変化する朝鮮半島情勢と韓国の政治・経済



早稲田大学教授 深川 由起子



 ――グローバル化と世界的な経済危機の下で,韓国経済の現況と展望はどうか?

深川 「百年に一度」といわれる今回の経済危機の中で,世界のどの国も大なり小なり影響を受けている。韓国は貿易依存度が高い構造なので,もともと世界経済の動向次第という面がある。とくに近年,中間財の供給を中心に中国への貿易依存度が高まっているが,中国自体が内需が十分でなく輸出依存度が高いためにかつてのような高度経済成長を続けられるか不透明で,韓国経済の見通しもかなりひきずられている。

 もちろん,世界の主要国が財政出動をしながら景気浮揚策を講じているので,その恩恵で韓国経済も少なくとも一度は持ち直すだろうし,既にその兆しもかなりある。しかし世界経済が確実に「出口」を見つけられない限り,二番底になる可能性は依然,残る。

 韓国の人口は5000万人もいないので,そもそも内需主導でやっていくには無理があるが,これまでも必要以上に外需依存となっていた。ただし,日本と比べて韓国は貿易の新興国への依存度が高い分,今年のマイナス成長幅は日本より小さくなる見込みだ。また現政権は財政出動を行って景気対策をしているし,日本ほど内需ががた落ちした様子は見られない。世界平均からいえば,よくやっているグループといえるだろう。

 ところで,グローバル化が進展する中で,所得格差の問題が途上国でも,先進国でも一貫して大きくなっている。所得格差の拡大は全世界共通の課題であり,韓国も内需の不振はこれが大きい。

 原因としては,労働市場の柔軟性が欠けたまま,グローバル化が進んで雇用が圧迫されたこと,不動産価格が上昇し,資産効果が続いてきたこと,急速に高齢化が進行しており,これも資産を持つ層,持たない層の格差を広げていること,などが挙げられる。とくに資産面では前政権の不動産政策の失敗も大きかった。

 所得格差が統計的に把握されることと人々が「格差感」をどの程度もっているかは別問題だ。資産効果が大きいため,日本に比べれば,韓国の方が不労所得に対する「格差感」を強くもっていると思う。また,そのような心理的側面とともに,社会のセーフティネットが整備され機能しているかとも関係してくる。ここ数年で韓国社会も,社会的セーフティネットを積んできたが,若年層を中心とした雇用不振,雇用の不安定化,短期化が進んでいるため,まだ十分な効果が実感されていない。

 韓国の場合は,労組活動が政治的左翼運動(労働運動)と結びついているために,労働問題は政治的葛藤を引き起こし易い。一昨年末の大統領選挙で10年ぶりに保守政権に交代したが,その背景には盧武鉉政権の実務能力に対する国民の疑問が相当大きかったことがある。例えば,大統領個人が非常にイデオロギー的,感情的で,政府の外交・経済政策も一貫性に欠けていたことに対して,多くの国民が不安感を覚えたのだと思う。

 それに代わって李明博政権が登場したわけだが,今度はその政策手法・やり方などが非常に「古い」という印象だ。李政権の閣僚の多くが60代以上で,彼らが活躍したのは1980年代であった。当時と今では,世界経済のしくみや経済環境,韓国経済の構造も大きく変わってしまったのに,彼らが問題にしているイッシュは,対日赤字,中小企業問題など,80年代の課題そのままだ。

 韓国では,雇用問題は最も深刻だが,その原因として人的資源と労働市場,教育市場との連動がうまくいっていない点がある。こうした構造的な問題を見て解決していく発想が必要なのに,相変わらず公共事業で雇用創出,といった古い発想も見られる。他方で現在の韓国国民は,英語ができて高学歴でなければ就職できない,と異様なまでに信奉してきた。こうした齟齬のために国民がフラストレーションを肌で感じるので,李政権の支持率は非常に低い面もあるだろう。進歩同様,保守に対する失望もかなり強く,政治不信構造が出来上がりつつある。


<過激な労組と市民団体の登場>

 ――韓国経済の構造的問題についてもう少し詳しく説明してもらいたい。

深川 経済問題の中でも雇用不安が最大だと思うが,その背景には労働組合問題がある。「労働貴族」化した労働組合の既得権が保持されていて,彼らは高い給与を取りながら,年間に2カ月も工場が稼働停止するようなストをやる。それでいてNo Work No Pay原則の浸透などでも問題がある。労使対話は相変わらず突破口を見出せず,結局,経営者側は採用を減らして対応してきた。このような悪循環のために,韓国経済の実力以上に雇用が伸びていない。

 少数だが,街頭に出てデモするだけではなく器物損壊を行なうヒステリックさもあり,コンプライアンス(法令順守)のない労組は流石に国民全体からも白眼視されている。労組加入率はかなり低いのだが,少数の労組の人たちが社会に与え続けている影響力は相当なものがある。そのため労使対話も進まず,外国企業も敬遠して直接投資しない。政府は直接投資を促そうと努力しているが,労使対話の確立,労賃金決定のメカニズムの合理化など労働環境の整備が先決課題だと思う。

 日本の労使交渉では賃上げや労働環境改善などほとんど経済問題だけを扱うが,韓国の労組は非常に政治的だ。例えば,狂牛病の問題が発生したときに,韓国の労組は本来の労働問題とは関係のない米国産牛肉輸入反対を争点にしてストを行なった。これは労組だけの問題だけではなく,経営者側もこうした難しい労組問題を「政府任せ」にして避けてきた歴史的経緯も影響しているようにみえる。

 ただ,前述のように,このような構造的問題を抱えながらも,現下の厳しいグローバル危機の中で韓国はかなりよくやっている。それは前政権のときもそうだったが,政治社会的には過激な事件がおきていても,一方で成熟化も進んでいるので,かつてのような国全体が揺れるようなことにもならない。とくにグローバル企業となった大企業の就業者規律は非常にしっかりしており,人的能力が企業の競争力を支えている。

 もちろん,通貨が大きく下がっているため,輸出ドライブがかかっている点が円高に苦しむ日本とは決定的な違いだが,それを除いても輸出競争力は日本よりも高い。新興国への積極的な進出は日本をしのぎ,マーケティングも洗練されつつある。これらは海外に出たい国民性を反映しており,若い層が内向きな日本とは対照的だ。 

 しかし,大企業―中小企業の格差も大きいため,企業全体がそうではない。中小企業でも輸出型の場合は,現在ウォン安でがんばっているところもあるが,それ以外のサービスに特化したような自営業などは,内需がふるわないために経済危機が直撃している。その傾向は,昨秋の金融津波が襲う前から見られていたが,さらに悪化した。

 韓国は政府介入の伝統が強く,これまで製造業のような分野ではそれなりに成功してきたが,サービス業関連分野(零細の食堂,個人サービスなど)はそうはいかなかった。

 日本と比較すると,日本では地域に根付いた金融が根を張っていて,中小企業に対しては信用金庫など地元の金融機関が資金を貸出している。長い間の取引があり密着しているので情報の蓄積もある。そしてそれらは製造業のみならずサービス業もカバーしている。

 ところが長年,「官治金融」であった韓国は,その弊害を依然として引きずっており,大企業―中小企業の連携もそれほど濃密に出来上がっていない。結局,中小企業は未だ知り合い(縁故)を頼って助けてもらうというやり方が多い。


<韓国経済に北朝鮮情勢はどのような

影響を及ぼすか>

 ――韓国経済の今後の課題は何か?

深川 合理的な雇用関係を誰がどのようにして生み出すかが最大のポイントだろう。まずは,労働市場の柔軟化・効率化,それにコンプライアンスなどを優先させるべきだ。

 これまで労組が非常に政治的に強かったために,政府がいくらコンプライアンスを叫んで実際に改革に手を付けようとしても,労組が社会的に大きい声を出して騒ぐために,政治家としては(世論を気にして)ひるんでしまいなかなか思い切った手を打つことができなかった。また,通貨危機後の企業経営は資金調達ありき,で労務に対する配慮が少なかったことも看過できない。結局,韓国で構造改革が最もできていない分野が,政府組織と労組だ。労働政策の全般的な見直しが必要で,労組も大きな転換点に来ていると思う。

 とくに最近は韓国でも,非正規労働者が非常に増えてしまったために,短期間で彼らを正規労働者に転換させる法律をつくりそれを強制的に進めようとしている。そもそも,通貨危機後は,非正規雇用のしくみをつくり,それによって労働市場の柔軟性を実現し,グローバル化に対処してきた面は否定できない。IMFは英米型の労働移動による市場の柔軟性保持を求めたが,これには非正規雇用制度によって中途半端な制度対応ができただけであり,他方,日本やドイツのような労働時間・賃金による柔軟性も労組に阻まれてきた。

 労働法制以外に供給構造が変わったことも重要だ。大卒者が8割を越すような状況になってしまうと,そのすべてを大卒待遇で採用することは現実には難しい。大卒だといっても市場価値がなければ,大卒相当の給与がもらえないのは当然であろう。このため不幸なことに著名大卒とか,TOEIC900点というような,本来は単なる手段,通過プロセスに過ぎないことが目的化してしまい,そのために早期海外留学や課外授業代などが家計負担に重くのしかかって庶民を苦しめる構造もある。

 今後は民間の中で生まれてくるような資格認定制度や生産性改善の余地が大きいサービス分野の中小企業への人の移動などを推進すべきだろう。起業率が落ちている点も重要な改善点だ。全体に何でも政府に決めてもらおうという傾向がある一方,他方で政府の硬直性を批判する悪循環が続いており,民間主体の自由で流動性をもった市場形成が阻害されている。

 とくに若年層の失業は既に世界最低レベルの少子化を惹起しており,高齢化にますます拍車をかける結果となっている。定年延長による高齢化対応には限界があり,労働市場改革は時間との戦いとなっている。

 ――北朝鮮をめぐる情勢変化の韓国経済への影響は?

深川 改革に対する北朝鮮と中国の違いは何かと考えてみると,中国は政治と経済を分離することができたのに,北朝鮮はそれができなかったことだ。韓国がいくら政経分離方式でアプローチしようとしても,北朝鮮は政治と経済を分離できないのだから,かみ合うはずがない。

 韓国にとって北朝鮮情勢の安定化は,株式市場,資本市場などが大揺れしないためにも経済的必須条件だ。しかし韓国内以上に,外国人の投資家への心理的影響が大きい。ここ最近のウォン安など経済の下落傾向は,北朝鮮情勢の影響というよりは,韓国の経済指標への懸念と世界的な経済危機の影響から来ていると思う。いまは若干持ち直しているが,経済の悪化に北朝鮮情勢の不安定要因が加わればマーケットへの影響は大きくなる。

 現在までのところ,北朝鮮情勢の韓国経済への直接的影響は限定的だった。通貨危機後の資本市場・為替取引自由化の完成以来,北朝鮮の挑発的行動に資本市場も慣れてきた面があり,チキンゲームを繰り返す行動を織り込んで行動しているから,過敏な反応はしなくなった。しかし,もちろん,有事となれば別問題であり,そのリスクはなくならない。

 むしろ北朝鮮の工作を含めて社会には北のシンパが形成されており,政治的立場以外にも民族主義が強く,保守に対する感情論がある。このため,社会は不安定で,しばしばヒステリックな左右の激突が起こる。労組以上に,さまざまな左派系の市民団体が出てきて新たな活動を展開している。例えば,保守系メディア(新聞社など)の広告企業に広告中断などの圧力をかけている。


<日韓FTA交渉はうまくいくか>

 ――日韓FTA交渉に対する日韓の取り組みの現状と展望はどうか?

深川 率直に言って,韓国にはもうFTA交渉を再開する気はないだろう。日本がしつこく言ってくるのでいやいや交渉してあげている,という雰囲気さえある。

 これまでに韓国は,米国やEUとのFTA交渉が(双方の批准までには至っていないものの)合意に達していることもあって,自信過剰な面もある。一方で,日本に対しては,以前から主張していた対日赤字の解消ができないことに対する自信のなさや,交渉担当者のアレルギーに近い感情論があり,それらがごちゃ混ぜになっている感じだ。

 日本に比べれば韓国は,FTAの効果をそう包括的に考えていない。韓国が考えるFTAのメリットは,対日輸出の増加と日本からの直接投資の増加の二つくらいだろう。しかし,実際日韓FTAを締結しても,この二つは(短期的には)実現する可能性は小さく,それ故,日本は魅力的に映らない。

 関税率は韓国の方が高いので,対日輸出が増えそうにもなく,かえって日本からの輸入が増える確率が高いと信じている。また東アジア地域で,日系企業の生産ネットワークから唯一孤立しているのが韓国だ。一部を除いて日系企業の調達ネットワークに入っていないために,韓国からの輸出に容易に結びつかず,これを政府も世論も非関税障壁のレベルで批判している。

 韓国は,十年前の通貨危機前までは海外からの直接投資を拒否しており,生産ネットワークに参加していないのもこの構造が大きい。日本企業には戦略的提携がうまくこなせない弱点があり,何でも自社内でこなそうとする傾向が強いのは事実で,韓国はアジアの中で日本の直接投資が最も低調であり,ネットワークに入りにくい。通貨危機後も労組の問題もあって,日本企業はあまり進出したがらず,日韓FTAを結んだからといって日本からの直接投資が増える情勢にはない。

 いずれにしても韓国は,日韓FTA締結による目に見えるメリットを実感できないために,消極的になっている。そもそもFTA交渉は,どの国との関係においても「政治的意思」がなければ成功できない。

 しかし,本来,日韓両国のような経済発展段階の国同士のFTAというのは,そのような短期的利益を追求するものではないはずだ。市場が近接しているので,人の往来,それに伴う各種サービス,市場統合が進めばさまざまな基準認証の調整が進むことなど,もっと根本的な部分のメリットを大切に考える必要がある。

 韓国にとっての日本は,これまで常に「技術の源泉」であった。直接投資や輸出増加を期待する以上に,安定的な技術移転先としての期待がかつては大きかった。それがいまや日韓両国は水平の関係になったので,日本から「タダで」技術を上げるわけにはいかない。ところが韓国側は,最近になっても「中小企業にタダで技術移転をせよ」と四半世紀前と同じ要求を口にしたことさえあり,発想が変わっていない。韓国には技術料を払う資金能力も十分あり,民間企業はビジネス次元で交渉すれば問題ないと考えているが,政府,メディアの発想が遅れていること,また彼らが意識する一般世論には不思議な「甘え」のような心理がある。

 FTAはあくまでも経済交渉なので,経済的次元に限って進めればいいわけだが,韓国はそれが経済にとどまらず政治化してしまう傾向があり,日本の官僚や政治家にはこれへの配慮や対処の能力に欠けている。例えば,米韓FTA締結のときも,韓国内で反対のデモがひどかったが,そのようなことが日韓FTAでも起きたら日本としては進めることはできないだろう。米韓FTAも双方ともまだ批准手続きは終わっていないし,今後もその見通しは薄い。韓国は政治的に無理でも合意に導いてくるところがあるので,国内政治状況がついていかない。韓国EUのFTAもEU側批准はそう容易でないようにみえる。韓国は自分たちはいつでも批准できると思っており,相手のせいにして国内批准手続きをしない現在が一番,幸福なのかもしれない。しかしこれではあまり意味がない。

 FTAは平和時の交渉なので,いまのような金融・経済津波に襲われている渦中にいるときには,なかなか難しいという面もある。それでもFTAは長期的にみてメリットがあるし,輸出依存度の高い国であればあるほどそれは重要なことだ。FTAも一種の条約で,相互の信頼関係のシンボルともいえるので,将来的には進める価値のあるものと考える。


<日本はどう対応すべきか>

 ――最後に,変化する朝鮮半島情勢に対して日本はどのような対応をすべきか?

深川 日本としては,何と言っても北朝鮮に核開発は止めてもらいたいという最低ラインは欠かせない。今となっては,六カ国協議が今後も続けられるかも不透明になる中で,北朝鮮は米朝二国間交渉を狙ってさまざまな挑戦的行動を繰り返しながら「チキンゲーム」を展開している。しかしオバマ政権も,だいぶ強硬になりつつあるので,ひとつボタンを掛け違うと危険な局面に陥る可能性も否定できない。

 盧武鉉政権時に比べれば,李明博政権になって日韓米のベクトルは,対北朝鮮政策に関する限り比較的同じ方向を向いているといえる。ただし,李政権は支持率が相当低い上,盧武鉉大統領の自殺によって左派勢力が勢いを盛り返した現象に見られるように,国内状況は不安定で分裂している。一方日本は,拉致問題を中心とする北朝鮮政策においては,自民党であれ民主党であれ,政策の差はあまりないが,政権交代となればこちらも当面,政治の安定が期待できない。

 外交面では最近,米中G2時代になりつつあるといわれている。日本はそこに入り込んで日米中という枠組みの政策形成にかかわろうとするが,これでは韓国は入れないので日米韓を推進してきた韓国,とくに保守政権にはストレスがたまるという面がある。韓国では東アジアの枠組みは日中韓しかないが,日本はこれへの関心が薄い。このように日韓の国内環境は双方不安定な一方,両国の信頼感を損なう新たな対外環境も生まれている。一枚岩とは到底いえない。

 米国は人権問題などで中国とは価値観を共有できないので,東アジア地域ではやはり当面は日本を軸にせざるを得ないだろう。今後日米関係が弱くなることはあるかもしれないが,日米―中の構図は変わらないのではないか。その中で韓国は,価値観的には日米についているわけだが,貿易の対中依存度が高まっており,中国もこれをてこに韓国を自分の側にひきつけようとしている。中韓FTAが日韓FTAに先行する可能性もある。当面は,方向性を欠いたまま進んでいくような気がする。

 他方中国は,今回の経済危機によって成長率が半減するほどの初めてのショックを受けたわけだが,そのインパクトは相当なものがある。他の国々は,これまで何度か経済危機を経験してそれなりに超えながら,対応するシステムを整備してきた。しかし中国は初めての経験なので,国内的な影響はいろいろな面に出てくるだろう。現政府は力で押さえつけようとしている。その表れがインターネットの規制で,危険な状況が見られる。それだけに日本としても,対中外交をしっかりとやる必要がある。

 環境問題にしても,中国の環境破壊の影響は日本が直接的なのだから,中国に対する規制交渉を米国にだけ頼って進めるわけにはいかない。日中は地理的にも近接する関係であるから,ある種の「共同体」であることを自覚して,互いに迷惑をかけないようにうまくやっていかなければならない。

 日本の問題は,日米同盟に頼っていればすべて解決できるという安易な発想をする人が多いことだ。それは「思考停止」であり,地政学的,戦略的思考の欠如を意味する。米国の外交にとっては,北朝鮮の核兵器開発とその拡散がなければ,北朝鮮問題は中東やアフガン問題と比べてかなり優先順位が少ない課題だ。しかし,中国のわき腹に位置する朝鮮半島の地政学的意味を分かっている米国は,政治的判断で米韓FTAを結んだ。一方,日本にはそのように戦略的に割り切って考える風土がないし,ポピュリズムに左右される政権基盤の弱い内閣では思い切った外交を展開するのにも限界がある。

 北朝鮮問題に関しては,米国が直接感じる現実的脅威と日本のそれとは質的に違うものがあるので,日本としては米国とは別の優先順位をもって政策を立てる必要があると思う。政権交代になればこの機会に日本も,自分で考えないといけない。

 それでも小泉政権のときは自分で考えようとして,首相自ら北朝鮮を訪問して拉致問題等の交渉に当たった。もしあのとき,小泉首相が訪朝しなかったなら,いまだに拉致被害者の方々は北朝鮮にいたはずだ。動いたから具体的な展開が生まれた。しかし何もしなければ,何も起きない。

 今年か来年には,日本はGDPで中国に追い抜かれるだろう。現時点でも米国の次は,EUであり,その次に中国がくるとなれば,日本はもはや世界第二位の経済大国ではない。そのような現実を無視して,世界第二位の経済大国だという幻想にしがみついているようでは現実的政策は出てこない。

 「経済大国」の一員であることは確かだが,今までの大きさでもなく,日本一国でやっていける大きさでもない。誰かとパートナーを組まなければならない。そのときに日本は今の地理的な位置から「引っ越す」ことはできないことを前提として,戦略を考える必要がある。欧州では,英国もEUと共に行動している。日本は米国との関係を基軸としながらも,「アジアとの関係はどうするのか」と問われたときに,はっきりさせないまま先送りしてしまうようではズルズル自らのポジションが後退するだけだ。

 その意味で自由市場経済と自由民主主義の価値観では韓国とはパートナーを組めるので,アジア関係ではまずそことよくやっていく必要があるだろう。平行して対中を改善しながらアジア全体との関係進化を進めるのがよいと思う。

(2009年6月18日)