国際法と日本の海洋戦略

拓殖大学大学院教授 安保公人


<梗概>

 現代の海洋国際法は,航行の自由を含む全ての国のための海洋利用の自由と,海洋資源開発等に関する沿岸国の権利との,合理的なバランスを保って成立してきた。しかし中国は,この原則に反し,海洋に一定の支配を及ぼそうとしている。これに危機感をもつ近隣諸国と海洋国が海洋安全保障に関し連携を始めた。2011年11月に開催された東アジア首脳会議で,「海洋に関する国際法が地域の平和と安全のために必須の規範を含む」との声明をまとめたのは,新たな展開と言える。わが国としても,海洋国としての意思を明確にし,国益と安全保障を基軸とした海洋戦略を保持する必要がある。

1.他国の排他的経済水域における海洋利用の自由維持

(1)海洋国
 わが国について,海洋国,海洋国家あるいは海洋立国という表現がしばしば使われる。まず,国家の姿として,海洋国とは何かを整理する必要があろう。周囲を海に囲まれた国を海洋国と言うのであれば,数多くある大小様々な島国はすべて海洋国ということになる。そうではないであろう。真の「海洋国」とは,「国際法が保障する航行の自由等の下に世界の国々との間に大きな海上貿易を行って国の繁栄を図り,また,大陸棚等にある海洋資源を開発してこれを活用し,かつ,これらに対する侵害を防止して海洋の安全(security)を維持していく意思と能力を持つ国」であろうと考える。
 そこで,日本は海洋国であるべきなのか,そうではないのか,確認する必要があろう。日本の人口は世界全体の約1/55に過ぎないが,海上貿易総量は世界全体の約1/8を占めている。わが国は世界との大きな海上貿易によって存立している国家なのである。また,世界の陸上資源に限りがあり,特定資源の輸出を規制する国もあるなかで,日本の経済活動を発展させ国民の生活を豊かにしていくためには,大陸棚等にある資源の開発を促進する必要がある。さらに,世界との海上貿易に従事する船舶や海洋資源開発などを侵害から守る強い意思と能力を保持することも不可欠と言える。このように,わが国が海洋国であろうとすることは国益と一致する。他の選択は,国を衰退させることになろう。

(2)海洋国の安全保障を脅かす中国の行動
海洋国の海上貿易にとって不可欠な国際法は,航行の自由を含む海洋利用の自由を認めるルールである。世界の海上交通路は,かつては公海に存在した。しかし公海の約1/3が排他的経済水域(以下,EEZ)に変化した今日,世界の海上交通路のかなりの部分はEEZにとりこまれた。EEZでは,沿岸国は資源等に関する権利をもつが,すべての国の船舶には自由に航行する権利があり,また,その安全を確保する海軍の活動も認められている。しかしながら中国は,自国のEEZから他国海軍の活動を排除する権利を主張し,実際の行動も始めた。

 最初の事例は2001年のEP-3事件であった。米海軍のEP-3電子戦データ収集機が中国の海南島南東約70海里の南シナ海(中国の主張するEEZ)上空を飛行していたところ,中国空軍の戦闘機2機がインターセプトした。この戦闘機の一機がEP-3と接触して墜落し,EP-3も損傷して海南島の飛行場に緊急着陸し,中国に抑留された。この事件以降,中国は自国のEEZにおける外国の情報収集活動等を排除する権利を主張するようになった。2009年にはインペッカブル事件が発生した。米海軍の補助船舶で低周波ソーナーシステムを装備するインペッカブルが中国海南島の南方75海里の南シナ海(中国の主張するEEZ)を航行していたところ,中国の海軍艦船等5隻がその航行を妨害し,曳航式ソーナーを損壊しようとした。海南島南端の三亜には中国海軍の潜水艦基地があり,その沖の南シナ海には日本にとって重要な海上交通路がある。インペッカブルが収集する水中音響データは潜水艦の探知と識別に有用なものと考えられ,それは海上交通路の安全確保に寄与するものであった。
 中国の妨害行動がさらに拡大して海洋国海軍の活動が排除されるようになると,海上交通路の安全確保が困難となり,日本にとっても世界にとっても深刻な事態を招くことになる。また,中国が南シナ海などを実質的に支配することになって,当該地域の安全保障が損なわれる。

(3)国連海洋法条約の制度と中国の違法性
EEZは,領海の外に位置し,基線から200海里までの水域である。国家の主権はEEZには及ばない。国家が自国のEEZについて有する権利は,1994年に発効した「海洋法に関する国際連合条約」(以下,海洋法条約)が定めている。その主な権利は,天然資源の探査・開発・保存・管理および経済的目的のその他の活動に関する権利(56条1(a)), 人工島・施設・構築物に関する権利(56条1(b)(i),60条), 海洋の科学的調査に関する権利(56条1(b)(ii),246条1), 海洋環境の保護・保全の権利 (56条1(b)(iii)など)である。EEZの海底は大陸棚であり,沿岸国はそれを掘削する権利も有する(81条)。また,「この条約に定めるその他の権利」(56条1(c))もあり,人工島等の周囲に500メートルまでの安全水域を設定する権利(60条4,5),生物資源に関する権利行使に当たり海洋法条約に従って制定した法令の遵守確保のために必要な措置(乗船,検査等)をとる権利などもある(73条1)。しかし,海洋法条約が定めるEEZの権利の中に他国海軍の活動を禁止する権利は存在しない。
EEZは,元は公海であった。このため,海洋法条約は,EEZにおいて全ての国の船舶に航行の自由を,全ての国の航空機に上空飛行の自由を認め,また,これらの自由に関連し海洋法条約の他の規定と両立する「その他の国際的に適法な海洋の利用の自由」を認めている(58条1)。海軍が他国EEZで平素から行っている監視(surveillance)や情報収集などは,慣習国際法上適法であり,海洋法条約が認める「その他の国際的に適法な海洋の利用の自由」に含まれている。ただし,海軍が他国EEZで行動する場合は,沿岸国が有する権利(漁業,海底資源採掘等)に妥当な考慮を払い,また沿岸国が海洋法条約のEEZの規定に反しない範囲で制定した法令(外国船の漁業禁止,海底資源採掘禁止等)を遵守する(58条3)。
 中国は,自国EEZにおける外国海軍の活動を認めない根拠として,海洋一般に適用される海洋法条約第301条をあげた。同条は,「締約国は,この条約に基づく権利を行使し及び義務を履行するに当たり,武力による威嚇又は武力の行使を,いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合憲章に規定する国際法の諸原則と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と規定している。中国は,この条項からEEZの「その他の権利」(56条1c)には主権と領土保全が含まれ,沿岸国はEEZで国家安全保障を保全する権利があると主張している。
EEZは国家の主権が一般に及ぶ国家領域ではないので,主権主張は根本的に誤っている。また,第301条の規定は,1945年に発効した国際連合憲章の規定と同じであって,世界で長年適用されているルールが海洋にも当然適用されることを再確認したものに過ぎず,EEZにおける何らかの権利を定めた訳ではない。中国がEEZに関して主権,領土保全および国家安全保障の権利を主張することは国際法上誤りである。インペッカブルに関する中国の主張には,「海洋法条約と中国国内法の両方に違反しており,同様の行為を一貫して厳格に処理する」というものもある。しかし,インペッカブルが潜水艦の探知に関係するデータを収集していたとしても,それは海洋法条約で禁止されておらず,沿岸国のEEZに関する権利とも抵触しない。また,沿岸国のEEZに関する国内法は,海洋法条約と他の国際法に従って制定した場合にのみ他国によって遵守され得るので(58条3),EEZにおける情報収集等を禁止する国内法を制定したとしても,その国内法は国際法に反するため国際的には無効であり,他国艦船を排除する権利は生じない。
このように中国の主張に法的根拠は全くないと言える。中国の妨害行動こそ国際違法行為を構成する。

(4)海洋国日本の責務
日本の海上交通路は,多くが他国のEEZに位置している。たとえば中東から日本へ原油を運ぶ航路をみると,ペルシャ湾岸諸国のEEZからホルムズ海峡を出ると,インド洋ではインド,スリランカ,インドネシアなどのEEZを通り,マラッカ海峡を通過後は南シナ海周辺諸国のEEZを通り,さらにフィリピンと台湾のEEZを経て日本に至る。公海を通る部分はわずかしかない。世界の海上交通路もかなりの部分が他国のEEZ内にある。
この海上交通路には各種の脅威が存在する。海賊事件が多発し,また,国際テロ組織による攻撃も生じてきた。さらに,潜水艦等の戦力を強化し,海上交通路への攻撃能力を高めている国もある。こうした脅威に対処するため,各国海軍は,他国EEZ内を含む海洋で,平素から監視を行い,また,潜水艦の探知を容易にするために海水温度や水中音響等のデータを収集してきた。さらに,主要な海軍は海上安全保障活動(Maritime Security Operations)に従事している。これは,自由で開かれた海上通商を支え,また,海上テロリズムや海賊に対処するなどのために行われる。
また,アメリカは,FONプログラム(Freedom of Navigation Program)を実行してきた。これは,海洋法が認める範囲を逸脱した違法な主張(EEZにおける外国海軍の活動規制を含む)に対し,抗議を行うとともに,海軍部隊を問題海域に送り,航行の自由等を守る意思をその行動で示すものである。海上自衛隊も,2001年から2010年まではインド洋でテロとの戦いに従事する諸国海軍を支援し,2009年からはソマリア沖で海賊対処活動に従事して,多数の船舶を直接または間接に守ってきた。各国海軍が他国EEZにおいても行うこのような活動によって,海上交通路の安全が維持されている。
中国が自国EEZから外国海軍の活動を排除しようとすることは,EEZにおける海洋利用の自由を毀損し,海上交通路の安全確保を困難にし,わが国の安全保障と国益を損ね,また世界の貿易を脅かす。この違法な行動を放置すれば,それがさらに拡大し,また中国に同調する国も現れて,EEZが沿岸国の支配する水域へと変質していく可能性も否定し得ない。
わが国は,海洋国としての責務を果たしていく必要がある。海洋利用の自由を守り,また,海上交通路の安全を確保するため,海上自衛隊は,インド洋における活動を必要に応じて継続するとともに,南シナ海などのEEZにおいても適切な寄与をしていくべきであろう。この日本の活動は,アメリカや他の海洋国と連携し,またアセアン諸国等とも協調して実施することが望ましい。2011年7月に海上自衛隊は南シナ海ブルネイ沖でアメリカ海軍およびオーストラリア海軍と共同訓練を実施した。これを新たな寄与への第一歩として,海洋国としての姿勢をより明確にしていくべきである。

2.日中間の東シナ海問題

(1)EEZ・大陸棚境界未確定とガス田開発
 日本と中国との間にある東シナ海は,最も広い所でも幅約350海里であり,両国の基線から200海里の線を引くとEEZ・大陸棚の重複がかなり生じる。しかし,日中間には合意した境界線はない。日本は,1996年の「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」で中間線までをEEZ・大陸棚の権利を行使する範囲としており,また,中間線を軸に境界を画定していくことが衡平な解決になると判断している。これに対し中国は,領土からの自然延長をたどって南西諸島の直近に位置する沖縄トラフまでを自国の大陸棚と主張し,中間線を境界とは認めていない。また,東シナ海には尖閣諸島問題もある。いずれも中国の主張は日本の立場と大きく異なっており,二カ国間交渉でこれを調整し境界を画定することは,まず不可能と言えよう。

 中国は,2003年頃,この東シナ海で天然ガス開発を始めた。その掘削施設は中間線よりわずかに中国側にあるが,ガス田は中間線を越え日本側にも広がるので,わが国のガス資源も中国に採掘される。このため,わが国は2004年に開発中止を求めたが中国は応じなかった。 2005年に中国は中間線と沖縄トラフとの間における共同開発を提案した。わが国は応じず,その後交渉を重ねた結果,2008年になって,東シナ海中央部に小さな共同開発区域を設けること,具体的な事項は今後協議し合意を締結すること,中国が実施中の白樺ガス田開発に日本が参加することなどが合意された。しかし,具体化への進展がないまま,中国は一方的開発を継続している。
 2010年には,中国国家海洋局の政府船舶が中間線より日本側の水域で行動し,「この海域は中国の規則が適用される」と主張して,海上保安庁の測量船が行っていた適法な測量活動を中止させた。中国政府船舶はその後も日本側水域で行動し同様の主張を行っている。
 このような状況の下で共同開発を行うことは国益に適うのであろうか。慎重な検討が必要である。共同開発の詳細を定めることになる二国間条約は,公平性が確実に確保されるものでなければならない。1974年に署名された日韓大陸棚南部共同開発協定は極めて不公平な約束をした例であった。同協定は,大陸棚の境界を画定しないで共同開発を行うことにしたものであるが,その共同開発区域は,日韓の中間線より日本側に大きく広がっており,著しく国益を損ねたものとなっている。このような不平等条約を締結してはならない。
 また,不平等ではないと思われる条約を締結したとしても,後に公平性を維持できなくなった実例もある。1855年の日魯通好条約は日本とロシアの国境線を画定できなかった樺太島を「界を分かたす是まて仕來の通たるへし」とし,また1867年の樺太島仮規則は「両国の所領たる上は魯西亜人日本人とも全島往来勝手たるへし」として,日露両国民混住の地とした。しかし,軍事力等の勝るロシアは,国際約束を無視して樺太の支配を拡大した。その結果,日本は1875年の樺太千島交換条約によって1/14 の面積の千島と引換えに樺太全島を放棄せざるを得なくなった。この例は,相手国と同等の国力を有さず,また相手国が国際約束に不誠実である場合には,甚だしい不平等を招き,国益が失われることを教えている。
 東シナ海の境界を画定しないで行う中国と共同開発は,国益に適うとは言い難く,実施すべきではないと考える。

(2)根本的解決への努力
 東シナ海問題について譲歩をし,あるいは有効な手を打たないで放置すると,わが国の海洋権益が侵食され,中国による沖縄トラフまでの支配が既成事実化していく。これを防止することが緊要である。その方策として,わが国も中間線より日本側の水域で海底資源開発に着手する必要があり,また,中国政府船舶による違法な活動に対しては中止要求と抗議にとどめるのではなく国際法上の対抗措置をとることも必要であろう。また,中国の高圧的海洋進出を支える中国海軍の著しい増強に対応するため,わが国は海上防衛力の一層の充実を図る必要がある。
 これらの方策と同時に,根本的解決策として,国際法に基づく国際裁判による境界画定を追求すべきであろう。海洋法条約は,向かい合うEEZ・大陸棚の境界画定は「国際法に基づいて合意により行う」と定め(74条1,83条1),また「合理的な期間内に合意に達することができない場合」には国際裁判による解決を指示している(286条,287条1)。国際裁判では国際法に基づき境界を画定する。それは,まず向かい合う国の基線間に暫定的な等距離線(中間線)を引き,次に,その中間線を修正する理由となる関連事情あるいは特別事情の有無を精査し,関連事情または特別事情があれば中間線を修正して境界を画定するものである。
 国際司法裁判所の「リビア・マルタ大陸棚事件」判決(1985年)では,中間線を境界線と主張するマルタに対し,リビアは領土の自然延長をたどってマルタの直近にある海底トラフまでを自国の大陸棚と主張した。しかし,裁判所は,境界画定に海底地形は無関係としてリビアの主張を退けた。ただし,向かい合う海岸線の著しい長さの違い( 8:1 )を関連事情として中間線を修正した。「グリーンランドとヤンマイエン間の海域境界画定事件」判決(1993年)では,海岸線の著しい長さの違い(9:1)と漁業資源への衡平なアクセスを特別事情として中間線を修正した。各当事国は,人口の違い,愛着,安全保障上の利益なども主張したが,裁判所はこれを認めなかった。「カタールとバーレーン間の海域境界画定と領域問題事件」判決(2001年)は,中間線を境界とした。仲裁裁判であった「エリトリア・イエメン境界画定事件」判決(1999年)では,基本的に境界は中間線とし,また,エリトリアとイエメンの海岸線の長さの比は1.31対1であって,中間線で不釣り合いは生じないとした。仲裁裁判の「バルバドス対トリニダード・トバゴ事件」判決(2006年)は,ほとんどの境界線を中間線とし,一部でのみ,向かい合う海岸の不均衡を関連事情として中間線をわずかに変更した。
 日中間のEEZ・大陸棚境界を,国際法に基づき国際裁判によって画定すると,どのようになるのか。海底地形は中間線を修正する関連事情とならないので,領土の自然延長をたどって沖縄トラフまでが中国のものという主張は認められない。また,向かい合う海岸線の長さに著しい違いはない。このため中間線が画定線となる可能性がある。ただし,天然ガス・石油資源の分布位置によっては,資源への衡平なアクセスを確保する画定線となる可能性もある。いずれにしても,わが国の海洋権益に不利益は生じない。
 日中間の境界画定交渉は1998年に開始され,それから13年を経過した。海洋法条約が定める「合理的な期間内に合意に達することができない場合」という条件は既に充たされており,わが国は国際裁判所に一方的に付託することができる。しかしながら中国は既に対策をとっていた。海洋法条約には,境界画定などの紛争について国際裁判を受け入れない旨を宣言することができるとの規定(298条1)があり,中国はこれを利用して2006年にその旨の宣言を国連事務総長に寄託した。これに拠り中国が裁判を回避した場合の方策として,わが国は,海洋法条約に基づく義務的調停に付すことを一方的に要請し(298条1(a)(i)),また,その調停に基づく両国の合意が得られない場合には裁判に同意提訴する義務(298条1(a)(ii))を利用することになる。ただし海洋法条約には,島の領有権紛争が絡む海洋境界問題については調停に付さないとする旨の規定もあるので(298条1(a)(i)),中国は尖閣諸島問題を持ち出して義務的調停も回避しようとする可能性がある。その場合には,海洋法条約に定める手続ではなく,わが国は国際司法裁判所の応訴管轄を利用することができる。
 国際司法裁判所では,付託合意が無い場合であっても,一当事国が一方的に提訴をし,相手国が明示的または黙示的に同意したと推定できる場合には裁判管轄権が認められる。この応訴管轄権は1946年のコルフ海峡事件判決によって確認された。わが国がこの制度を用いる場合には,中国が応訴を選択しなければならなくなるような提訴とする工夫が必要となる。
 わが国は,東シナ海問題の根本的解決を図るため,国際裁判による境界画定に向けた戦略を策定し推進していく必要がある。これによって境界画定が達成されると,わが国の海洋権益は保全され,また,東シナ海の安定化にも繋がる。

3.尖閣諸島における主権侵害問題

(1)尖閣諸島で生じている問題
 尖閣諸島は,1895年に,国際法上の「先占」によって取得したわが国の領土である。しかし,中国は1971年に自国領であるとの主張を始めた。1996年以降は,中国の民間船と民間人による尖閣諸島上陸の試みが断続的に生じてきた。しかし2008年に,中国は国家としての行動へとエスカレートさせた。同年12月,中国国家海洋局の調査船2隻が尖閣諸島領海内で停泊・徘徊をするなど国際法に反する行動を続け,これを中国国家海洋局長は「実際の行動で中国の立場を示した」と述べたのである。2010年9月には尖閣諸島領海内で中国漁船が海上保安庁巡視船に故意に衝突する事件を起こした。その後,中国の政府船舶は尖閣諸島領海の直近で度々行動していたが,2011年8月に2隻の政府船舶が領海に侵入して尖閣諸島の領有権主張を行った。このような政府船舶に対し,これまでのような退去要求と抗議にとどめると,今後も侵入が繰り返され,次には軍艦による領海侵入へとエスカレートしていく可能性がある。さらに,偽装漁船団,特殊部隊等を用いた尖閣諸島の占拠という状況も想定する必要があろう。
 わが国は,尖閣諸島の主権を保全していくため,軍艦または政府船舶の領海不法侵入を排除する方策と,尖閣諸島占拠を未然に防ぐ方策が必要となる。

(2)軍艦・政府船舶による主権侵害を排除する措置
 領海に侵入した軍艦・政府船舶に対しいかなる措置をとり得るのか,国際法に基づき確認する。全ての船舶は,沿岸国の平和,秩序または安全を害さないで領海を通航する権利(無害通航権)を有する(海洋法条約17,18,19条1)。このため,軍艦・政府船舶が領海を無害通航し,また通航に係る沿岸国の法令(海洋汚染禁止など)(21条1)を遵守する場合には,沿岸国はその通航を容認する。また,軍艦・政府船舶は,国際法上,免除の特権を有するので,沿岸国の法令に違反した場合であっても,沿岸国はこれに警察権を行使し得ず,軍艦・政府船舶の拿捕や艦長等の逮捕は実施しない。その場合,海上の現場では,軍艦・政府船舶に通航に係る法令の遵守を要請し,これが無視された場合には領海からの退去を要求する(30条)。また,外交経路で,軍艦の旗国に抗議をし,陳謝や損害賠償等を請求する。
 軍艦が潜水艦である場合に領海通航が認められるのは,海面上を航行し,その旗を掲げ(20条),かつ無害通航をするときのみである。なお,沿岸国は,自国の安全の保護のため不可欠である場合には,その領海における外国船舶の無害通航を停止することができる(25条3)。
 尖閣諸島に関し問題となるのは,通航に係る国内法令違反への対処ではなく,わが国の平和,秩序または安全を害する活動への対処である。この無害通航ではない活動には,領海内で行う武力による威嚇,沿岸国の防衛や安全を害する情報収集,沿岸国の防衛や安全に影響を与える宣伝行為 ,人や物品の積み下ろし,通航に直接の関係を有しないその他の活動などがある(19条2)。
 外国の軍艦・政府船舶が領海内で無害通航ではない活動を行い,または無害通航停止中の領海に侵入し,あるいは外国潜水艦が領海内で潜航することは,国際違法行為であり,また,主権侵害を構成する。このような場合,沿岸国はどのような対処ができるのか。海洋法条約は規定していない。これは,他の国際法,諸国家の法意識,国家実行等に基づき判断することになる。
 外国軍艦・政府船舶が国際法に反して領海に侵入している状況は,外国軍用機が領空を侵犯している場合や,外国の戦車が国境を越えて領土に侵入した場合と類似する。こうした場合には,主権侵害の重大性に比例した侵害排除の措置をとり,侵害を受けていない元の状態への回復を図ることは,国際法上の主権の意義(外国の権力に従属しない権利)に照らし許容されると考えられる。
 米海軍の国際法マニュアル「海上作戦法規指揮官ハンドブック(2007年)」は,相手が外国軍艦の場合を含め,「沿岸国は,その領海において,無害でない通航を防止するため,必要な場合には武力の行使を含め,断固とした措置をとることができる」と記述している。またスウェーデンの「平時及び中立時等におけるスウェーデン領域の侵犯の際のスウェーデン国防軍の措置に関する法令(1984年)」は,スウェーデンの領海で潜没航行する外国潜水艦は必要な場合には武力によって領海から退去させると規定している。この法令に異論を提起する国はみられず,また実際に,スウェーデン,アルゼンチン,ソ連およびノルウェーの海軍は,領海に侵入した外国潜水艦に対し爆雷を使用した。
 国際的に許容され得る措置は,次のようになろう。領海に侵入し無害通航ではない活動を行う軍艦・政府船舶には先ず退去を要求する。これに応じず武力威嚇等の無害通航ではない活動を継続する場合には,当該活動を止めさせ,また領海からの退去を強制するために必要な警告射撃等の手段をとる。領海に潜航して侵入した潜水艦に対しては,水中通信や発音信号弾を用いて浮上を要求する。これに応じず領海内で違法な潜没航行を継続する場合には,潜水艦の近くに警告のための爆雷や対潜爆弾を投下するなど浮上または退去を強制する手段をとる。無害通航停止中の領海に軍艦・政府船舶が侵入した場合には,直ちに退去を要求し,従わない場合には退去を強制する手段をとる。
 退去強制に従わない場合はいかにすべきか。外国軍用機が領空を侵犯し退去強制に従わないなどの場合には,これを撃墜することが国際社会で行われ,また容認されてきた。同様に,外国軍艦・政府船舶に対しても,主権侵害を排除する最終手段として,侵害の大きさに比例した武力を用いることは国際社会に容認されると言えよう。また,領海に侵入した外国軍艦が敵対行為を行う場合,あるいは敵対意図を明示する場合には,国際法上の自衛権を根拠として当該軍艦に対する武力行使が適法となる。
 領海内で無害通航ではない活動を行う船舶が商船である場合には,わが国は警察権を行使する根拠国内法を有している。しかし,相手が軍艦・政府船舶である場合,わが国の巡視船が実施するのは,無害通航ではない活動の中止要求と領海からの退去要求までにとどまる。海上保安庁が十分対処できない場合には,海上警備行動が発令されて海上自衛隊が対処することになるが,この場合でも,退去強制等を実施するための根拠国内法はない。相手が潜航中の潜水艦である場合には,1996年の閣議決定に基づき海上警備行動が速やかに発令され,初めから海上自衛隊が対処することになるが,同様に退去強制等を実施する根拠国内法はない。
 わが国は,外国の軍艦・政府船舶による主権侵害を排除するための法整備が緊要であり,それは,国際法に基づき,また外国の法令,国家実行等を参考として,進めていく必要がある。

(3)尖閣諸島の占拠を防止する措置
 中国は尖閣諸島海域での違法な活動を拡大させてきた。それは,尖閣諸島占拠への過程とも考えられる。わが国は,尖閣諸島をしっかりと保全していく必要がある。
 尖閣諸島の保全について,南シナ海の状況が参考となる。中国は,1950年に南シナ海の諸島について領有主張を始めた。同年,パラセル諸島(西沙群島)の一部占拠を開始したが,それは台湾軍が撤退した直後であった。また,パラセル諸島の完全占拠は1974年であったが,ベトナム戦争の末期で,米軍が南ベトナムから撤退し,その支援を失った南ベトナム軍が弱体化した後であった。中国によるスプラトリー諸島(南沙群島)の占拠開始は領有主張から38年後の1988年(中国政府船舶による現地調査等は1987年から)であったが,それは,ベトナム本土から離れた島嶼におけるベトナム軍の防衛力が乏しく,またベトナムと友好関係にあったソビエト連邦がアフガニスタンからの撤退を表明するなど介入してくる可能性がなくなったときであった。
 プラタス諸島(東沙群島)については,中国本土から最も近い位置にあるにも関わらず,領有主張から62年を経ても占拠がなされていない。同諸島に台湾軍と台湾海巡署要員が駐留してきたことが影響していると言えよう。また,スプラトリー諸島中最大で飛行場もあるイツアバ島にも台湾軍が常駐しているため,中国はこれに手を出していない。
 中国がこれまで占拠したのは,無人の島嶼か,相手が抵抗する能力を事実上有しない場合であり,また,大国の介入が予想されないときであった。これは,明確な防衛の意思をもって適切な規模の部隊を島嶼に配備し,また同盟国の支援が得られる場合には,中国に対し抑止力が働くことを示している。わが国は,尖閣諸島に対する中国の行動を未然に防止するために,尖閣諸島に自衛隊を配備し,また,アメリカとの同盟関係を堅持していく必要がある。
 自衛隊の配備は,尖閣諸島が万一侵攻を受ける場合が生じたとしても,国際社会の支援を得る効果がある。自衛隊が駐留している尖閣諸島に中国軍が上陸を試みる場合には,世界は,日本の領土に中国が侵攻したととらえ,中国は侵略国で日本は自衛権行使国と判断するであろう。フォークランド紛争の例がこれを裏付ける。日本は,外交上も有利となり,他国の支援を得られることになろう。他方,無人島である尖閣諸島に突如中国軍が上陸して占拠をし,これを維持したとする。日本は外交的に抗議を繰り返しても,世界は,どちらが正しいのか判断し難い係争地と見て,日本に対する支援を躊躇するであろう。また,第三国は占拠の既成事実を作り上げた国に有利な推定をするであろう。
 尖閣諸島に自衛隊を配備すれば中国を刺激するとして反対する見解もあろう。自衛隊を配備すれば,中国は激しい言葉で日本を非難し,また経済分野等で問題を引き起こす可能性もある。しかし,尖閣諸島に自衛隊を配備しないことは,中国にとっては行動を起こし易い最も望ましい状況である。中国は,尖閣諸島を一旦占拠した場合には,是が非でも確保しようとするであろう。外交により撤退させることは不可能である。占拠された尖閣諸島を奪還するためには,日本人の血を相当流すことになり,また日本の経済と国民生活も甚大な被害を覚悟する必要がある。そうした最悪の事態と,事前の自衛隊配備により生じる一時的な問題とを比較すると,いずれが適切であるかは自明である。
 主権は,外国の権力に従属しない権利である。外国によって侵される可能性のある固有の領土に自衛隊を配備することは,主権国家として当然の措置であり,また,政府の責務であると言えよう。

4.海洋安全保障全般に必要な自衛の権限

(1)平時における攻撃の脅威
 海洋には平時から各種の攻撃の脅威が存在する。2002年10月にはインド洋西部のアデン湾でフランスのタンカー「ランブール」がテロ攻撃を受け,2010年7月には商船三井のタンカー「M・STAR」がホルムズ海峡を航行中にアルカーイダ系組織から攻撃された。海上のテロ攻撃は今後も生起する可能性がある。また,他国EEZにある海上交通路の安全確保の任にあたる海上自衛隊の艦船が外国海軍を排除しようとする沿岸国から挑戦を受ける可能性もある。また,南シナ海などにおいて,船舶が他国間の紛争の巻き添えとなり被害を受ける場合もあろう。東シナ海では,わが国のEEZ・大陸棚の警備等にあたる巡視船や,天然ガス開発を実施する場合の掘削施設に対し敵対行為が生じる恐れもある。尖閣諸島領海に侵入した外国軍艦から巡視船等に対し敵対行為が生じることも考えられる。さらに,漁民に偽装した特殊部隊等が尖閣諸島に上陸を試みる可能性も否定し得ない。このような事態に適切な防衛の措置を実施しなければ,わが国の船舶や国民の生命等が失われ,また,主権が侵害される。

(2)自衛措置の必要性
 防衛の措置を行う国際法上の根拠は,国連憲章に規定された自衛権である。自衛権は,「武力攻撃が発生した場合(if an armed attack occurs)」(51条)に行使する。この「武力攻撃」とは,国家に対する大規模な,あるいは組織的・計画的なもののみを意味するのではなく,平時に生じる一過性の攻撃または小規模な攻撃も「武力攻撃」であり,それらも国連憲章第51条の自衛権行使の対象となる。また,自衛権行使の相手は外国の正規軍のみではない。国家の指示によりまたは国家のために行動し,正規軍のものと同様の攻撃を行う場合には,非正規兵や武装グループも自衛権行使の対象となり,また,テロ攻撃を行う国際テロ組織も自衛権行使の対象となる。
 自衛権は平時から武力攻撃に対し行使し得る権利である。米海軍の国際法マニュアル『海上作戦法規指揮官ハンドブック(2007年)』を見ると,「平時の海洋における国家安全保障上の利益保護」というタイトルの下に「自衛権」を置き,「国連憲章第51条は,全ての国家が個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを認めている」とし,「武力攻撃または差し迫った武力攻撃の脅威に対する自衛としての武力行使は・・・敵対行為(hostile act)または敵対意図の明示(demonstration of hostile intent) に対応するものであること」としている。また,「米海軍規則」(1990年)は平時における自衛権について,「海軍の要員は敵対行為または敵対意図に対する自衛の権利を有している。この権利は,自己,サブユニット,適当な場合には近傍に所在する合衆国市民とその財産および合衆国商業資産の防衛を含む」と規定している。アメリカは,国家の基本的権利である自衛権について,平時から軍部隊とその要員に行使権限を付与し,敵対行為と敵対意図の明示に対し武力を行使することを認めている。また,ROE(Rules of Engagement)を用いて,軍部隊とその要員が行う武力行使を政府の方針に一致させるとともに,状況に応じたコントロールをしている。
 しかし現在の日本で自衛権行使としての武力行使が可能となるのは,組織的・計画的な「我が国に対する」武力攻撃が発生する場合で,閣議を経て内閣総理大臣が防衛出動を発令する場合に限定されている(自衛隊法第76条,国会答弁など)。わが国では,平時に海上等で生じる一過性の攻撃やテロ攻撃などに対する自衛権の行使は認められていない。たとえば,海賊対処のためソマリア沖へと向かう海上自衛隊の艦船が,途中の南シナ海などで,付近を航行する日本タンカーにテロリストの高速ボートが自爆突入しようとするところに遭遇したとする。そのテロボートに対し自衛としての反撃を行わなければタンカーとその乗員が犠牲になることが明らかであっても,自衛隊の艦船に日本船舶を防衛する権限は与えられていない。艦長が独断で命令をし,武器を使用して当該タンカーを防衛すると,権限なく部隊を指揮したとして刑事罰の対象となる可能性もある(自衛隊法119条1八)。
 海上警備行動が発令された場合には海上自衛隊の艦船指揮官等に武器使用権が付与されるが,閣議,総理大臣の承認および防衛大臣の発令という手続きを経るので,突発的な攻撃には間に合わない。また,海上警備行動の武器使用は,警察官職務執行法第7条を準用して行うので,警察官が日本国内で拳銃を使用することが許される場合と同様の極めて厳しい制約の下にある。相手は,国際テロ組織,特殊部隊等であり,あるいは戦闘艦である。戦いに習熟した相手が高性能兵器で自在に攻撃を仕掛けてくる場合に,警察官のものと同様の武器使用ルールではその攻撃を撃退できず,日本船舶,国民の生命等を守り抜くことは極めて困難となる。
 このように,わが国では,平時に海上等で生じる攻撃に対して国際法上の自衛権を行使する態勢が欠落している。海洋安全保障全体の基盤として,平時から自衛隊に自衛の措置を実施する権限を付与する法整備が必要である。また,その法の下,実際に自衛隊の部隊が行う自衛としての措置は,適切に発令されるROEによって,その時の政府方針と一致させ,また状況に応じてコントロールされるものとする必要がある。

(2011年11月11日)

〈付言〉2007年に海洋基本法が制定され,内閣総理大臣を長とする総合海洋政策本部が設けられて日本の海洋政策が進められることとなった。しかしながら,海洋国としての「大切なこと」がなされているとは言い難い。既述のように,海洋安全保障に対する取り組みは不十分である。大陸棚資源の探査・開発も大きく遅れている。また,海洋に関する非常事態が生じた場合に,国家指揮権者に対し即座に適切な助言がなされ,国家としての迅速な判断と最適の措置がとられる態勢が見えてこない。海洋基本法に基づく基本計画と施策は,国益と安全保障を基軸とした見直しが必要と言えよう。