金正日後の朝鮮半島情勢と中国の工作

桜美林大学客員教授 洪 熒

<要旨>

 北朝鮮では,金正日が昨年末死んだ後,その息子である金正恩が後継者となり独裁体制の維持に腐心している。12年2月末に核問題と食糧支援などに関する米朝合意が発表されたが,わずか半月後には4月のミサイル発射発表で合意破棄となるなど,政治的な混乱も見られる。また中国は今まで以上に北朝鮮に対する関与を強めるほか,韓国や日本への工作も活発化させている。韓国は中国への経済的依存度を深めているが,安全保障の面では日本や米国との連携を強化している。今年5月,韓国国防長官の直前の来日延期によって日韓防衛協定の署名が遅れているが,日米韓の連合海上訓練など日韓の連携の流れは進展している。

1.中朝関係と中国の影響

 (1)金正日後の北朝鮮体制
 中国と北朝鮮との関係を考えてみたい。
 共産党独裁の中国は今まで「金氏王朝」という不良同盟国を最大限利用するという考えで北朝鮮に対してきた。いわゆる地政学的な観点から言えば,中国は米国(の同盟国の韓国)と直接国境を接しないように,北朝鮮を緩衝地域にすることを最優先にしてきた。中国共産党としては,自由民主主義国家と直接接することはできるだけ避けたいのだ。そのために北朝鮮が倒れないようにと,北朝鮮を無条件にかばってきたのである。2010年3月に天安号爆沈事件,同年11月に延坪島砲撃事件が起きたとき中国は北朝鮮を又も庇護したために,国際社会から非難され,特に東アジアの国々は中国を一層警戒するようになった。
 中国は鄧小平のときから「韜光養晦」を戦略としてきたが,近年覇権追求の姿勢を露にしたため,周辺国との摩擦を増大させる結果を招いている。中国は陸地で14カ国と国境を接し,海でも5カ国に取り囲まれているが,北朝鮮以外のほとんどの国とはここ数年の間に葛藤関係になってしまったといえる。今後これをどのように挽回,打開するのかが,北京当局の当面の対外課題になるのではないかと思われる。
 それでは金正日後の金正恩体制はどういう状況だろうか。
 金正恩は,後継者としてのまともな授業を受けていなかったようだ。もちろん,金正日は死ぬ前に,自分が死後の後継体制を案じて, 党代表者会議を招集し一種の遺言体制を残していた。少なくとも葬儀から今年2月ごろまでは,その遺言体制で推移したと思う。
 ところが,金正日死後から半年も経過していない内に,一種の「宮廷クーデタ」が起きた。2012年4月の朝鮮労働党代表者会で(既に軍大将から次帥に昇格していた)崔竜海党書記が政治局常務委員兼朝鮮人民軍総政治局長(軍に対する党の指導を統括する要)に就いた。これは普通は考えられない人事だ。彼は(金正恩の後見役)張成沢・国防委員会副委員長とすごく親しい関係と言われてきて,張成沢が軍部を押さえ込むための人事措置として行なった措置を見るべきだ。張成沢体制を固めるために,それに邪魔になる幹部らが連日粛清されたといわれる。中国はその様子を見ながらも,自分たちに有利な方向に導いて行こう,親中政権を保ちたいと考えて北の扱いを工夫しているはずだ。
 少なくとも今年2月までは必ずしも張成沢が支配権を完全に握っていたとはいえない。しかし,4月までに粛清を断行しながら,崔竜海書記を朝鮮人民軍総政治局長に据えた人事を行ったということは,(成功するかどうかは別にして)張成沢が軍部までも支配するところまで進んでいると思われる。彼らが一気に(反対勢力を)押さえ込もうとしているように見られる。
 米国オバマ政権は,昨年から2012年の再選を目指す立場から平壌側との対話を模索せざるを得なかった。それで,今年の2月に核濃縮の一時停止などの見返りに米国が24万トンの食糧支援を行なうという米朝合意が発表された。しかし,その半月後の3月16日に,北朝鮮は4月に「人工衛星打ち上げ」を予告したことから,韓半島の緊張が高まり,米朝合意も破棄されることとなってしまった。
この間の北朝鮮の政治はどうなっていたのか。金正日が昨年12月に死んだ後,形の上では遺言体制である集団指導体制で過渡期の管理に臨んだが,北朝鮮には集団指導など無理な話である。「金氏王朝」はそもそも唯一指導の神政体制であるため,集団指導体制などは真似ることもできない。平壌の幹部たちは,主導権を握るということより,まず自分が生き残るためには,競争者を排除,粛清,抹殺するしかない。実際,こういう状況が展開されていると理解すべきだ。 
 2月の米朝合意と破綻も,金正恩に忠誠を示すため,外交部は「米国からこのように食べ物(食糧支援)を確保した」と手柄を示し,軍はそれを潰す。それぞれが生き残るために,競争関係にある者同士が疑心暗鬼になって,忠誠心を示すための競争をしている。大陸間弾道ミサイル発射実験も,混沌(カオス)状態の中でハプニングとして起きたのであり,一貫した政策から出てきたものとは見られない。それほど内部は不安定だということだ。
(2)金正恩体制と中国の影響
 金正恩は要するに金氏王朝の現在のシンボルだ。王朝では,前王が死ぬと(後継の)王子(王世子)を立てて次につなげていく。しかし金正恩は,次の王としての帝王学の訓練を受けた人物なのかだが,私は先ほど述べた通りそう思えない。
 金日成生誕100周年を記念する4月15日の軍事パレードで,大衆の前に現れた金正恩の振る舞いをテレビで見る限り,いくらまだ若いとは言ってもあれでは準備された指導者とは言い難い。まるで,動物園に行った子どもが珍しい動物を見てはしゃいでいる格好のようなものだ。原稿を読む演説は字が読めたら誰でもできるものだ。軍事パレード1時間余の間に,金正恩は右側に立つ白の軍服姿の崔竜海・軍総政治局長や李英鎬・総参謀長に楽しそうに頻りに質問する様子は,まさに子どもがはしゃぐ姿を思い起こさせるものだ。左側の金永南(最高人民会議常任委員会委員長)は全く無視していた。
 金正恩の指導者としてのイメージ演出のためさまざまな写真が公開されているが,これがあまりにも幼稚なレベルだ。ボタンを全部外して怒っている場面などを見れば,これはまともな教育を受けた指導者とは到底思えない。金正恩自身やその取巻きらのレベルはもちろん,今の平壌の体制や雰囲気の異様さが切に感じられる。
 外国に食糧援助を請いながら,指導者が丸々と太っていていいのか。餓えている人民のことに心痛めているという演出がしたいなら,そういうことはしないはずだ。いくら洗脳状態の人民に対しても,怒る姿や演説のスタイルで金日成をまねるのではなく,世の中が見ているから別の工夫をすべきだ。矯正不可能な体制としか言いようがない。
 中国は仮初めにも国連安保理の常任理事国であるから,一応それにふさわしい行動をとるべきところだが,そうでない。逆に,自分に代わって西側を困らせる汚い・危ない悪いことを代行する国を探しているような真似をしている。その代役の一つが北朝鮮だ。北朝鮮は,中国にとって「便利屋」で,中国が大っぴらにできないことを平壌にやらせる側面もある。中国が安保理常任理事国として,世界の指導的な国になりたいなら,核兵器やテロリズムの拡散を止めるためにも不良国家・危険国家に圧力をかけるはずだが,中国(中国共産党)はそういう意思がないようだ。かつて冷戦時代のソ連がそうであったように,やはり覇権を追求する共産独裁体制はそうなるしかないようだ。中ソの一番汚い危ない下請け業者の代表格が北朝鮮であった。その上西側への緩衝地帯だ。それで今も中国は,北朝鮮を庇い続けているのだ。
 6カ国協議とは言ってみれば「詐欺」だ。中国にとって6カ国協議の目的は,北朝鮮の核を放棄させることでない。中国自身が,「核兵器を持ってこそ一人前の国だ」と堂々と述べてきた。韓半島の「平和体制」云々は時間稼ぎ,中国の狙いは日韓を戦略的に封じ込めることだ。中国は金正日の暴走のお陰でただで手に入れた6カ国協議というこの魔術の棒を手放そうとしない。
 米国のいわゆる現実主義信奉者たちは,中国のとんでもない狙いをうすうす知りながらも,自分たちの手柄(業績)を挙げるために進んで6カ国協議を進めているだけだ。以前,北朝鮮問題を担当していたクリストファー・ヒル国務次官補やライス国務長官などがそれくらいに気付かなかった筈がない。無責任で卑怯だ。

2.韓国に対する中国の工作

 今の中国は米国に挑戦して覇権を求めていることをもう隠していない。自由民主と共産独裁間の闘争は,共産主義が世界支配の野望を棄てない限り,冷戦の形で続くしかない。共産党のプロパガンダは,相手の脳と心臓をつかむことだ。
 東西冷戦時代に米国が,自国の市場を同盟国に開放して同盟関係を強化する政策を取ってきたように,中国も自らの市場を利用して,とくに韓国や日本の経済界を取り込もうとしている。今年6月1日から始まった円と人民元の銀行間直接取引きの開始は,まさにそれを象徴するできごとのように思えてならない。日本がこんなにも簡単に中国の「罠」にはまるとは考えられなかった。
 中国の市場利用戦略は「共同繁栄,共同発展」を謳っているが,実態は「中華主義のための道具」として使っている。中国側は当然金儲けができればいいと考えている。だが,中国の言うことを聞かない場合は,すぐに締め出そうとする行動に出る。グーグルのケースで見られるような検閲やレアメタルなどの資源輸出制限などで世界中がわかっている。
 韓国の対中貿易は全貿易の約20%を占め,対日・対米貿易をあわせた額を上回っている。韓国はこのように中国市場に進出してそこで経済的利益を得ているため,中国に締め出されたらどうしようと心配するほどに中国に取り込まれつつある。韓国が西側の一員としてここまで発展してきたのは,東西冷戦の中で大陸と完璧に断絶されて「島国」として(米国をはじめとする)海洋文明を相手に自由貿易を行なうことで成功したのだ。ところが,ここ20年の間に中国市場にはまり込んだためにその弱みを握られてしまった。
 韓国としては,中国自身に自由市場経済をさらに発展させて民主主義体制へと変わって欲しい。中国が他の国々との共通の利益,つまり真の善隣関係を求めず,悪い中華思想的なやり方を追求するなら,われわれは相応の戦略的な対応が絶対必要である。
 韓国には中国は「まず金儲けのできる国」だと単純に考える人々は多いが,それがそのまま親中感情に結びついているわけではない。
 韓国は1945年から1988年ソウルオリンピックまではアジア大陸から物理的にも完全に孤立した「島国」であった。ソウルオリンピックの成功で過剰な自信を持つようになった韓国は,共産主義への警戒心なしで共産圏との貿易に走り始めた。だが,それは「親中感情」とは関係なく,韓国人が1970年代から本格的に始まった常にニューフロンティアを求める本能的な動きだったと言えよう。
 ここ数年の中韓のさまざまな出来事を通して摩擦・葛藤を経験する中で韓国は,特に,共産党支配の中国は「とんでもない国」だという側面をようやく実感した。さらに歴史的な中華思想に接しながら強い警戒心も芽生えてきている。中国は中韓国交正常化から20年余りにわたり親中工作をやってきたのだが,それがここ数年間で台無しになることに一種の焦りを感じているかも知れない。中国は現実の経済関係や歴史的背景から韓国人が親中だと思うらしいが,韓国人の深層を見れば決して親中ではない。
 韓国人は長い歴史の中で大陸勢力から苦難と屈辱を味わったことを憶えている。覇者が世の中を支配した昔,中国との朝貢関係を何とか上手く管理するために苦労してきた。大国の無理な要求に応じるしかなかった屈辱も多かった。韓国人は,日本の植民地支配が終わった戦後に,前近代の王政(王朝)に戻らなかった。前近代ときっぱり決別した。前近代の中国の覇権的振る舞いを認めるなどあり得ない。

3.日本のメディアの偏った報道姿勢

 日韓関係について言う時,日本の知識人やメディアの報道姿勢に触れざるを得ない。本当に彼らの多くが「反日探し」,特にいわゆる「反日感情探し」に熱中している。それで,20~30人が集まって反日集会をやっても,それを一面記事で報道する。
 今まで「天皇の訪韓」のことが言われたときに,日本のメディアは大体「天皇の訪韓は時期尚早。韓国民全体が天皇訪韓を歓迎するような雰囲気でない」という論調だ。人口数千万人以上の国で,全国民が天皇を歓迎することがあるだろうか。日本国内ですら天皇制に反対する人々もいるのに,他国にそれ以上を求める。仮に,国民の8割が天皇訪韓を歓迎しても,「反対の声が2割もある」と言ったらどうしようもない。日本のメディアは,だいたい反日を誇張して報道する。反日の存在を虫眼鏡で探すようなものだ。日本社会の知的風潮の問題なのかどうかは知らないが,メディアは戦略的大局より細かいことに拘る場面が多い。反日問題は,日本がその土壌になっているのではないか。 
 韓日関係は年間500万人往来の時代を目前にしている。本当に深刻な「反日」が存在するならば,こんな往来が可能だろうか。普通の人が反日を見つけるのは容易でない。専門家が反日を見つければ,そこに反日が「ある」のだ。そして,それをもって「韓国民は反日だ」と騒ぐ。もちろん,建設的な対策などなく,溜め息を漏らすだけだ。
 実は,韓国の「反日」に関して日本社会が全く分かっていないことがある。韓国の反日は「感情でなく,イデオロギーである」点だ。つまり,「反日=反米=反韓国=親中」である。反日を叫ぶ勢いより較べられないほど強いのが反韓,つまり,西側の一員としての自国の成就を否定する異常行動だ。これは反日どころでない。例えば,反韓勢力は李明博大統領には敬称もつけずに呼び捨て,悪口を言う一方,平壌の金氏王朝の暴君は一度も批判しない。今韓国ではこの「21世紀の紅衛兵」らを「従北」と呼ぶ。この従北らの「反韓」は,「反日」より100倍以上強い。韓国民の一部はしばしば,中国と北に代わって反日の代理戦争をやる。当事者らは,自分が中国共産党に利用されていることを自覚していない。
 2012年5月に金寛鎮・韓国国防長官が訪日して防衛協力の協定に署名する予定だったが,直前に訪日中止となり署名が延期された。日本の一部のメディアはその経緯について「慰安婦問題など歴史問題のため」と報道していた。この報道は取材でなく記者自身の先入観を書いたものだ。実際には,国防長官が訪日しようとしたところ,第一野党・民主統合党の実力者の朴智元・院内代表が同長官に「新しい国会が始まろうとしているときに,なぜ訪日して防衛協定にサインするのか。国会でもう一度議論して国会の了解を得てからやれ」と恫喝したのであった。国防長官としては,ほかにも多くの法案を抱えているため譲歩せざるをえなかった。李明博大統領や与党セヌリ党の朴槿恵代表は国防長官を守ってくれなかった。
 日本も「ねじれ国会」のため国会運営が難しいが,韓国は21世紀の紅衛兵である従北や政治家たちの卑怯さのため国会の運営が難しい状況に置かれている。日本では何かが上手くいかないとすべてを憲法の所為にする癖を持つ人々がいるようだが,そういう人ほど韓日関係が円満でないとすぐ反日感情を言い出す。
また,李明博大統領の慰安婦問題についての要求と発言は,法院の判決が下りたためで,とくに左翼メディアからの批判を避けるためにそうせざるを得ない側面がある。
 今年5月に日本は,初めて外国の衛星を国産の大型ロケット「H2A」21号で打ち上げたが,この外国の衛星が韓国の多目的実用衛星「アリラン3号」である。これこそ両国の戦略的協力の象徴と言える。日本が初めて打ち上げた韓国の衛星は,北を監視する能力を持った衛星であった。

4.共通の価値観を中心とする日韓米の連携

 先進国とは法治国家である。法治の目指す価値や方向は,国の最高規範である憲法に明示されている。自由民主主義,市場経済を基本とする憲法的価値において日本,韓国,米国は共通しているから,それらの国々が同盟し協力するのは当然だ。そもそも,21世紀に価値体系が相容れない国々が同盟することはただの野合であり,一種の詐欺である。理念が衝突するところとは同盟を結び協力することはできない。
 もちろん,人間の長い歴史の中には「敵の敵は友」という時代が圧倒的に長かった。確かに,ルーズベルト大統領とチャーチル首相も,ヤルタ会談においてスターリンと組んでソ連の対日参戦や戦後の国際秩序などについて協議したが,そのようなやり方はこれからはダメだと思う。敵を倒すためには戦術的に悪党とも同盟する,という前近代に戻ることを現実主義国際政治と信じる専門家も多い。だが,そういう悪魔の囁きに負けた少数の卑怯者らが20世紀にどれ程の災難を人類にもたらしたものか。今日も,いわゆる経済的利益の共有を目標としてばかり走ると,またそういうことが繰り返されかねない。中国との関係は,目先の経済利益を超えた,未来までを見据えたものを模索すべきだ。
歴史は,民族主義を自由民主主義の価値観よりも優先させることの危険性を教えてくれる。韓国は李承晩建国大統領が民族主義より自由の価値を優先させて国民国家を建設し成功した。未来への同盟国も,自由の価値を共有できる国でなければならない。それができるのは,米国であり,日本だと思う。
(2012年6月1日)<初出:「世界平和研究」2012年8月夏季号,No.194>