果樹剪定の適正範囲推定法の発見
―評価の客観性確保への一歩

宇都宮大学名誉教授 岸本 修

はじめに

 今春,久しぶりに宇都宮大学の卒業祝賀会に参加した際,老友の主宰する「静談会」への話題提供を求められ,表記の課題を取りまとめてみた。事の発端は,果樹剪定に関する論文,すなわち,剪定という経験重視で技能的側面の多い課題に客観性を付与した筆者の研究成果が,素描画と写真で剪定を表示した指導書を刊行している米国・オレゴン州立大のR . L .Stebbins によって果樹の専門誌GoodfruitGrower(1985 年11-12 月号)に紹介され,さらにそれを弘前大の浅田武典が日本の雑誌に逆輸入したことであった。
 そして太平洋戦争の前後,主食用作物重視のため,果樹は約20 年間,政策的に衰微した。当時の苦難を体験した日本果樹園芸を支えた諸先輩は,総力を結集した歴史的記録として,1954 年に『果樹の整枝剪定』を刊行し,その当時の剪定をめぐる論調を示した。
 ともすれば素描画と模式図,写真によって説明することの多い日本の果樹剪定の世界において,剪定の適正度について普遍的な客観性を付与しようと努力してきた筆者の試みは,なかなか受け入れられないものであったが,米国からの逆輸入を通じで再評価されたのだろうか。

1.1960 年頃の剪定の概況

 まず,前掲書『果樹の整枝剪定』の中からいくつか代表的な論調を紹介する。
 ①ミカン類の剪定にあたって,最重要で,もっとも難しいのは剪定の程度である。その程度は数字的に示すことはできず,一定の基準を示すことも困難である。また一定の枠によって程度を示すこともできない。従って口では「軽い剪定を」と称しながら,随分強い剪定を行なう人もある(岩崎藤助,『果樹の整枝剪定』p101)。
 ②普通の立木仕立てであればまだまだ使える樹齢が,人為的に無理に短縮されている。ナシの棚を更に立体的な自然整枝に持っていくための工夫と,その地方の風害の程度を研究し,局地的に適地を求め,あるいは防風林により,できれば棚の廃止までにもっていければ理想的である(森田義彦,『果樹の整枝剪定』p48)。
 ③カキも他の果樹の例にもれず,従来は2間植えなどというなんら科学的な根拠を持たない栽植距離が,あたかも標準のように取り扱われ排水良好な肥沃地においても地下水の高い瘠薄地においても,同様に密植されたために,栽植後数年を経ずして既に隣樹との間に枝梢が交錯し,果樹本来の特性を発揮することができなくなってくる。思い切った間伐を断行できなければ,従来は極端な切り返し剪定や更には環状剝皮を行い樹勢の押さえつけで結実を図ってきた(飯久保昌一,『果樹の整枝剪定』p141)。
 前掲書の執筆は果樹栽培の指導者たちであり,本項に示した三つの課題は当時の剪定に関する理念の一端であろう。
 飯久保が指摘するように,明治から昭和の戦前まで日本では,なぜか10 アール当たり75本植えが標準化されていた。それは欧米の夏の乾燥地起源の栽植密度から準用された面もあろうが,日本の高温多湿の夏季には過繁茂を招来しやすいためであった。
 元来,日本には盆栽が趣味として一般化し剪定は重用される傾向にあったが,果樹栽培における剪定は必須作業として広く利用され,結実管理にも多用されていた。
 次に岩崎の剪定に対する評論は厳しく,剪定の適正度そのものが普遍的な客観性を付与されていない現状を批判し,本人は軽い剪定と称しても実際には強い過酷な場合の存在を示唆している。客観性の付与は単なる技能から,科学性を獲得して技術としての発展の基盤ともなるのではないだろうか。
 リンゴ地帯の研究者のStebbins が,筆者のナシ剪定の適正範囲の推定法を論文紹介された一因には,推定法の中に客観性を感じられたのかもしれない。本論に紹介された筆者の提案した適正範囲の推定法は,従来なかった樹種を超えての1指標である。
 森田の主張でも,棚仕立て栽培が,ナシ本来の立木性の特徴を無視した整枝法と指弾されている。筆者が供試したナシの棚と立木仕立ての比較研究の栽植当初の計画は,立木仕立の可能性の立証のために企画されたものと推定される。その理由として前掲書49 ページの両整枝法の写真が掲載されている。品種としても9 月中旬までに収穫が終了する「君塚早生」,「石井早生」,「長十郎」である点も,この推論を支持している。あえて言えば,筆者の供試樹と同じとも考えられる。

2.悉皆調査

 本論と少し離れるが,悉皆調査(=全数調査)との出会いを記す。
 二宮果樹園勤務時代の筆者の最初の課題は,カキの隔年結果(=一年おきに豊作不作を繰り返すこと)防止のための摘果であった。当時の既刊の論文を参考として,2 〜3 果以上を着生している結果枝(=花芽がついて開花・結実する果樹の枝)を1樹から数十本を選出し,七夕の飾りのように小さなラベルを付して,担果(=結実した果実)を2,1,0 とするために摘果を実施し,次年にその結果枝から発生する新梢上の着果状態を調査して,摘果の効果判定の資料とするのが定法でもあった。数年間,数百枚のラベルの付いた枝を克明に調べたが,結果に方向性は見られず失敗であった。
 供試したカキの「富有」と「次郎」の両品種は,年末に剪定した枝から当年の花梗(=花をつけた柄)や収穫果梗の痕跡が明確に識別できたので,剪定枝と樹上枝の悉皆調査が可能であった。これらの悉皆調査から,隔年結果とは結果枝数の増減に依存する部分が多く,変動する結果枝を基本に隔年結果防止の基準の確立は不可能であるとの結論が得られた。
 以上の結果から,全体を表示する部分抽出法の確定していない,多数の枝葉を有する果樹においては,あとう限り悉皆調査を試行した。

3.剪定効果として果実への光合成産物分配率向上

 日本の果樹栽培は,海外技術の導入当初より栽植の過密の傾向にあり,剪定による結実確保を求めて,ともすれば強剪定の害が一般化していた。そのために剪定の害を除く方向への論理が大部分であった。換言すれば,適度な剪定が光合成産物の果実への分配率を高めるとの視点が欠落していた。
 図1に示したように棚仕立ての木は結実当初から十数年にわたり,果実収量が立木よりも多く,それは一果平均重の差としても明確であり,それらを葉面積当たりの果実収量として見ても同様なことが見られた。参考のために「石井早生」の結果も同じ傾向であった。勿論,棚,立木ともに6m の正条植え(=苗を6×6m の間隔に植える)であり,10 アール当たり27.8 本植えである。
 かかる整枝法の差異を約15 年生の木の累積量としてまとめたのが図2 である。剪定量は棚仕立ての木が立木よりも約20%多く,やや強い剪定であり,果実収量は約25%多く,収穫果数では約10%多かった。直径2cm 以上の太さの材積は逆に棚仕立ての木が約30%立木よりも少なかった。両者の葉面積指数はいずれも2 〜3 であり,統計的に有意差はなかった。
 以上の結果から,図2 においてやや強い剪定は材の形成を抑えて,果実の収量増加に貢献していると推定された。

4.適正範囲の推定法

 光合成産物の集積は,植物全体の光合成量から全呼吸量を差し引いた残りの部分である。光合成の主たる生産は葉に依存しているので,光合成器官と非光合成器官の割合であり,葉量を基盤として葉材比,葉果比など,各種の比率が考えられる。前記した適度の剪定は葉材比を少なくすることで,葉果比を高めたと推定されたのも,材の呼吸消耗の減少が,果実形成に有効に作用したともいえる。
 剪定の影響を鋭敏に反応し,かつ果樹の一世代にわたり通用する比率として,筆者は新梢葉枝比(Cs/F,木全体の新梢と葉の乾物重比)を考案した。枝長別の新梢,葉の重量と両者の比の推移を図3 に示した。枝が長くなるほど太さを伴い重くなるのに対して,葉数は枝がいかに短くとも2 〜3 枚の展葉が見られるので,新梢葉枝比の増加は各種の果樹に共通する推移といえる。「長十郎」ナシで枝長100cm ほどの所に屈折点があるのは徒長枝(=樹木の幹や太い枝から上方に向かって真っ直ぐに長く太く伸びる枝を指す)の一次伸長の停止現象を反映しているが,枝長が長いほど葉枝比の増大傾向に変化はなかった。
 剪定実験で重要なのは,成木状態を基本にすべきとの観点から,立木,棚仕立ての木の交互の樹形変更による変化を調査した。立木は樹高が約6m であったが,主幹を約2m で切断して周囲の枝を主枝とみなして棚仕立て状に誘引して結実させた。棚仕立ての木は樹冠全体から約10 本の徒長枝を選び,それぞれの枝を立木仕立てと同様に管理し結実させた。樹形相互の変換実験に数年を要した。
 図4 で新梢葉枝比と果実生産量,整枝法の変換を含んだ相互関係を示した。これらの単位土地面積当たりの果実生産量の推移から,剪定の適正範囲を判定する模式図が図5 のように提示できる。「長十郎」ナシにおいては新梢葉枝比が1.3 から1.5 の付近で収量が最も高くなり,その範囲を剪定の適正範囲とする考えである。
 樹形変更はしなかったが,カキの平核無品種の7 〜11 年生の若木と,27 〜31 年生の成木と,樹齢の異なる5 年間の新梢葉枝比の調査において,0.40 〜0.55 の間で高い果実生産量が得られ,剪定の適正範囲と推定できた。
 図5 の下欄に例示したように新梢葉枝比の推移は剪定が強いほど高くなり,逆に樹齢が多くなるほどにその比が低くなる傾向がある。同図で同じ収量を示すA,B 点を示すと,A でより多くの収量のためにはより強い剪定を,B の場合はより弱い剪定をすべきとの指針が提示できる,これらは樹齢も含めて,剪定の管理様式を総括的に矛盾なく説明可能である。この見地から,剪定の適正度判定の客観性の付与の面で新発見といえよう。
 剪定の適正範囲を維持しながら,かつまた剪定効果としての果実生産への光合成産物の配分率向上のためには木全体の材形成の抑制を求めて,葉材積比(Cw/F)の低下を求めて樹高の制限が重要である。以上の2 点が本論文の新知見である。
 果樹の剪定は樹齢全期間にわたり,開花結実による果実収量の向上であり,木全体として一種の末端肥大症の継続であり,その維持のためには花芽分化の主体を維持するために樹高を含む上面成長の管理である。対照的に林木の枝打ちは主幹の下部の弱小枝を除去し,受光態勢の改善による幹肥大の促進と,小枝の幹への貫入により発生する生き節や死に節(=節の繊維が周囲の材と連絡しているものを「生き節」といい,連絡が切れているものを「死に節」という),とくに後者の点在は用材の価値を激減する。

5.結論に代えて:適正度判定に,なぜこだわるのか

 かかる視点を記述する理由には,筆者の剪定修練の過程が反映している。社会人の一歩を二宮の東京大学果樹園の勤務から始めたので,剪定の必要性を痛感し,つてを頼って平塚の農林省園芸試験場へ冬季に週1〜2 回通い,3 年間ほどお世話になった。筆者にとって剪定ほど修練の困難な作業はなかった。
 同一状態の枝は皆無であり,剪定の原則として主枝,亞主枝が確定しておれば,その周辺に結果母枝群たる側枝を配置し,適宜それらの側枝を更新しながら,木全体の均衡を維持するという課題に毎回取り組んだ。
 剪定の順序として,不要な徒長枝や枯枝を切除した後,原則としてより大きな枝の部分からの剪定を指導された。生来不器用な筆者は毎回とは言わないまでも,どなり声を聞きながらの剪定研修の1日は長く寒かったことを昨日のように思い出す。反動でもないが,残りの週日には二宮果樹園で平塚のストレスを発散するかのように,剪定鋏と鋸を振り回していた。
 平塚園試でも,時折,上司や先輩たちが近接した位置に着生したA,B いずれの枝を切除すべきかと論じ始めると,10 分や半時間はすぐさま消費される。かかる場面に出会うたびにA,B いずれでもよいから切除すれば当面は適正範囲に該当するのではないかとの想いが常にあった。一番嫌な場面は,A,B いずれかの切除の決断がより上位の役職の人の意向が反映する瞬間であった。
 他人の釜の飯を食べるとは,このような事かと思った。緒言の項で論じた岩崎の言うように,自分では軽い剪定が実は強い剪定の場合の存在を,客観性の物差しがなければより上位の人の意見が通るという面が残るところに,よそ者は奇異を感じた次第である。
 Stebbins がなぜ筆者の紹介論文を作成された理由は不明ではあるが,剪定の適正範囲の客観性への提示に共鳴されたとも推定される。その紹介論文を和訳され青森のリンゴ協会発行の「剪定」誌に発表された,浅田武典のリンゴ剪定の本(3)に掲載された記事では,剪定の適正度に関する興味は記されていなかった。
 1993 年発行の同じ本で,元青森県リンゴ試験場長も,リンゴ栽培の歴史の中から経験に基づいた多くの法則が生まれたと指摘した。数理化することの困難な剪定において特にこの傾向が大きいといえる(福島住雄,p312)。
 剪定の本がともすれば,素描画と模式図と写真によって説明される場合が多いが,それは盆栽の説明に由来しているのかもしれない。対照的に生長点が一つしかないココヤシが生活を支える主要な樹木作物となっている熱帯地域では,剪定の概念が少なく,ルソン島では樹高20m 以上のマンゴーを栽培する大農場でも,台風の際に地面の根の片面を掘削し倒木を計画し,樹高が数mとなったと誇らしげに教えられた。北タイではリュウガンやかんきつ類が井桁状に組まれた竹材によって果樹が守られている例もあった。
 謝辞,この機会を与えられた宇都宮大学名誉教授の中村和夫博士に深謝する。
(2012 年6 月8 日,なお語釈注は編集部で付した。)

■きしもと・おさむ
岡山県生まれ。岡山大学農学部卒。東京大学大学院農学研究科修了。その後,東京大学附属農場、農林水産省園芸試験場,熱帯農業研究センター勤務を経て,宇都宮大学農学部教授。現在,宇都宮大学名誉教授。農学博士。専攻は,熱帯農業。主な著書に,『熱帯農業入門』『証言・熱帯農業』『日本のくだものと風土』『くだものと環境』『国際協力をめざす人に』他多数。
<引用文献>
1)梶浦実 監修『果樹の整枝剪定』,誠文堂新光社,1954
2)岸本修『くだものと環境』,古今書院,1982
3)今喜代治・菊池卓郎 編『リンゴの樹形と剪定』,農文協,1993
4)R. L. Stebbins,Pruning ,HP Books,USA,1983
5)R. L. Stebbins,Goodfruit Growing in Oregon, Washington Short Ass.,1985
6)Tom Van Der Zwet et al,The Pear:Cultivarsto Marketing ,Horticultural Pub.,1982