枝の悉皆調査の示唆する課題

宇都宮大学名誉教授 岸本 修

<梗概>

 果樹に関する研究にたずさわる中,はじめのころ枝別に摘果実験を行って収穫果重の 比較をしたが,分散係数が大きいなどこの研究手法の限界を知ることになった。そこで木全体 の悉皆調査を行ない,着果率や収量からの検討を行なったところ,明確な相関関係を見出すこ とができた。これは悉皆調査の特性といえるものだ。この教訓は,福島原発事故の過去2 年間 の顛末の中にも見出せる。すなわち,東電や政府が福島原発事故の実態の全容解明を避けて, 個別的にのみ対処するやり方は,政治的な責任放棄に等しいといえる。

1.はじめに

 東日本大震災と原発事故からの復興を願い, 一人の日本人として心ばかりの一助にと,2011 年夏に東北縦断の旅として東北地方に出かけ た。青森駅から酸ヶ湯温泉までの大型定期バ スの乗客が7名との少なさ,平泉の宿の送迎運 転手は3 月以降,幾度か廃業を気にして不眠 の夜を経験したなど,各地の客足減少にみる 風評被害のすさまじさの一端を体験した。
 2013 年春には仙台発の復興観光バスで名取 市閖上(ゆりあげ)地域を数時間見学した際 に,地元のボランテアにより,車中では20 枚ほど紙芝居の大きさの写真による津波被害の 実態をくまなく解説していただき,テレビには ない緊迫の実情を教えられた。小高い丘の上 の松の枝の一部,地上数mの所に擦り傷があ り,当時の津波の到達点の高さを実証していた。
帰途につく頃,広大な水田跡らしい荒地に 出会った際に,地震による地盤沈下によるとの 説明に,「実際は何mほどですか?」とボラン ティアに尋ねた。説明者により,0.5m から1.5m と幅があり,明確な一致点は聞かれなかった。
 最近の記事(『毎日新聞』2013年6月29日付) 「潟化する世界のほとりで」によると,福島県 南相馬市小高地区の海沿いの道路がガードレ ールのみを残した沈下状況(2012 年4 月17 日 現在)の実態をさらしていた。
 2013 年6 月末の日本の主要電力会社の株主 総会で株主からの原発再稼働不可の提案がい ずれも否決された事実もある。各会社の防潮 堤のかさ上げを実現すれば,次の災害は防止 可能との立場を明示しているかのようだ。
 地震の発生により誘起された津波の巨大さのみがあらゆる被害の根源であるかのように, 被害は津波のみにより,地震に由来するのは 過小評価されている傾向にある。つまり本末 転倒的な扱われ方に,東日本大震災の悲劇の 一つが隠されているかもしれない。

2.果実肥大を主目的とする摘果実験における悉皆調査による新分野の発見

 1958 年に東京大学付属二宮果樹園(21 世紀 初頭に廃園)に勤務し始めた頃,恩師に摘果 実験をしたらとの指導を頂き,10 年生から30 年生のカキを材料として取り組んだ。
 摘果の目的は幼果を間引きして,残された果 実の肥大を促進する方法である。一般的には 成り年の花数の5 ~ 10%が結実成熟すれば, 十分に優良な果実収量が期待できるので,6 月 の不受精などによる生理落果が終わる7 月上旬 が摘果の季節である。
 果実を着生した枝を結果枝と称し,枝上に 残す幼果数を0.1.2 などと決めて,残りを摘 果して,収穫時の果実の大きさと次年の当該枝からの花芽着生などを計測する。収穫果重に 直接的影響するのは光合成をする葉面積であ る。長大な枝ほど葉面積は大であり,果実数 が少ないほど大果となる傾向にあり,摘果の主 目標である。
 はじめの2 年間は供試樹に七夕飾りのように ビニールなどの札をつけての実施にもかかわら ず,調査結果は多岐にわたり,方法自体の良否 さえも不明であった。気を取り直して,調査樹 の摘果は1結果枝に1果を着生させて,収穫時 には人手を集め,賄いの小母さんや,ミャンマ ーからの留学生にも手伝ってもらいながら,樹 別に結果枝長と果重,残りの全部の枝長を測 定した。
 樹別の全収穫果の個別の重量とその結果枝 長の関係を図1 で見ると,次郎品種の18 と4 号樹の場合,両者の間に正の有意な相関が見 られた。紋平16 号樹では両者間に相関はなか った。ほとんどの枝に着果している状態に近い ほど正の相関はあるらしいが,同じ次郎品種 でも1 果平均重で50g ほどの樹間差異があり, 図1 をよく見ると同じ長さの枝でも100g 以上の差異が認められた。収穫果重の分散係数は 7.13%と大きかった。以上のことは果重を枝単 位で比較検討することの限界を教えられ,木 全体の悉皆調査による葉面積に対する着果率 や収量からの検討を試みた。

 次郎の枝1m 当たりの収穫果数(葉面積1 平 方m当たりに換算可能)を着果率として,樹別 の収穫果の1 果平均重と収量を図2 に示した。 1 果平均重と着果率との間に逆相関はあるもの の,着果率の少ない木でも小果の例を示して いた。それに対して,着果率と果実収量の間 には高い正の相関を示し,摘果による果実数 の増減の影響は収穫果の平均果重よりも収量 に直接的に影響することを明らかにしている。 摘果による果実数の増減の影響は平均果重よ りも,収量をもとに検討すべきとの視点が重要 との結論に達した。
 かかる結論が得られたのは,悉皆調査によ る木全体の枝長,果数,収量の資料収集によってなされ,負の効果も含有されていた。つま りサンプル調査による枝にラベルを付けての摘 果試験では,収穫果重は論議されても,果数 減少による収量減は捕捉不可能である。果重 の増大が本来の目的であったが,収益の基盤 となる収量が論じられないのは不完全な計画と いえよう。これらの点において,サンプル試験 は本末転倒的な結論を出しえる場合の存在を 指摘したい。
 枝1m 当たりの着果率をもとにして,1 果平均 重と果実収量の回帰直線は交差する現象を図 3 に示した。交差する同図から最適果重の推 定方法の概要を次に示す。着果率の増加に伴 い1 果平均重は低下するが,果実規格の3S 以 下の小果を市場出荷しないとの農水省局長通 達により,市場出荷可能な果実収量線を同図 に示した。この収量線から市場単価増加曲線 は収益一定の線の逆数として求めた数値の曲線 である。この理論的な単価増加曲線は1果平均重の増大に伴う収量減を補正するための単価 の増加率ともいえる。

 理論的増加曲線と実際単価増加曲線(1 果 重の伴う数値は,市況報告書に公示)の両者 の比較から最適果重の推定法は図4 のA,B, C で樹種別の例示が可能となる。収益が最大と なる果重を最適とする見地である。
 A 図では1 果平均重が大きいほど基準単価 増加曲線よりも実際の単価の推移線が高い場 合である。品種特性の限界に近い大きさの果 実が最大粗収入を示し,最適果重とされる。 これに該当する果樹は少ないようであるが,野 菜のネットメロンはネット評価のためにこれに 該当し,1 個体に1個の実を着生させる,日本独自の栽培法である。
 B 図は,A とは逆の状態となり,個々の果重 よりも収量を最大とする小果を最適果重とする 例であり,日本ではウメなどが該当する。野菜 的な料理材料となる場合の多い外国にはこれ に該当する果樹が多い。
 C 図においては,小果よりやや大きほうが良 いが大果になると単価の増加が逆転する場合で あり,多くの果実が該当する。例として,温州 ミカンでは中位の果実がよく,大果がうす味な どで安価となっている。
 以上の結果からいえることは,摘果の主目的 は果実肥大であったが,農業の基盤である収 量の面からの考察により,最適果重の推定が可能となった背景には,悉皆調査の特性の一 例とも考えられる。

3.東日本大震災をめぐる記事に教えられた事項

 2011 年3 月11日14 時46 分の大地震は500 年に1回発生するか否かの歴史に残る事件で あった。それに引き続く巨大津波は2 万人を超 える生命を奪った。巨大地震に伴う東電福島第 一原発における各種電源喪失もあったが,地 震発生時に発電中の1,2,3 号機はいずれも がかろうじて制御棒の自動挿入に成功した。し かし,原発事故3 原則の「とめる」「ひやす」「と じこめる」の3 原則は維持されず,水素爆発に よる建屋の崩壊とメルトダウン(炉心溶融)の 発生があったようだ。これらの事実確認が判 然と報道されず,被害程度をチェルノブイリの 事故と同じレベル7とすることに関しても,も たもたして当時の3 月16 日付『毎日新聞』(夕 刊)に「レベル6 目前」と記されていた。被害 を過小評価しようとする風潮は現在も継続して いる。チェルノブイリは重大な爆発事故を伴っ ているが一個の原発であるのに対して,東電福 島第一原発では1,2,3 号機の3 機が同時的 なメルトダウンの発生を完全否定した記事を知 らない。メルトダウンと2 年後の井戸水の各種 放射能値の上昇との関係は当時の記事に予言 されている。
 大地震発生年2011 年6月20日の山田孝男の 「風知草」(『毎日新聞』)の記事によれば,京 大原子炉実験所の小出裕章の発言として,「東 京電力の発表を見る限り,福島原発の原子炉 は,ドロドロに溶けた核燃料が圧力鍋のような 容器の底を破ってコンクリートの土台にめり込 み,地下へ沈みつつある。一刻も早く周辺の土 中深く壁をめぐらせて地下ダムを築き,放射性物質に汚染された地下水の海洋流失を食い止 めねばならない」とあった。
 さっそく政府高官に聞いてみると,いかにも 地下ダムの建設を準備中だという。ところがさ らに取材すると東電の反対で計画が宙に浮い ている実態がわかった。東電の抵抗理由は「資 金」だ。「ダム建設に1000 億円かかる。国が 支払う保証はない。公表して東電の債務増と 受け取られれば,株価がまた下がり,株主総 会が乗り切れぬ」というのである。
 応答要領の中の愚答の極みとして,「地下水 の流速は1日5cm から10cm なので沿岸に達す るまで1 年以上の時間的余裕があると考えて いる。
 無責任な対応に憂鬱な日々を送る避難住民 は2 年半後も15 万人に近い。原発事故に苦労 した福島県民の93 歳の女性が「私はお墓に避 難します」(『毎日新聞』2011 年7 月9 日付)と 書き残して自ら命を絶ったことを,平和を標ぼ うする為政者たちはどう感じるのだろうか。
 2 年を経過して2013 年の6 月から8 月にか けて,数日で急増した放射能汚染水の発生を 間断なく新聞は報じたが,いずれの記事も2 年前に貯留した汚染水だと東電は表明するの みで,メルトダウンとの関連性を示唆した報道 は知らない。原因推測についての報道規制で も存在したのだろうか。
 これに関連して,目からうろこの解説があっ た(倉橋篤郎「水説」『毎日新聞』2013 年7月 10 日付)。いわく,原子炉の核燃料を燃やして 出る熱は2 種類あり,ひとつは,ウランの核 分裂によって出る熱,もう一つは核分裂によっ て生成されるセシウムなど放射性物質による残 留〈余〉熱である。問題は,核分裂熱は,制 御棒注入による核分裂停止とともに,ぴたりと とまるが,残留熱はすぐには止まらないところ にある。しかも,その熱量は,総発電量の7%という,とてつもないパワーを持っている。だ からこそ,たとえ核分裂反応を停止した原子炉 でも,継続冷却するために種々な工夫が凝らさ れており,それが機能しないとメルトダウンま での時間はきわめて短い。これらは,事故直 後に元東電副社長の榎本聡明に教えられた。
 メルトダウンは禁句のように紙上に表現され ていなかったが,地下構内汚染源除去への課 題で護岸近くの地下トンネル内の高濃度汚染 水から,2013 年7 月の分析で放射線セシウム が1リットル当たり約23 億5000 万ベクレルが 検出されている。水処理施設を経由してセシウ ムなどを除去してのち溶融燃料の冷却に利用 するという(『毎日新聞』2013 年8 月10 日付)。 門外漢の誤解かもしれないが,溶融燃料とは メルトダウンの別称とも感じている。

4.原発輸出をめぐる損害賠償責任は国財投入か

 渡航先国で安倍首相がトップセールス中の姿 が,2013 年の紙上にしばしば登場した。その 流れの原点の一つに2011 年11 年25 日の『毎 日新聞』にベトナムの首相と並ぶ野田首相が現 地で計画中の原発建設に日本が受注合意した との記事があった。同じ紙面に吉岡(九大・副 学長)が「各種組織の整備と,国民が賠償負 う恐れ」と題した論評を記していた。
 危惧される事態は必然かなと思えるのは, 2013 年6 月11日,『毎日RT』紙上に,米国の サンオノフレ原発が廃炉を発表し,蒸気発生装 置を製造した日本の三菱重工に100 億円以上 の賠償請求方針を表示した。
 技術先進国の米国でも原発製造に関しての 賠償を問題とした。現在の世界の原発が約 400 基として将来700 基までの増加が見込める らしく,世界市場に受注競争が広まっているらしい。それらの機器が数年から数十年後にか けて,各国からの賠償要求が雪崩を打って日本 に押し寄せてくる可能性を否定できない。
 現世を生きる人間の最大の義務は,後世の 人々によりよい環境を提供することであろう。 この観点からも「富国無徳」(「風知草」『毎日 新聞』2013 年5 月6 日付)と国際非難される ような状態は,かつて“トランジスタ・セール スマン”と,揶揄された頃よりも文化程度と国 の品位の低下はまぬかれまい。
 世間は種々の考察があるらしく,「日本の原 発輸出をどう考えるか,人材育成と賠償準備 を」と元原子力委員長代理の遠藤(『毎日新聞』 2013 年8 月5 日付)が寄稿している。原発事 故発生以来2,3 年を経過するも約15 万人の避 難者に対して,賠償は何%進捗しているのであ ろうか,未来が閉ざされた状態についての苦悩 こそが,風評被害者を含めての日本人の多くの 心配ごとではないだろうか。

5.民度の差異として日独の脱原発への道

 異国への旅行や滞在時に,ふとしたことか らその国の民度を感じることがある。今回の東 日本大震災の悲惨な状態から,脱原発政策に 方針を転換したドイツと,2013 年の参議院選 に勝利した自民党政府が原発再稼働に進む日 本の間に大きな民度の差を感じた。
 1968 年にトルコでの1 年の留学を終えての 帰路,ドイツのミュンヘン郊外15k m のダッハ ウの強制収容所を訪れて,20 平方mほどの広 さのシャワー室と詐称されたガス室と隣接する 3 基の火葬装置の中に数万人の苦渋の歴史を教 えられた。広大な施設は当時国連の管理下に あった。
 戦時中のことだが,日光の近くの足尾銅山に も強制連行された東アジアの労働者の200 名を超える尊い命が失われた史実を書籍で読了 後に,現地を訪れたが,多くの説明文の中に, 戦争犠牲者への鎮魂の意志は容易に見つけら れなかった。
 ドイツは近隣のチェルノブイリ原発事故を体 験している背景もあるかもしれないが,21 世紀 を切り開く決断をしたのではないだろうか。過 去の歴史から学ぶ心がなければ未来への展望 を見いだせないのかもしれない。
 日本はあと何回の原発事故を経験しなけれ ば,脱原発への方向を模索しないのだろうか。 これらはすべて,民度のなせる因縁であろうか。

6.全容調査への提言

 柳田邦男の「深呼吸」(『毎日新聞』2013 年 4 月27日及び6 月22 日付)に掲載された原発 事故をめぐるコラムを引用して小論の結論にか えたい。
 「戦後史を振り返ると日本は戦争の被害を始 め,公害,薬害,災害の被害について,実態 の全容を公的に調査するのを避けようとする傾 向が強かった。意識的にサボったとさえ言える 例もある。福島原発事故の被害者は数十万人 に達する。国は原発を推進してきた責任におい て,被害の全容を明らかにする調査のプロジェ クトをたちあげるべきだ。政府の原発事故調が 2012 年7月の最終報告書でその提言をしてい るのに,無視するのは政治的責任の放棄だ」。
 筆者は果樹園の片隅で,悉皆調査に魅せら れ,乏しい経験なれど,在学中の研究材料は 薄荷(ハッカ)と稲であり,個体が小さかった。 社会人となり個体が数千本の枝を持つ果樹に 代わって,右往左往した中から,一度は木全 体を調査してから対象を検討しようとする方法 に溺れたのかもしれない。
 優良なリンゴの単価が数千円の表示を東京都心の果実店で見るのも稀ではない。果樹園 芸界には上下の価格差が数十倍に及ぶものが 山積している。しかし,優良品質の果実生産 を目指した場合に,単位土地面積当たりの収 量減の把握は,全量調査によってのみ可能とな るのが現実である。収量減の実態を明らかに することで,最適果重の推定が可能となった。
 価格差が巨大なほどに,品質万能であり, 全体的な生産力への評価が無視されやすい。 TPP を前にして,農業の可能性を宣伝するテレ ビも多いが,突出した事例でもって,全体を代 表するかのような錯覚を起こしやすい。日本の 農政の歴史ともなっている,「生かさず殺さず」 の日常の中に生活する大多数の農民を忘れては なるまい。
 謝辞:資料整理にご協力を賜った築井雅美と 重松サチヱの両嬢に深謝する。

(2013 年10 月2 日)

プロフィール きしもと・おさむ
岡山県生まれ。岡山大学農学部卒。東京大学大学 院農学研究科修了。その後,東京大学附属農場、 農林水産省園芸試験場,熱帯農業研究センター勤 務を経て,宇都宮大学農学部教授。現在,宇都宮 大学名誉教授。農学博士。専攻は,熱帯農業。主 な著書に,『熱帯農業入門』『証言・熱帯農業』『日 本のくだものと風土』『くだものと環境』『国際協力 をめざす人に』他多数。

<引用文献>
1)平田直ら『巨大地震・巨大津波―東日本大震災 の検証―』朝倉書店,2011 年
2)岸本修「カキとナシにおける摘果とせん定の適 正度に関する研究」『宇都宮大学農学部学術報 告特輯第33 号』,1978 年