北東アジアの交通網整備と地域発展の可能性

北東アジア輸送回廊ネットワーク理事・事務局長 足立英夫


<梗概>

 国連をはじめ公共団体や民間など多様な主体が,アジア地域の交通インフラについてさまざまな構想を立てその具体化に向けて努力している。北東アジア地域についていえば,UNDP(国連開発計画)が主導する図們江地域開発(2006年以降,「大図們江イニシアチブ」G.T.I.=Greater Tumen Initiativeと呼称が変更されている)が具体的に進められているほか,日本海横断航路も推進されつつある。長期的ビジョンに立って,日本も積極的な取り組みをすることが求められている。

 現在,地球は科学技術やITの発達によってグローバル化とリージョナル化が同時に進行し「地球村」が形成されつつあるが,人とモノの移動を支える交通インフラ(道路・鉄道)はその基盤をなすものである。アジア地域をみると,2004年に国連アジア・太平洋経済社会委員会(ESCAP)の第60回会議で,アジア・ハイウェイに関する政府間協定が調印された。このアジア・ハイウェイ構想は,日本から朝鮮半島を経て,中国,東アジア,南アジア,中東のトルコまでのアジア大陸を結ぶ国際幹線道路網の構想である。  そのほか,東アジア地域に限定しても,多くの交通網整備に関する計画や構想が立てられており,それらは徐々にではあるが着実に進行している。ここでは,北東アジア輸送回廊の全体像も視野に入れながら,日本海を挟んだ日本と北東アジア地域の輸送ネットワークに焦点を当てて,その現状と将来を展望してみたい。

1.北東アジア輸送回廊
 新潟県にある環日本海経済研究所(ERINA)が中心となり立ち上げた「北東アジア経済会議組織委員会」(2000年1月設立)において,その運輸・物流常設分科会は,2002年に北東アジア発展の最も基礎的な条件を満たす国際輸送路(道路・鉄道)として次の8つを特定した。さらに,それらの実態,改善すべき点,整備すべき具体的プロジェクトなどをとりまとめて,「北東アジア輸送回廊ビジョン」として発表した。
@バム輸送回廊:シベリア・ランドブリッジ(SLB)=タイシェト=ワニノ
ASLB輸送回廊:欧州=ロシア沿海地方港湾
B綏芬河輸送回廊:SLB=ザバイカリスク=満洲里=ハルビン=綏芬河=ロシア沿海地方港湾
C図們江輸送回廊:SLB=モンゴル東部=長春=図們江
D大連輸送回廊:SLB=ブラゴベシチェンスク=黒河=ハルビン=大連
Eモンゴル・天津輸送回廊:SLB=ウランバートル=北京=天津
Fチャイナ・ランドブリッジ(CLB)輸送回廊:欧州=カザフスタン=中国西部=連雲港
G朝鮮半島西部輸送回廊:SLB=ハルビン=瀋陽=新義州=平壌=ソウル=釜山
上記の8つに加えて,次の4つを今後の候補として掲げた。
(A)ロシア北方ルート:ブラゴベシチェンスク=ニコラエフスク・ナ・アムーレ
(B)ハルビン・アムール州ルート:ハルビン=黒河=ブラゴベシチェンスク=SLB
(C)モンゴル東部ルート:イルシ=チョイバルサン=ウランバートル
(D)朝鮮半島東部輸送回廊:SLB=ハサン=羅先=釜山

2.国連主導の図們江地域開発計画
(1)経緯
 北東アジア地域における交通ネットワークに関する具体的な動きとしては,国連開発計画(UNDP)が進める図們江地域開発(注;朝鮮名では豆満江)がある。UNDPがコーディネータとなり,関係各国に働き掛けながら地域開発計画を進めてきた。
 今から約20年前の1990年に,中国東北地方の長春市で「北東アジア経済技術発展国際会議」(注:のちに北東アジア経済フォーラムに発展)が開かれ,その場で吉林省科学技術委員会主任・丁士晟氏が図們江流域開発に関するプロジェクトについて発表した(論文「北東アジアの未来の黄金三角地帯(golden triangle)―図們江デルタ」)。これがこのプロジェクトの嚆矢であった。この会議は,米国東西センターおよび中国アジア太平洋研究会の共同主催で,中国,日本,韓国,北朝鮮,ソ連,モンゴル,米国に,国際機関の代表が参加した。
 翌91年7月に,モンゴル・ウランバートルでUNDP主催の北東アジア準地域調整者会議が開かれ,UNDPのプロジェクトの中で図們江開発を最優先課題として推進することが確認された。その後,UNDPの中に開発計画管理委員会が設置され,このプロジェクトの構想と組織作りを推進することとなった。ただし,日本は最初のメンバー国に入ったものの,図們江地域開発プロジェクトの正式メンバー国からははずれ,いまでもオブザーバー国の立場となっている。
 当時北朝鮮は金日成主席の時代で,91年10月には羅津・先鋒地域を自由貿易経済都市に指定するなど,この国連のプロジェクトに相当乗り気であった。そのため93〜94年ごろまでは非常に活発な動きがみられた。ところが,94年7月に金日成が亡くなると北朝鮮の動きが停滞した上,アジア金融危機(97年),ロシアのデフォルト問題(98年)など,東アジア地域の政治・経済情勢が不安定化したために,このプロジェクト自体もしばらく停滞期を迎えることとなった。
 この間,日本の民間としては,日中東北開発協会の中に北東アジア経済委員会を設置したほか,日本国際貿易促進協会,日本経済団体連合会日本ロシア経済委員会,北東アジア経済フォーラム,環日本海経済研究所などもこのプロジェクトに関与してきた。
 とくに日本海沿岸地域の自治体が関心を持って対岸地域との交流に取り組んできた経緯がある。太平洋側と日本海側との経済発展を比べると,日本海側が相対的に劣勢なことは否定できない。そのため各自治体は危機感を持っており,経済活性化の一つとして日本海を挟む対岸地域との経済交流を考えてきた。地域全体,拠点都市同士の交流など,複層的交流が行なわれている。
(2)図們江地域開発の現状
 中国は,図們江地域において直接外海(日本海)に面していないために,永年独自の港を持ちたいと考えてきた。しかし,この地域の国境が画定している上,UNDPの開発プロジェクトにともなう事情もあってその考えをあきらめ,北朝鮮あるいはロシアの港を使って海に出る「借港出海」戦略に変更した。
 ロシア・ザルビノ港(トロイツァ港)から琿春に至る道路は既に完全舗装されて物流がさかんになり,琿春に至る前の長嶺子に中・ロ国境税関が設けられている。  中国と北朝鮮と間の道路や港湾の開発については,羅先市と琿春市が協定して整備を進めている。
 図們江をはさんだ北朝鮮の元汀と中国の圏河の間に圏河橋があるが,これは1937年に作られたものだ。この地域の多くのインフラは日本の植民地支配及び満洲国の時代に完成したものである。しかしそれから70年もの歳月が経過して相当老朽化が進んでいる。圏河橋はコンクリートの橋とはいえ,橋幅が狭く強度が低いために,コンテナを積んだトラックは一台ずつしか通過できない。1938年橋の完成後に戦車が通過したときに,橋の一部が陥没してしまったことがあった。その直後に勃発した張鼓峰事件により閉鎖され,1990年ごろまで開放されなかった。もちろんリヤカーや徒歩程度の通行は可能であったろうが,正式な交易ルートとしては遮断されてしまった。最近になって中国が全額負担して,この橋の改修を今年3月にスタートさせ,近く完工する予定だ。
 羅津港は大連の民間企業・大連創力集団が,第一埠頭を10年間の使用権をもとに開発を進めようとしている。2010年5月に金正日総書記が大連市の港湾地区を視察した背景には,大連を見習って外国資本を導入し,羅先開発を進める狙いがあるように思われる。
 北朝鮮は,ここ数年は核開発などの政治問題および経済的苦境のために国際関係が悪化して,図們江地域開発プロジェクトから一時脱退を宣言したが,今年初めには復帰したようだ。さらに今年に入ってから北朝鮮は,羅先市を「特別市」に指定,海外に開放しようとしている。それに合わせて中国の協力を得て,橋の改修,港湾の開発を進めようとしている。
 琿春では去年吉林省政府が資金を出して工業団地の造成を行ない,日本,ロシア,韓国,香港などに向けて企業誘致を進めている。日本からもすでに衣料関係の会社が入っている。最近中国南部で日本企業を含めた海外から進出した企業で,労働条件改善に向けた労働争議が起きて,賃上げがなされているが,この地域はそれよりもかなり安い賃金である。また大連にある海外企業の下請け工場もある。
 さらに長春市から図們市をつなぐ高速道路が建設され,従来8〜10時間かかっていた輸送が3時間程で済むようになった。図們から琿春までの区間も高速道路が今年中には完成する予定で,交通インフラの整備が急ピッチで進められている。
 ある意味で,この地域は中国の中で韓国から一番近いところともいえるために,韓国企業は積極的にこの地に進出を図っている。韓国からは一日で行けるので,韓国の最新の流行がすぐに伝わる。韓国商品の窓口として,生産のみならず消費地としても機能しつつある。
 図們江地域の開発には米国企業も積極的だ。同開発の正式メンバー国に加えて,米国,英国,フィンランド、オーストラリアなどもオブザーバーとして優良企業が参加している。彼らは虎視眈々と投資の機会をうかがっている。その先には,北東アジア開発銀行(NEADB)構想もあり,欧米の関心も高い。
 これまで最大のネックであった開発資金について,中国やロシアが自力で投資できるようになってきたために,日本に対する投資要請の意味合いが減って日本の存在感が低下しているように思われる。こうした状況を見ると,日本がいつまでも高みの見物で消極的な姿勢でいては,置いてきぼりを食いかねない。
 2009年8月,中国政府は,「中国図們江地域開発計画要領―長吉図(長春・吉林・図們江)を開発開放先導区とする」国家戦略を批准した。吉林省政府は,従来の「東北地方振興政策」と相俟って,上記のように国内の運輸インフラ整備から,羅津港へ向けた国境外の「橋・道路・港湾」を整備し,石炭・食糧を中国南方地方へ運ぶための自前の港としてだけではなく,更に日本・韓国やその他,太平洋諸国への北の海への出口にする考えだ。

3.日本海横断航路の就航
 環日本海経済研究所(ERINA=エリナ)は93年10月につくられたが,図們江地域開発もその設立の目的の一つに含まれていた。とくにエリナのある新潟県は取り組みに熱心で,北東アジア経済会議を毎年開催して推進してきた。
 エリナはあくまでも研究機関として,調査,研究活動を中心とするものであるから,具体的な人とモノの輸送など実務的なことも並行して進めていく必要があった。また,エリナは新潟県に拠点を置いていることから,よそ目には地域限定的な印象をまぬがれない。そこで全日本的なレベルに格上げして推進していくために,東京に事務局を置いて同じような関心を持つ全国の団体や企業を束ねるネットワークをつくることになり,2004年12月に,NPO法人「北東アジア輸送回廊ネットワーク」を立ち上げたのである。
 輸送回廊に関する議論を実質化するために,とくに図們江開発も含めた日本海横断航路という形で具体化することを一つの目標に設定した。その結果,昨年6月に,二つの日本海横断航路が実現した。
 一つは,鳥取県の境港から韓国の東海港を結び,さらにウラジオストクにつながるルートである。DBSクルーズフェリーという韓国船社が運航している。このルートは官民一体の協力のもとで,現在もうまく運行されている。旅客は増加傾向にあるが,貨物はそれほどでもなく,今後の課題となっている。
 もう一つが,新潟港を起点に,韓国の束草港とロシアのザルビノ港を結ぶルートである。
 実は2000年から,韓国の束草=ザルビノ=琿春,ウラジオストクの東春フェリー・ルートが動き出していた。韓国企業は,同族がいること,言葉の問題,工業生産の質の保証などの与件に加えて,国内の人件費高騰などの事情も手伝って,近年中国への進出がさかんになっている。とくに朝鮮族が多く住む中国・東北三省の朝鮮族自治州は,中国南部に比べて人件費が安いことなど,いろいろな意味で条件が整っていることから,韓国企業が多く進出し現地生産した工業製品を国内に輸入して収益を上げている。そして数年前からこの航路は,黒字路線化し始めた。
 夏場には週3回の航路を運航しているが,そのうちの一つを日本に向けてくれるように交渉した。そのため4カ国(日本,韓国,中国,ロシア)で合弁会社(北東アジアフェリー株式会社)を立ち上げた。その会社の拠点を韓国の束草に置き,会社運営のマジョリティは韓国とし,韓国船を回すことから始めたのである(2009年6月)。一方,日本側ではその合弁会社に出資するための受け皿の会社を新潟県に作った。
 ところが,韓国の国内事情により同じ船を韓国から日本とロシアに回すことができないことが判明した。そこで別の船を運航することにした。試験航海を5回ほどやってみたものの,傭船料が高いこと,長期的需要の見通しが立ちにくい状況があって,現在は運行が中断している。そこで代案として,より小型の船を探しているが,これもまだ実現には至っていない。現在,新潟県・市および航路推進関係者が,実現に向け模索している最中である。順調に進めば今秋には運行再開が期待されている。
 韓国は輸出を積極的に奨励して輸出依存度が高い国で,全国各地に工場団地を造成している。しかもソウル及び首都圏に人口の約半分が住んでいるので,首都圏へのアクセスは重要課題である。例えば,釜山からソウルまでは車で7〜8時間かかるが,束草からソウルまでは車で約3時間の距離だから,半分の時間で済むことになる。トラックでの実際の燃料コストを考えると往復で四分の一くらいになる計算だ。
 また韓国―新潟の輸送貨物の中味を見てみると,全体で30万トンあり,一定の貨物需要は期待できると思われる。もちろんこの物量であれば大きな船を運航する必要はない。このように,新潟―韓国の貿易については将来性があるように思う。

4.今後の展望
  最近まで日本製中古車のロシアへの輸出がさかんであったが,ロシア側の輸入規制,ルーブル下落に伴う輸入価格高騰などのために,中古車輸出が大幅に制限されて相当の打撃を受けた。ロシアは国策として国産車の方向に切り替えつつあるが,国産車生産に向けて日本などにも技術協力が求められている。極東地域では,ロシア第三位の自動車メーカー・ソレルス社(SOLLERS)がウラジオストクに工場を設立し,韓国の自動車(スポーツタイプ)やいすゞのトラックなどのノックダウン(部品を現地に搬入して組み立てる方式)生産を開始した。
 今年からマツダがシベリア鉄道を利用しながら自動車専用貨車を使ってロシア国内への輸送を始めた。広島から自動車専用船でザルビノ港に入り,鉄道に乗り換えて輸送するのだ。2007年にロシアの極東海洋研究所が,総資金量10億ドルに及ぶ「トロイツァ(ザルビノ)新ターミナル計画」を発表したことがある。それによると,同ターミナルを中国東北部やロシア内陸部への中継貨物基地として,コムギ・石炭などの資源輸出に活用するほか,自動車専用ターミナルも設けている。湾奥は夏には毎年5千人が訪れるサマーリゾート地である。トロイツァ港の整備が進むと,今後はそこを基点に図們江輸送回廊や綏芬河輸送回廊,さらにはシベリア・ランドブリッジを経てモスクワ,サンクトペテルブルグへのルートにつながるなど,大きな発展も期待されている。
 さらに再来年2012年には,ウラジオストクでAPECが開催予定となっており,そのために極東地域のインフラ整備がかなり進められている。
 このようにロシア極東地域の開発と市場開拓も進んでおり,図們江地域を含めた北東アジア地域が生産基地としての役割だけではなく,今後は消費市場としての役割も高まっていくことだろう。ただし,日本人が期待するスピードでは進んでいかないところもあり,その辺を考慮する必要はあるだろうが,韓国をはじめ周辺国は日本以上に積極的なので日本としてもよく考えて対応する必要がある。

(2010年6月3日)