬を前線とした防衛態勢をとらねばならなかったかもしれないということに想いをいたす必要がある。現実には,米韓同盟が38度線周辺の非武装地帯で北朝鮮の脅威を抑止してきた。日本にとって西翼の安全を米韓同盟が担保してくれているのである。
 古来日本にとって朝鮮半島は「脇腹に突きつけられた短刀」として捉えられて来たが,その匕首(短刀)を押さえてくれているのが「米韓同盟」である。おそらく白村江の戦いから1945年まで,大陸からの脅威が及ぶ経路としての朝鮮半島,日本の大陸進出経路としての朝鮮半島というように,朝鮮半島は日本の安全保障上極めて重要な地域だった。半世紀以上にわたって西翼の安全について心配しないでもよかったのは,米韓同盟による抑止・防衛態勢と,米韓両国の若者のおかげなのである。日韓両国において,このような米韓同盟と日米同盟との不可分性についての理解を深めることは重要である。
 最近の日本におけるヘイトスピーチなどでは,北朝鮮と韓国とを同列視して批判しているようだが,韓国はすでに述べたように日本にとっては安全保障上重要な味方の国であるから,それを見誤ってはいけない。日韓双方とも,ややもすれば理性を欠き感情的な議論に走りがちであるが,一方で一旦胸襟を開けば,情の世界で語り合うことのできる浪花節的な面も持っている。そのような機会を探し,機会を見つけたらそれを逃すことなく捉えて,後戻りができないような仕組みで良い関係を築いていくことが重要だろう。
(2014年12月19日)

■プロフィール  やまぐち・のぼる
1951年東京生まれ。防衛大学校卒。フレッチャー法律外交大学院修士課程修了。ハーバード大学オリン戦略研究所客員研究員,在米大使館防衛駐在官,陸上自衛隊航空学校副校長,防衛研究所副所長,陸上自衛隊研究本部長などを歴任した後,08年退官(陸将)。09年から防衛大学校教授。この間,2011年3-9月,東日本大震災対応のため内閣官房参与(危機管理担当)を務めた。