米国から見た日本の安全保障政策

防衛大学校教授 太田文雄


<梗概>

 近代以降の歴史において戦争の様相は大きく変化してきたが,21世紀の国際安全保障はグローバルには国境を越えた脅威への対応が最大となっており,米国もその変化に合わせた新たな軍事戦略を展開している。ところが,東アジア地域はいまだ国家主体の脅威が厳然と存在しており,日本はグローバルな観点に立って安全保障戦略を検討する必要がある。とくに日米同盟は日本人が考える以上に,米国にとって重要な価値を持っているので,日本は国益概念を明確化して海洋国家群との連携を図りながら,今日の国際安全保障環境にふさわしい防衛政策を立てる必要がある。

1.近代戦争の変遷とその特徴

 西欧で近代国民国家が誕生した後の戦争は,国家対国家が基本であった。その後,産業革命や科学・技術の進歩によって兵器,軍艦,戦車,戦闘機等の開発と高度化が進み,20世紀の戦争は,国家同士の戦争に加え,第一次世界大戦,第二次世界大戦,冷戦にみられるような同盟間の戦争へと様相が変化した。
 さらに2001年の9.11米国同時多発テロを大きな転機として,テロリストのような非国家主体が戦争の表舞台に現れるようになった。21世紀の戦いは,民族紛争,テロリストによる戦争など非国家主体,あるいは「ならずもの国家」と有志連合(コアリション)による戦いという構図を示すようになった。  例えば,アフガンでの対テロ戦は,「不朽の自由作戦」というコアリション対ターリバーンやアルカーイダといった非国家主体との戦いであった。イラクについては,2003年5月までは「イラクの自由作戦」というコアリション対イラクという「ならずもの国家」との戦いであり,その後はザルカウィのような対非国家主体との戦いになった。
 同盟が条約に基づいて長期にわたりつくられた固定的な枠組みであるのに対し,コアリションは特定の任務・目的のために一時的に形成された柔軟な枠組みだ。ゆえに同盟が条約に基づく参加の権利・義務関係の当事者になることを基本としているのに対して,コアリションは法的な権利・義務関係に制約されない自主的な参加であるため,そのつど参加国は変化する。そして同盟が国家間の共通の価値観に立脚した幅広い利益を共有しているのに対し,コアリションでは国家間で共通する利益の幅が狭くなる。
 もちろん,コアリションを進める上で同盟関係がコアになっていく。例えば,北朝鮮有事の場合,米・韓・日・豪などのコアリションによるオペレーションとなるだろうが,そこには日米,米韓,米豪同盟などがコアとなって信頼関係の基盤を形成するわけである。
 こうした変化は,戦争を決定づけるファクターの観点からも理解することができる。
 19世紀までの国家間の戦争では,勝敗を決定する最大のファクターは,マン・パワー(兵力)であったが,産業革命と科学・技術の発達による兵器の高度化が進んだ20世紀以降は,工業力であった。ところが,21世紀の戦いは,情報が作戦遂行において決定的に重要なファクターとなった。つまり,工業力によって生産された戦車・艦艇・戦闘機などの「プラットフォーム中心」の戦争から,情報革命による情報伝達という「ネットワーク中心」の戦いへと変化したのである。それにともなって,陸海空の各プラットフォームは,タイムリーに情報を共有化していくことが重要課題となり,その結果,軍の統合化(ジョイント)が図られるようになった。
 また戦争の目的も変遷した。19世紀までの戦争は領土拡大が主たる目的であったが,20世紀の戦争は制度や思想を中心に争われ,21世紀の戦争は人命や安全といった人間の生存上基本的な事項に力点が移ってきた。伝統的な国家間の戦争では軍が主役であったが,21世紀の戦争では軍の役割は縮小し,警察,消防,交通機関を管轄する機関,出入国を管理する機関など,省庁間の協力(インター・エイジェンシー)なしには目的を達成できなくなってきた。
 以上の考察から,21世紀の国際安全保障の特徴は,コアリション,ジョイント,インター・エイジェンシーというキー・ワードで表すことができると思う。

2.国境を越えた脅威と懸念国家

 現在,世界が直面する主要な脅威は,国際テロや大量破壊兵器の拡散などの「国境を越えた脅威」であるとの認識は世界の趨勢となっている。事実,欧米主要国の脅威認識は,従来の国家脅威が消滅し,新たな脅威として大量破壊兵器の拡散と国際テロを主に挙げている。例えば,米国の国家安全保障戦略(2002年)では,「ならずもの国家」,テロリストによる攻撃,大量破壊兵器の拡散を最大の脅威ととらえ,その認識をもとに軍の改革(トランスフォーメーション)を展開している。また英国の国防白書(2001年)にも,「国際テロリズムと大量破壊兵器の拡散がわれわれの平和と安全保障に対する直接の脅威」であると述べられている。
 なお,ここでいう「国境を越えた脅威」には,国際テロ,大量破壊兵器の拡散,海賊,非合法移民,麻薬密売,サイバー攻撃,新型インフルエンザ,SARS,HIV,環境破壊などが含まれる。ここで「非国家脅威」としなかったのは,国際テロは非国家主体によるものであるが,大量破壊兵器の拡散やサイバー攻撃などは必ずしも非国家主体が起こしているわけでもなく,むしろ国家が背景にあって起こしている場合も少なくないためである。
 世界のほとんどの地域は,国境を越えた脅威のみを考えればよくなっているが,わが国周辺の東アジア地域では依然として国家主体を心配しなければならない。すなわち,依然として弾道ミサイルや核兵器開発を続ける北朝鮮や,20年以上にわたって軍事費の二けたの伸びを続ける中国などの「懸念国家」が,厳然と存在しているのである(図)。
 逆に約10年前までの日本であれば,国家主体の脅威のみを考えて安全保障を考えれば事足りていたのであるが,いまや世界と同様に,日本も国境を越えた脅威に対しても留意していかなければならなくなった。
 一方,米国の関心事項は,グローバルに見れば中東・アフリカの問題が非常に大きいとはいえ,近年の中国の国防費増大と軍事的拡張,東シナ海や南シナ海ヘの自己主張といった急激な展開も,米国にとって大きな懸念事項となっている。中・長期的には中国の台頭が,短期的にはイラン・北朝鮮・リビアなど「ならずもの国家」への対応が懸念事項だ。
 いま日本をめぐる情勢は,脅威の程度が次第に高まっていると同時に,蓋然性も増加しているという現状にある。例えば,北朝鮮による核実験の実施や核兵器搭載の弾道ミサイルの開発があり,中国による潜水艦や弾道ミサイルの開発は質・量ともに増強の一途をたどっている。ロシア軍の動きも活発化している。また,国際テロの脅威,アデン湾の海賊,海上テロ,サイバー攻撃の蓋然性も高まっている。

3.日米同盟の戦略的価値

(1)同盟という戦略
 前述のように日本を含む世界はさまざまな脅威にさらされているが,それに対して日本はどのように対処してきたのか。限られた資源と戦後日本の歴史的制約条件を考えたときに,日本は同盟という選択肢を選び取ってきた。
 かつて国際政治学者ハンス・モーゲンソー(Hans J. Morgenthau,1904-80年)は,同盟の必要性について次のように述べた。
 「A国とB国とが競争関係にあるとき,国が力を相対的に維持・向上させるには,三つの選択肢がある。一つは自国の国力を増大させること,第二は他国の力を自国に加えること,第三は敵対国の国力を削ぐことであり,第二,第三の選択肢を取る際に同盟が必要である」。
 いずれにせよ,これまでの同盟形成論では「脅威の存在によって同盟が必要になる」としてきたが,その論によれば,冷戦終結後,ソ連が崩壊した時点で西側の同盟も消滅し,各国は米国との同盟を破棄して独自路線を歩んでしかるべきであった。しかし,アジア・太平洋地域における日米,米韓,米豪などの同盟がソ連崩壊後も存在している理由について,その理論では説明できない。その理由に関して私は,次のように考えている。
 第一に,冷戦構造が依然として残っている東アジアを安定化するため,第二に弾道ミサイル防衛などで相互依存が離反不可能なほど進化したこと,第三に世界のグローバル化によって国際テロ組織のような非国家主体が脅威となってくるために同盟はグローバルな文脈で役割が拡大している,などである。

(2)日英同盟の教訓
 かつて日本が結んだ日英同盟(1902年発効,23年失効)は,ロシアの南下政策をともに阻止し,日露戦争を勝利に導いた同盟として高く評価されている。日英同盟を結んだ英国の事情は,南アフリカのボーア戦争で出血多量となり,極東においてロシアの南下を阻止できるだけの兵力が不足していたことであった。
 その日英同盟がワシントン会議(1921-22年)によって破棄されてしまったのは,主に三つの理由がある。第一は,日露戦争後の1907年に英国が日英共通の脅威としていたロシアと英露協商を結んでしまい,日英同盟の意義が失われたこと。第二に,米国が,太平洋において日本との戦争になった時に,日英同盟のために英国も敵に回すことになることから英国に圧力をかけて日英同盟の破棄を迫り,英国もまた第一次世界大戦で助けてもらった米国の意向を無視できなかったこと。第三に,日本は第一次世界大戦で英国からの兵力派遣要請に積極的でなく,日露戦争で英国に助けてもらった恩返しが不十分であった。日本は英国の陸軍兵力の派遣を断り,代わりに海軍による地中海艦隊を派遣して辛うじて同盟国としての面目を保ったが,第一次世界大戦後急速に世界の強国に躍り出た米国の要求と比較すれば,英国としては日英同盟破棄も止むを得ない選択であったと思われる。
  一方,日独伊三国同盟は,相互の信頼関係が確立していたとは思えない。1937年に日独伊三国防共協定を結ぶがその後2年後に,ドイツは三国が仮想敵としていたソ連と不可侵条約を結んだ。これを知って,当時ソ連とノモンハンで戦っていた日本の平沼内閣は「複雑怪奇」という言葉を残して総辞職。ドイツ側から,仮想敵国としていたソ連と不可侵条約を結ぶことに関して何の相談もなかったのであろう。41年に日本は日ソ中立条約を結ぶが,その2カ月後ドイツはソ連に侵攻し,日本を驚かせた。逆に日本も真珠湾攻撃をしてドイツを驚かせた。
これらの経験からの教訓は何か。
 同盟は不十分な貢献によって破棄され得る冷徹な「生き物」であること,また英国が日本の義和団事件の働きに感銘を受けて同盟に踏み切ったように,相互の信頼関係が同盟の締結・維持に不可欠であることである。こうした歴史的な教訓は,今日の日米同盟においても全く同じである。

(3)米国から見た日米同盟の価値
 日米同盟には,日本が集団的自衛権の行使ができないために米国が攻撃を受けた時に日本が米国を助けることができないという「片務性」の指摘とともに,「安保ただ乗り論」などの批判がある。しかし,日本が享受するメリットが一方的かと言えば,実は米国側にとっても大きなメリットがある。それは,戦略的な位置における基地の提供と,それを支援するホスト・ネーション・サポートである。
 「日米同盟は日米のどちらが与えるものが大きいか?」と,日米両国の安全保障関係者に問うてみると,日本側は「米国が与えてくれる方が大きい」と答えるの対して,米国側は「五分五分」とするのが多い。
 日本が米国から受けている恩恵は,戦略的核抑止力,攻撃兵器(専守防衛を旨とする日本が保有しない空母,長距離爆撃機など),アフリカ・中東まで伸びる海上交通路の防衛,インテリジェンス(グローバルな偵察衛星・信号情報),軍事技術(イージス艦,F-15,哨戒機P-3C等)などだ。
 それに対して日本が提供していることの最大は基地だ。日本に基地があることはワシントンから見ると非常に大きな価値があるが,多くの日本人は在日米軍基地の重要さについて気づいていないように思われる。とくに弾道ミサイル防衛に関しては,発射源に近い所で迎撃すればするほど防護エリアは広くなる。
 米国は,全世界の米軍基地の見直しを行なっているが,海外の基地について大きく次の5つにカテゴライズしている。最も重要な「主要作戦基地」(Main Operating Base; MOB),以下重要度にしたがって「前方作戦基地」(Forward Operating Base; FOB),「協同安全保障施設」(Cooperative Security Location; CSL),「統合保管施設」(Joint Proposition Site; JPS),「途上インフラストラクチャー」(En Route Infrastructure; ERI)となっており,日本の基地はほとんどがMOBとなっている。
 北朝鮮だけに対応するように米韓同盟に規定されている在韓米軍や,旧ワルシャワ条約機構軍だけに対応してきた在独米軍は,米軍の全地球的規模の防衛体制見直し(Global Posture Review)によって削減対象になるが,在日米軍は機動的な海軍・海兵隊・空軍が主体であり,世界のさまざまな地域に柔軟に展開してきているので,今後もその重要性は変わらない。
 さらに米国は,経済成長著しいアジアに関与していこうと,西太平洋に兵力を配備しようとしており,2001年の「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)では,「西太平洋で空母機動部隊プレゼンス増強,3〜4隻の水上戦闘艦,複数の巡航ミサイル搭載潜水艦の母港化や,空軍の西太平洋・アラビア海での後方インフラ確保」を提唱し,2006年のQDRでは,米潜水艦の60%を太平洋に配備するとした。2007年3月に米国は2010年に空母1隻の母港を大西洋側から太平洋のサンディアゴに移すと発表。このような兵力の基地を西太平洋で安定的に提供しているのは日本以外にない。
 次に沖縄の地政学的,軍事的な価値について見てみたい。
 沖縄は,朝鮮半島,台湾海峡,南沙・西沙群島という三つの潜在的な紛争地域の中央に位置し,加えて9.11テロ以降は,フィリピンのアブ・サヤフ・グループやインドネシアのジャマ・イスラミーヤといったアルカーイダと関連を持つテロ・グループに迅速に対応できる唯一の基地として,重要性が増している。とくに米国がフィリピンのクラーク空軍基地およびスービック海軍基地を手放した1990年代初頭以降は,東南アジアの危機に即応できる唯一の基地となっている。
 一昨年の政権交代で話題になった沖縄海兵隊の海外移転の話があるが,海兵隊は海上を移動して紛争地域に展開する性格上,兵力を運搬する揚陸艦隊や航空機の基地が近郊に存在することが必要であり,沖縄の場合それは艦艇基地としての佐世保と回転翼航空機基地としての普天間になる。佐世保の揚陸艦艇は沖縄のホワイト・ビーチ海軍基地まで行って海兵隊を乗艦させる。そして海兵隊が戦闘する際に近接航空支援を行なう戦闘機が必要となるが,その戦闘機の基地は岩国となる。さらに海兵隊を搭載する揚陸艦艇は打撃力を保有していないので,それを提供する空母機動部隊が必要となるが,それは横須賀を事実上の母港とする。そして空母の搭載する艦載航空機は,空母が停泊している間,整備や訓練に従事する場所が必要となるが,それは厚木の役割だ。米国以外で唯一米空母を事実上の母港とするのは日本の横須賀以外になく,それは横須賀海軍基地艦艇修理施設に働く日本人従業員の高い修理・技術能力とインフラがあるためなのである。
 これらがパッケージとなって初めて海軍・海兵隊戦力が機能するのである。それゆえ沖縄の海兵隊だけを海外に移転しても,全体として考えると機能的ではない。このように日本の米軍基地は,米国にとっても東アジアから中東に至る不安定の弧に兵力を展開するために不可欠な存在なのである。

(4)今後の展望
 こうした日米相互の便益を考慮してみると,ある意味で採算が取れているように思う。ところが現在の状況は,沖縄の普天間基地問題に見られるように基地縮小の動きがあり,それによって米国が日本に対して行なっているコミットメントが減ることも覚悟せざるを得ない。ホスト・ネーション・サポートも日本の財政事情のためにカットされる情勢にある。そうした中で米国の保護をしっかりと得ようとするのは虫が良すぎるのではないか。それを穴埋めするためには,集団的自衛権を行使できるようにすることなどが必要だろう。
 これまで日本の防衛のみ,あるいは周辺事態のみに適用してきた日米同盟は,よりグローバルな役割へと変化すべき時に来ているように思う。それは,既に述べたように,国際安全保障環境が,一国あるいは地域だけでは解決できない国境を越えた脅威の程度が高まっているためである。もちろん,どこまで米国と行動を共にすべきかは,日本の利益に照らし合わせて,ケース・バイ・ケースで検討すべきであろう。
 いずれにしても,将来の日米同盟を強固にできるか否かは,ほとんど日本次第という点はよく理解しておく必要がある。

3.日本の防衛戦略

(1)国益について
 戦略を立てるに当たっては,国益概念を明確にしなければならないが,これまで日本では「外交青書」や「防衛白書」など政府刊行物において国益に関する記述は皆無であった。例えば,北朝鮮問題を考える場合に,北の核開発阻止を優先させるのか,拉致問題を優先させるのか,明確になっていない。一方,米国の安全保障政策では,国益について階層化され,かつ優先順位が明示されているので,それを参考にしてみたい。
 1998/99年の国家安全保障戦略では,国益を「死活的」「重要」「人道主義上及び他の国益」の3段階に分け,侵される国益が「死活的」に近づくにしたがって軍事力行使の度合いが高まっていくという暗黙のコンセプトがあった。
 また「米国の国益に関する委員会」が出した1996/2000年の報告書では,米国の国益について「死活的」(Vital)「極めて重要」(Extremely Important)「重要」(Just Important)「二次的」(Less Important/ Secondary)の優先順位を設けた。
 さらに99年のNSSでは,死活的国益を,「国家の生存,安全,活力にとって極めて重要な国益」と定義し,具体的には@米国及び同盟国の領土保全,A米国民の安全,B米国の経済的繁栄,C重要インフラ(エネルギー,通信,輸送,銀行等)の防護とした。また重要な国益とは「国家の生存には影響しないが,国家及び世界の幸福に影響を与える国益」とし,具体的には,@地域紛争の終結と平和の回復,A大規模な難民流出阻止,B大規模な環境破壊からの回復とされ,人道主義上及び他の国益は,@災害への対応,A民主化への支援,B人権侵害の阻止,C環境保護,となっていた。それからすれば,今回の東日本大震災という「災害への対応」に約2万の兵力を投入した米国の決断は,大変なことだと言える。

(2)沖縄米軍基地の課題
 今から20年ほど前の1990年代初頭に,フィリピンはクラーク空軍基地とスービック海軍基地の撤退を米国に求め,米国はそれに応じたことがあった。その後,どのような結果が現出したか?
 1992年に中国は,領海法を発布し南沙・西沙群島をはじめ尖閣諸島を含む海域を自国の領海だと主張し始めた。そして90年代半ばころからフィリピンが領有権を主張する南沙群島のミスチーフ礁にも「緊急時の漁民の避難施設を建設する」という口実で建築物を作り始めた。
 ここで注目すべきは,中国が海上民兵を使用することである。海上民兵は地方ごとに漁民をもって構成され,海軍が実施する演習に定期的に参加していることから,海上作戦上の一定の機能・役割が与えられており,実に厄介な存在だ。
 その後,フィリピンは自国だけで中国に対応できないことから,1999年1月に同国防大臣が米国に頼んで米軍の訪問合意,ならびに軍事後方支援合意を確立して,米軍の支援を得るようになった。しかし,一旦中国に取られたミスチーフ礁は戻ってくることはない。
 このように中国の海洋進出の過程をたどってみると,海洋において大国の力の空白に乗じて自己のプレゼンスを拡張してきたことがわかる。前述の事例のほかに,1973年に米国がベトナム戦争から撤退し始めると,中国は74年に西沙群島に進出。そしてソ連海軍艦艇の活動がベトナム・カムラン湾から減少し始めた84年の数年後,87〜88年には南沙群島の西側にも進出した。
 同様に,一度沖縄から米軍を追い出してしまえば,その力の空白に乗じて尖閣諸島をはじめ東シナ海への中国の進出を許すようになり,フィリピンの二の舞を踏まないとは決して言えないのである。
 もちろん日米同盟というギヴ・アンド・テイクの関係において,ギヴを行なうのは地方自治体であり,テイクするのは国家全体という歪性があるのも現実である。戦後から比べると,沖縄の基地もその数や土地面積の面で減ってきていることも事実であるが,返還された土地が有効活用されているかとなると,必ずしもそうとはいえない。しかし,沖縄には戦略的な価値がある以上,東アジア情勢の現状が変化しない限りにおいて,日本政府は沖縄に対する経済支援などの配慮を行いながら,基地の存続を当面続けることは必要であろう。

(3)海洋国家群との連携
 地政学や歴史的な視点から考えるときに,島国や半島国家は,同じ海洋国家,とくに海軍強国と友好関係を結んでおくべきである。
 かつて日本は日露戦争で英国という当時最大の海洋・海軍国と同盟を結んでいたために,軍需品その他を海外に仰いで辛うじて勝利することができた。しかし第二次世界大戦では,海洋・海軍国である英米を敵として戦ったため,物量的に敗北した。
 さらに歴史をさかのぼってみると日本には,海洋を通した交易によって繁栄を享受していた時代と,大陸に進出して行った時代がある。前者は,「任那日本府」から撤退し遣唐使盛んな時代,明との勘合貿易を享受していた室町時代,朱印船貿易華やかな戦国時代末期から徳川初期,日英同盟によって海洋権益を謳歌していた日露戦争から第一次世界大戦直後まで,そして第二次世界大戦後から今日までなどである。一方,後者は,白村江の戦い前後,秀吉の朝鮮出兵,ロシア革命後の長期にわたるシベリア出兵,そして満州事変・支那事変を経て大陸国ドイツとの同盟により第二次世界大戦に至る時代である。両者を比較してみると,明らかに前者の方が日本にとって幸せな時代であった。
 地政学的観点に加え,同盟には信頼関係が不可欠であること,自由と民主主義という共通の価値観をもっているか否か,などの観点から考えると,現在のような政治体制の中国やロシアといった大陸国家と日本の同盟という選択肢はないと考えられる。日本が核兵器を保有しないという政策を維持する限り,同盟国に核の傘を提供してもらわなければならないが,中国やロシアの核の傘に信頼できる日本人はどれほどいるだろうか。
 また世界に進出した日本企業・邦人に対して,危機を事前に察知して,いざというときに救出できるような情報力や緊急対応力を,こうした大陸国に委ねることが可能であろうか。経済・貿易などの視点も重要であるが,友好関係を強化すべき国のプライオリティを誤ってはいけいない。
 以上から,米国は同盟国であるので日本の最優先関係国であるが,その次に準同盟国として重要なのはオーストラリアだと思う。民主国家,海洋国家であり,価値観を共有しており,海上交通の安全保障に関しても同じ国益を共有する。次には,インド洋の海上交通の関係からインドである。対中関係からも,核保有国が日本と連携を持つことは,抑止効果がある。その他に韓国,インドネシア,ベトナム,シンガポールなどが考えられる。

(4)島国日本と半島国家韓国
 ここで島国と半島国家の関係について歴史的な事実を確認しておきたい。
 まず1386年のウィンザー条約以来今日まで600年以上にわたって継続している,最古の同盟は英国(島国)と半島国家ポルトガルとの同盟(英葡永久同盟)である。
 また第一次世界大戦でイタリアが当初大陸国であるドイツ・オーストリアとの三国同盟に参加したが,エネルギー源の石炭を海上交通路によって入手しており,その地中海の制海権を英仏といった海洋国家が押さえていたために,大陸国との同盟から脱落して海洋国家と結びつかざるを得なかった。
 地政学的にいうと,島国日本と半島国家韓国は,海洋国家としてともに海上交通路(シーレーン)に国の生存と繁栄を頼っていることから,協力していく素地がある。韓国は,海洋国家である日米と緊密な関係を保つことが,国の生存と繁栄のために不可欠であると思われる。それは価値観の観点からも,自由民主主義体制と市場経済を共有する日米との関係は重要だと言わざるを得ない。
 もちろん日韓関係には領土や歴史問題などの課題もあるが,最近は,東シナ海での中国の進出が著しいために,韓国の軍や外交部も対中脅威観では日本と認識を一にし始めているようだ。韓国も2000年代前半ごろまでは,対中認識は甘かったと思うが,最近は変化しつつある。中国自身も近年韓国に対して強く出ているために,韓国を中国側から追いやってしまったと反省しているとも聞く。

4.最後に

 今回の東日本大震災では日本が本気になってやる姿を見て米国も「トモダチ作戦」で駆けつけてくれた。「トモダチ作戦」は日米関係にとってよかったが,一種の雰囲気,ムード的なものにとどまっていることも事実だ。そのムードに甘えて,これから日本がしかるべき政策をやっていかないと,かえってまずいことになりかねない。
 それには前例がある。1906年にカリフォルニアで大地震(サンフランシスコ地震,M7.8)があったときに,日本は米国を援助した。その後,1923年には関東大震災が起き,このとき米国は日本を支援してくれた。このように日米間で友好ムードがあった。ところが,その翌年,日本人移民を排除するという排日移民法が米議会で成立し,日米戦争の遠因となった。政治とは意外にも冷徹なもので,ムードには流されないことが大切だ。今回のトモダチ作戦で関係が深化したと安易に考えて,普天間基地問題などで何もしないでいると,思わぬしっぺ返しを蒙ることもあり得る。
 日本の安全保障を考えたときに,憲法や集団的自衛権問題など,根本的な課題が横たわっているが,それらは国民の意識の問題でもある。直接的には立法府や行政府の責任であろうが,その前提として国民の意識が高まらない限り本質的には改善していかないだろう。
 日本人の性格として,すぐ忘れてしまうという性質がある。昨年9月に,尖閣諸島中国漁船衝突事件で安全保障上の危機意識が高まったと思ったら,その後東日本大震災を経てほとんど忘れ去られたような状況である。北朝鮮が日本を越えてミサイルを発射させれば,そのときは燃え上がるのだが,しばらくすると静かになってしまう。日本は安全保障に関する国民的意識がなかなか持続しない。むしろ幕末,明治維新のころの日本人はもっとしっかりしていたように思う。

(2011年5月25日)