共産党独裁による権威主義体制としての現代中国の本質 

専修大学教授 小沼 堅司 

 

1.はじめに

 今年2006年は,中国文化大革命(1966〜76年)開始40周年,および同終結30周年の節目の年であるが,各メディアが報じているように,中国国内では文革について語ることは許されていない。中国共産党が誕生して以来,今日までの近代中国の歴史を大きく振り返ったときに,私は「文革」は1930年代のスターリン体制と同様に,共産主義全体主義独裁制(communist tota1itarian dictatorship)の典型であったと考えている。そして,79年に

 小平が改革開放政策を始めたが,それ以降現代までの体制を後期全体主義体制の特質をもつ「共産党独裁制」(権威主義体制)と理解している。
このことを考えるために,まず共産主義全体主義体制(以下,「全体主義体制」と記す)と後期全体主義体制の基本概念について整理し,その観点から現代中国の体制について分析してみたいと思う。

2.全体主義体制と後期全体主義体制

(1)全体主義体制
 私は共産主義全体主義支配のメカニズムについて,全体主義理論の創始者であるC.フリードリッヒとZ.ブレジンスキーの「六点症候群」概念をもとに独自に「八点症候群」として整理したことがある。(注1) その核心は,権力の独占(党独裁)と真理の独占(唯一絶対の公式イデオロギー)の聖俗両権力の独占とその下で行なわれる個人崇拝とマス・プロパガンダによる狂気の大衆動員である。その運動の目標は,現実の改造(社会創造)と「新しい人間」の創造(「魂の改造」)にある。この偉大な指導者に従いつつ唯一絶対の教義(マルクス=レーニン主義,毛沢東主義,金日成「主体思想」など)の教えを実現すると称する全体主義運動は,しばしば「世俗的宗教」(R.アロン),「政治的宗教」(ヴェゲリン)の性格を帯びる。世俗宗教の「神学」は,歴史の究極の意味(歴史的真実)を発見したと主張する「歴史の偶像化」によって形而上学的,霊的な要素を吸収する。そして世俗宗教は,恩寵と救済という個々人の以前の超越的な期待を,集合的で世俗内的な解放の約束に置き換え,神聖な道徳基準と価値を,個人を超えた行為規範として確立する。その結果,国家と社会,国家と党の分離は廃止される。

 ここでJ.リンツ(Juan J. Linz,1926- ,政治学者,米国・イェール大学名誉教授)の全体主義論を見てみよう。彼の全体主義理解では,特定イデオロギー(マルクス・レーニン主義)と人民動員とが最も重要な要素をなす。イデオロギーは,全体主義の指導部・指導集団の使命感や正当化の根拠となっており,他の価値観や目標,思考スタイルの選択肢を排除して唯一絶対の理念として人々を指導していく。とくにイデオロギーは,知識人,学生,党・大衆組織の理想主義的な青年活動家の忠誠心を動員する力を持っており,マス・プロパガンダと相俟って人民動員を行う際の強力な武器である。文革は,この二つの要素の重要性を証明する典型例ということができよう。実際,毛沢東の神格化,個人崇拝,紅衛兵による大衆運動を通じて実権派(走資派)を打倒した。ただ,リンスは,テロルおよびテロル装置(強制収容所,裁判なしの投獄,拷問,粛清,見せしめ裁判,公開処刑など)は全体主義システムにおいては不可避ではないと考えた。

 他方,H.アレント(Hannah Arendt,1906-75,哲学者)は,全体主義の本質を構成するのは,「イデオロギーとテロル」であるととらえた。彼女は,その著書『全体主義の起源』の中でナチズムとスターリニズムとを取り上げ,何が全体主義を従来の専制政治の諸形態から分かつかを詳述した。両者の大規模な殺戮・残虐行為を,巨大な規模で組織され体系化されたものととらえ,さらにそれらは特有のイデオロギーの実現,特有の教義の合理的実現としてのみ理解できるとした。それはナチズムにあっては《人種論》であり,スターリズムにあっては《階級闘争論》であった。そしてこれこそが,歴史上無数にあった専制政治から全体主義を区別する本質的要素であると結論付けた。

 さらにアレントによれば,全体主義を支えたものは,一方ではイデオロギーとプロパガンダ,他方では全体主義組織(党)と支配機構(秘密警察・強制収容所)であった。上記二つの全体主義イデオロギーは人種主義と共産主義であったが,これは当時の政治状況において人種主義と階級闘争が政治的に重要であったためである。アレントは,この「イデオロギー的思考の特徴をなす三つの全体主義特有の要素」として次の三点を挙げる。すなわち,第一に,イデオロギーは「存在するものではなく,もっぱら成るもの(存在すべきもの)を説明しているにすぎない」こと,第二に,イデオロギーは経験的な現実よりも「より正しく」「より深い」現実を把握していると自称すること(真理を把握しているのは自分たちだけであり,現実の経験的検証は不必要),第三に,「経験および経験された現実からの思考の解放を,その独特な論証方法に頼って行ったこと」である。つまり,現実を無視して設定された絶対的な前提(法則)から完全な一貫性をもってすべてを演繹するという方法で,現実の事実を処理するやり方である。このやり方は,法則(注:共産主義の法則,唯物史観の法則など)の例証として役立つ事実のみを《事実》として取り扱い,それ以外の事実は《改竄》または《抹殺》する。この演繹論理の強制こそ全体主義イデオロギーの特色である。

 また,アレントによれば,全体主義の支配は,「自然と歴史の客観的で超人間的な運動法則」(ナチズムの人種主義とスターリニズムの共産主義)を人間社会のなかで貫徹させるためにテロルを必要とする。その際,人間は「自然と歴史の超人間的法則がその上で貫徹される材料」にすぎない。かれらは自発的な行為どころか活動的であることすら許されず,この「巨大な超人間的過程の代弁者」となるよう絶えざる「運動」を強いられる。「法則」――これは,人種主義と弁証法的唯物論という人類を貫き,すべての個人を引きずってゆく超次元的力を前提とする世界観となった――は,運動が円滑に進行するように「有害なもの」あるいは「無用なもの」を除去する掟となる。まさしく「この運動法則を実定法に翻訳したとすれば,その命令は〈汝殺すべし〉でしかあり得ない。」こうして「〈生きる資格のない劣等の人種および個人〉もしくは〈死滅する階級〉の絶滅を計画的に,もしくは大量生産的に,しかも無期限に行う」のである。

 つまり,このように法則にあわない人種および個人(たとえば,「クラーク」階級,ブルジョア,「魂の改造」に抵抗する人)を抹殺することが共産主義全体主義の法則の特徴である。その抹殺の手段としてテロルが行われ,さらにその装置としての強制収容所,監獄,秘密警察,見せしめ裁判,公開処刑,各種のテクノロジーを用いた拷問,政治精神病院などが必要になる。スターリン体制,毛沢東体制をみると,そのとおりであったことが実証される。

 ところで,これまでナチズムに対する批判やその犯罪の研究は膨大なものがあるが,共産主義の犯罪を追及・告発する努力は,これまで日本を含めて世界的に弱かった。そのような状況において,数年前に共産主義全体主義の犯罪を明らかにする『共産主義黒書 犯罪・テロル・抑圧〈ソ連篇〉』(恵雅堂出版,2001年)という本が翻訳された。この本の著者は,ナチズムに対するニュルンベルク裁判の裁判所規約等(平和に対する罪,人道に対する罪など)を用いながら,ナチズムと共産主義の犯罪を左右の全体主義の結果として理解しようとした。その結果,共産主義の犯罪はナチズム以上のものであったことが解明された。つまり,共産主義の犯罪の側面を中心的かつ世界的な問題として取り上げることによって共産主義にアプローチしようとした最も影響力ある試みの一つとなったのである。

 上記の本から,一例を紹介しよう。精神に対する犯罪,人間に対する犯罪など共産主義の犯罪は,共産主義システム全体に固有のものであって,決して偶発的なものではない。そのなかで,人間の大量虐殺(共産主義ジェノサイド)こそ最も恐るべきものであった。チェカー(秘密警察)初期長官タツィスの指令によれば,「われわれは階級としてのブルジョアジーを皆殺しにしているのだ。捜査の時,被告がどんなことをしたかを,書類や証拠物件で捜す必要はない」と述べた。またレーニンは「階級戦争」における皆殺しの論理を徹底した。1920年から「コサック解体」がジェノサイドの定義に当てはめられた。1929年〜30年に始まるスターリンによる階級としてのクラーク絶滅政策(ラスックラーチヴァニエ)によりウクライナ大飢饉では600万人の死者が出た。これらの例は,共産主義のイデオロギーに邪魔になるもの,歴史の法則貫徹を妨げる存在をすべて抹殺しようとした試みと理解できる。

(2)後期全体主義体制
 私は,1930年代のスターリン体制の後,50年代末以降のソ連および東欧諸国の体制を「後期全体主義」体制と捉えているが,その最大の特徴はイデオロギーによるユートピア建設の主張を撤回したこと,表向き大々的なテロルは行使しないこと,イデオロギーによる熱狂と恐怖は姿を消したことなどである。西側の研究者は,それらを「テロルなき全体主義」,「選択的テロルの全体主義」,「動員なき全体主義」とも呼んでいる。

 後期全体主義体制においては,全体主義症候群の基本的な制度的特徴がなお存続しているが,むきだしのテロルは影をひそめ,ある許容範囲内で非政治的,非組織的性格の不満の表明や官僚制の不正と不効率への批判を認め,さらには制度化さえする。また経済管理制度の改革も試みられる。しかしテロルと粛清という最悪の特徴の記憶が残存し,エリートの一部は全体主義体制時代になお愛着を感じ,その積極的な側面を保持したいという願望さえ抱いている。

 小平以降の現代中国の体制は,さらに細かく規定すれば,全体主義の記憶と一部の制度(「労改」という強制収容所,政治精神病院)を残した「権威主義体制」(共産党独裁体制)の段階と考えることもできる。先に紹介したJ.リンツは,このような特徴をもった体制を「全体主義的権威主義体制」と呼んでいるが,わたしはポスト全体主義の「権威主義体制」と捉えている。

 ここで,権威主義体制について分析したリンスの定義を紹介しておこう。権威主義体制における主な特徴は次の通りである。

1)政治動員(人民動員)の欠如:国民大衆の非政治化,党員や活動家のアパシーなどにより人民動員が 欠如。

2)イデオロギーの欠如:潜在的反対者の中立化,政治におけるユートピア性による対立の弱化。指導者 崇拝,唯一絶対の教義体系・イデオロギーなどという要素がなくなる。

3)限定された多元主義:公認政党あるいは単一か特権的な政党が,社会の異なる諸要素を融合させ,  権力を握るエリート集団が,限定された多元主義のなかでの均衡を維持しつつ統合する。そのエリート  の構成は,官僚・技術エリート・軍・利益集団・宗教集団などである。

 ところで,このような体制規定に関連して,在米の人権活動家ハリー・ウー(呉弘達)の見解を参照してみよう。彼は,1960年に「反革命右派分子」として逮捕され,以後19年間にわたって「労改」(強制収容所)生活を送ったあと,85年にアメリカに出国する(その体験を描いたのが労作『ビター・ウインズ』である)。にもかかわらず3度にわたって中国に潜入し,逮捕・拘禁されている政治・思想犯の実態,工場・農場としての強制収容所における囚人強制労働の現実とその製品の輸出,死刑囚の臓器移植ビジネスなど現代中国の人権侵害犯罪を暴くために「労改」調査を試みた。現在「労改調査基金」を主催し,中国の強制収容所を告発する人権活動家として活動している。ハリー・ウーは現代中国の体制に関して,強制収容所体験と現在の実態に関する調査を踏まえて,次のように述べている。「イデオロギーとしての共産主義はとっくに滅んだとみるのは造作もないことだ。中国人は真っ先に気付いたし,党指導層もわかっていた。 小平は,白猫だろうが黒猫だろうがネズミを捕る猫はよい猫だ,と言っている。(中略)今や誰も『社会主義の天国の建設』をまともには口にしない。」その上で,「 小平の一座は日々,共産主義の墓の上で死の舞踏をしてきたが,今なお全体主義をやっている」と言う。(『労改―中国の強制収容所―』)

 生命をかけて「強制収容所体制」を告発しているハリー・ウーにすれば,中国はいまなお全体主義体制なのであろう。アメリカの「中国に関する議会政府委員会」の公聴会「中国の強制労働」での証言によれば,「労働改造」という名の強制労働を課せられているのは全土で1千個所の監獄の40万人,うち約6万人は法輪功関係者である。「労改」は監獄にして生産組織であり,囚人労働によって生産された大量の農産品,工業品を輸出している(この公聴会証言については古森義久の報告を参照。『SAPIO』4月12日号)。

 私が, 小平以降の体制を「権威主義体制」(共産党独裁体制)の段階と規定しつつも,全体主義の記憶と一部の制度を残していると但し書きを加えるのは,さらにもう一つ,政治的精神病院制度がいまなお存在しているからである。スターリン主義体制(全体主義体制)と後期全体主義体制(とりわけブレジネフ政権時代)に共産党反対者や異論者を弾圧し封じ込めるために精神医学が利用されたことは,アムネスティ・インターナショナルをはじめとする人権団体や世界精神医学会,それにロイ・メドヴェーデフら被害当事者の告発によってある程度明らかになっている(『精神医学の政治的利用』みすず書房,『告発する 狂人は誰か』三一書房)。それに対して,現代中国の政治精神病院については一部の専門家を除けばほとんど明らかになっていない。それゆえ,中国における精神医学の政治的利用について簡単に見ておこう。

 法則にあわない人種および個人を抹殺することが共産主義全体主義の法則であると先述したが,その一つの方法が精神医学の政治的利用である。中国では,政府を批判する者,民主主義を訴える者,政府の汚職を告発する者,宗教家などを公安警察の判断で強制的に精神病院に収容してきた。ときには,収容された人々に意見の撤回を強要し,転向を迫るために精神病の薬物を投与したとの報告もある。これらの事実は,アムネスティ・インターナショナルや精神医学者などが詳しく報告している。

精神医学の政治利用のおもな目的は次の通りである。

(1)政府を批判する者を精神病院に収容することで,かれらが精神病者であることを一般国民に宣伝し, かれらの信用を奪うことができる。

(2)精神病院に収容することでかれらの士気をくじくことができる。

(3)裁判ではかれらに意見主張の場を与えるが,精神病院ではかれらを沈黙させることができる。

(4)長期間拘留して長い裁判を行うよりも安上がりで済む。

 病名としては,「政治的偏執狂」,「理想主義的改革的妄想に取り付かれた精神病」,「過った考え方に支配されている精神病」などが付けられるが,これは1996年の世界精神医学会マドリード宣言の「政治的または宗教的信条に基づいた精神病のいかなる診断も禁止する」という内容に反するものである。

 こうした事態を憂うる人権団体「ヒューマン・ウオッチ」や精神医療の政治的利用の禁止を求める国際団体「ジュネーバ・イニシアチブ」(GIP)は,中国に政治目的のために精神医療を乱用することをやめさせるために,世界精神医学会が断固とした行動をとることを求める声明を発表したこともあった。

 ロビン・ムンロや安藤幹の調査研究によれば,政治的精神医療の乱用の歴史は新中国建設初期にまでさかのぼることができる。それによると,50年にわたり中国政府は,政府と政治的見解を異にする反体制派,政府の宗教政策に従わない宗教者,独立した労働組織を組織しようとする者,地方の密告者,政府の腐敗や不正行為に不平を言う者,過去の政府の誤った虐待の補償を求める者などに対して,虚偽の精神病の診断をする手段を利用してきた。危険な精神病の犯罪者として,厳重に監禁された精神病院に隔離することが必要であるとされた。そして90年代以降「安康制度」と呼ばれる法精神医学病院の秘密ネットワークが確立したという。(Robin Munro, The Political Misuse of Psychiatry in China, Columbia Journal Asian Law, Vol. 14, Jan. 2000; 安藤幹『日本共産党に強制収容所』2004年)

3.現代中国政治の特質

 共産党独裁体制の本質は,これまでの社会生活を支えてきた秩序コード(ルール・規範・道徳・習俗・作法)と感受性を全面的に破壊し否定して独善的な「真理」と「正義」を強制することである。この本質は全体主義体制と後期全体主義体制の区別なく共通の特徴である。両者の違いをあげれば,唯一絶対の公認イデオロギーを,個人崇拝という指導者装置を利用し,かつ人民動員を通じて人民のうちに浸透させ信じさせ,魂を改造することを目指すか否かにある。また,全体主義体制の動機(推進力)は,《狂気の信念(「信仰」)》あるいは/および《信仰と利益》であるが,後期全体主義体制の目的は《利益の独占》のみである。単刀直入に表現すれば,共産党権力(プロレタリア独裁と称する)は共産主義の実現のための過渡的な手段ではなく,「権力の目的は権力それ自体だ」(G.オーウェル)という公理に従う。現代中国は,先に述べたように「ポスト毛沢東全体主義」の記憶と一部の制度を残した共産党独裁による権威主義体制として捉えることができるが,その推進力(動機)はまさに剥き出しの特権の享受である。それゆえ,中央と地方であれ,上級と下級であれ,党と政府の腐敗はなくならない。その結果として,現在の中国においてはさまざまな矛盾が噴出している。いわば,《共産主義なき共産党独裁》,《社会保障なき社会主義市場経済》の悲劇である。数多くの情報が漏れてきているが,その代表的な事例を簡単に見てみよう。

(1)反日運動の意味
 中国は全体主義体制から権威主義体制へと移行する段階にあるが,それを天安門事件で失脚しその後軟禁された共産党総書記・趙紫陽は,共産党独裁のもとで社会主義市場経済体制を導入し生産力の増大をはかる「社会主義初級段階論」として理論的に整理した。そして社会主義現代化の実現には100年のタイムスパンで考える必要があると述べた。

 その説明のポイントは,土地公有制という最後の砦を残して,市場経済システムにおいて外資,テクノロジー,経営管理手法を導入して後進国中国の生産力を向上させことにあるといってよい。現在ではWTO加盟により日米欧企業,NIES企業とのグローバルな競争圧力にさらされ,非効率な国有企業の改革・解体を軸に市場経済体制のもとでの効率化・合理化(労働力,資本,土地の再配分)を強いられている。その結果,国有企業改革による大量失業者(注:国有企業就業者数は都市就業者の4割以上。都市就業者1億1,400万人のうち3,000〜4,000万人が余剰化。失業率は05年で4.2%。一時帰休者,農村からの移出者を含めれば都市失業率は20%以上との推計も。)と農村過剰労働力の顕在化(注:5億の農村労働力のうち1億6,000万人が潜在失業化。都市へ向かう流動人口は最大8,000万人,最小で5,000万人。いわゆる民工といわれる出稼ぎ農民数は2億人以上。)とによる巨大な労働供給圧力にさらされている。この人口圧力に耐えるためには,3%などの低い成長率では経済的崩壊の危機に直面する可能性が大きく,その圧力に耐えるための「政治的閾値」として年平均7%の経済成長率が必要である(渡辺利夫「真の脅威は社会・政治の不安定化にある」『中央公論』02年11月号)。その結果,さまざまな矛盾が生じてくる。

 その際,共産党独裁体制のもとでの政権の正統性の根拠は,かつてのユートピア・イデオロギーは有効性を失っており,唯一絶対のイデオロギーも否定されている(毛沢東の功績は否定しないが毛沢東思想は否定)から,唯一残るのは中国共産党がなければ新中国はなかったという抗日戦争と反日ナショナリズムだけである(その抗日戦争における中国共産党のヘゲモニーについても根本的な批判が加えられている)。この観点からすると,昨年春に吹き荒れた反日デモは重要な意義のある事件ということができる。

 そもそも反日運動の起点は,94年江沢民政権による「愛国主義教育要綱」の制定に始まる。その政策に従って「抗日戦争記念館」(盧溝橋近く)のような「愛国守護教育基地」を全土に建設して日本憎悪を駆り立ててきたが,それは江沢民政権の基盤強化策の一環でもあった。

 それ以前, 小平や胡耀邦は反日よりも「日中関係が非常に重要だ」と言っていた。天安門事件(1989年6月4日)以降,天皇訪中を要請したのも西側の中国包囲網を打破するためであり,日中関係重視政策は欧米の包囲網を打ち破る上では有効な手段であった。しかしその後,江沢民政権は民衆の不信の眼差しに晒されて,それまで中国共産党が演出してきたナショナリズムに頼るようになった。共産党独裁制を正当化する根拠としてはナショナリズムしかなく,「民族独立の立役者」という歴史物語における共産党の価値を高めるのに反日と抗日を利用したのである。それは《共産主義なき共産党独裁》の矛盾から民衆の目を逸らし,《正統性なき共産党政権》の《正統性》を演出するためであった。

 このことを証明する一番いい例が,昨春の反日デモがある時点でもってピタッと収束したことであった。2005年4月9目,胡錦濤主席が反日デモ発生数時間後に共産党政治局常務委員会の緊急会議を招集して,「反日デモは反体制派に不満を吐き出す口実を与えるだけだ」と述べ,天安門事件のように反体制派と政権の対決に至る危険性があるという懸念を表明した(「ニューズ・ウィーク」電子版,05.4.18)。

 その後4月19目には,共産党中央宣伝部集会「中日関係報告会」(政府,軍,マスコミ,大学生など関係団体の3500人が参加)が開かれ,李肇星外相が次のように発言した。「中国は経済発展の重要な時期にあり,戦略的で高度な視点から中日関係を処理する重要性を認識すべきだ」「冷静さと合理,合法的に秩序をもって感情を示すことが大事だ。」その意図は,反日愛国運動が反政府運動へ転化するのを防ぎたいという思惑であった。

 このように反日運動の政治的利用は,中国の政権の脆弱性を示すものである。求心力回復には反日愛国主義は格好のテーマであるが,その反日の矢が市場経済の敗者の鬱積した不満に火をつけ,政権基盤の脆弱な現政府の方に向きを変えるという危険性は排除できないからである(渡辺利夫,「読売新聞」05年4月20日)。香港の雑誌『90年代』(1998年休刊)編集発行人であった李怡の適格な言によれば,「民意を基礎としない国家は民意の反作用を受ける」からである(『産経新聞』インタビュー,05年4月22日)。

 反日ナショナリズムの政治的利用には,もう一つの共産党政権の矛盾が含まれている。それは,長期的な経済成長のためには日本や欧米先進国との良好な関係が必要不可欠であるが,「正統性なき共産党独裁」の矛盾から民衆の不満をそらすためには,「共産主義」の「代用品」として,帝国主義列強からの民族独立を勝ち取ったのは共産党のおかげだと「愛国主義」を宣伝し,特に日本を攻撃する必要性があるということである。石平が言うように,小泉政権まではこの経済成長と「愛国主義」は両立してきた(石平『日中宿命』)。「歴史認識」をめぐる対立が顕在化するたびに,政府開発援助(ODA)を中心に日本からの経済援助・協力が増大するという仕組みになっていたからである。05年の反日デモ以後,この経済成長と「愛国主義」のジレンマが鋭く露呈した。

(2)中国国内の諸矛盾とその構造
1)農民暴動
 92年から加速した「社会主義市場経済」による経済建設の矛眉が激化してきたことに加え,中国が2001年にWTOに加盟し,日米欧企業・NIES企業とのグローバルな競争圧力が高まるなか非効率な国有企業や小規模農業の市場淘汰が起こり,労働力・資本・土地などの資源の再配分が行われるようになった。その結果,国有企業改革による大量の失業者や農村過剰労働力の顕在化などの問題が表面化した。その一方で,失業保険,医療保険,国民年金など社会的セイフティネットが未整備という社会状況がある。そのような要因があいまって現在の社会・政治不安を引き起こしている。こうした不安要因を経済成長によってカバーしようとしている。全人代での国務院報告では,「2010年までの年平均成長率7.5%,2020年までの平均7%」と予測しているが,この年平均成長率7.0%は,渡辺利夫がいうように巨大な労働供給圧力に耐えるための「政治的閾値」であろう。

 にもかかわらず現実には近年,全国各地で大小さまざまな暴動が起きている。中国政府の公式発表の数字でも,100人以上の抗議行動件数が04年7万4,000件,05年8万7,000件というように膨大な数に及んでいる(全人代05年10月26日,温家宝首相報告)。その抗議内容は,強制的な農地収用,環境汚染・公害,違法な徴税・労役,賃金不払いなどである。一番多いのが失地農民の抗議暴動である。また,環境汚染紛争件数も94年から増え始め,98年18万件,99年25万件,2000年30万件と激増している(読売新聞中国総局長・藤野彰「中国を揺るがす農民暴動の連鎖」『中央公論』05年7月号)。

 ここで土地収奪と腐敗のメカニズムを見ておこう。「社会主義市場経済」の最後の砦として「社会主義公有制の原則」(土地の公有制)がある。中国では政府が農民に対して土地に50年単位の永代借地権(当初は15年単位)をつけて貸し付ける。その利用権は転売・相続が可能なので,限りなく所有権に近いものである。こうした仕組みによって農民の意欲を高め,継続的に安定した農業生産を推し進めようとした。ところが,地域の経済開発区建設や住宅・別荘地開発などのために,地方政府や党幹部が「社会主義公有制の原則」を利用して農民の土地を収用しようとする。その社会主義的収用基準は,直近3年間の平均生産高(1ムーで1,000〜2,000元)の約15倍とされているが,その基準以下で農民の土地を収用し,市場経済基準で開発業者や企業に販売する。その差額が20倍,30倍ともいわれる。このような仕組みによって,開発業者からのリベート授受,補償金の流用などの腐敗が蔓延することになる。このような不正に対する怒りをもった農民たちが暴動や党中央・政府への直訴行動を起こすのである(参考:清水美和『中国農民の反乱――隠された反日の温床――』,陳桂棣・春桃(納村・椙田訳)『中国農民調査』,興梠一郎『中国激流』,李昌平『中国農村崩壊』,『産経新聞』06年3月6日,王小映社会科学院農村発展研究所副研究員インタビュー)。この収奪と腐敗のメカニズムは図のようにシェーマ化することができる。

2)メディア統制
 独裁体制維持のためには言論・出版の自由,とりわけマス・メディアの報道の自由を抑圧しなければならない。メディア統制,言論弾圧の目的は,事実の隠蔽,事実の改変,事実の捏造と党政府に都合のいい政策,意見,イデオロギーの宣伝であるが,とくに「共産主義なき共産党独裁」と「社会保障なき社会主義市場経済」の矛盾(幹部の特権と腐敗,人民収奪,収入格差,公害・環境汚染による生命・生活・生産の文字通りの破壊,さまざまな人権無視と弾圧など)のような党・政府に不都合な事実,意見を封じる必要がある。地方党・政府官僚による農民虐待を描いたルポ『中国農民調査』の発禁処分や頻発する暴動の報道禁止などが示すように,党指導部は,党・政府から司法界,中央から地方にまで及ぶ幹部の腐敗と特権,農民・労働者の収奪,貧富の拡大など民衆の不満を増大させるような事実をあくまで隠そうとする。そのために「共産党の喉と舌」(プロパガンダ・マシーン)としてのメディアを統制することが重要となる。ジャーナリスト・坂井臣之助の巧みなレトリックを借りれば,「真実の中国を『見えなくするために』メディア統制によって覆い隠し,あるいは宣伝・演出している」(『中央宣伝部を討伐せよ』訳者あとがき)のである。

 このような情報統制の中枢部にあるのが共産党中央宣伝部である。同宣伝部は,共産党独裁のための重要装置であり,宣伝教育局,新聞出版局,文化芸術局,幹部管理局,政策法規研究室などの下部組織からなっている。この宣伝部は,新聞・テレビ・出版・インターネット,学術界,世論の追跡監視,愛国教育の推進,指導思想の宣伝計画の立案,メディア幹部の人事などに関与し,末端行攻単位にも宣伝部を設置して網羅的に情報管理を行っている。このように全マス・メディアの報道を検閲,統制し,党の方針に反する内容の報道を封じたり,雑誌や書籍を発禁処分にするなど生殺与奪の権力を握っている(焦国標・北京大学助教授『中央宣伝部を討伐せよ――中国のメディア統制の闇を暴く――』)。

 このようなメディア統制,言論弾圧は無数であるが,03年の新型肺炎(SARS)危機における情報隠しや吉林市化学工場爆発に伴う有毒物質の松花江(アムール川支流)流出事故における情報隠し(05年11月)の事例は,単に中国国内での悲劇だけではなく,日本やロシアを含めた国際社会に取り返しのつかない結果を齎す可能性を持っている。また猛烈な勢いで蔓延し,中国衛生省発表で死亡率第3位となったエイズ禍の拡大の背景にも,フランス人ジャーナリスト,ピエール・アスキが文字どおり決死の覚悟で告発したように,中央・地方政府による情報の隠蔽・抹殺・操作があった(『中国の血―沈黙が人を殺すとき―』)。

 ごく最近の例では,『中国青年報』の付属紙である『冰点週刊』に中国歴史教科書における歴史認識を批判した袁偉時・中山大学教授の論文(「現代化と歴史教科書」)を掲載したことを理由に,同雑誌が停刊処分を受けた事件がある(06年1月)。袁教授は論文で,中国の歴史教科書では「反帝国主義の愛国運動」とされている1900年の義和団事件が,実際は放火,略奪,児童多数を含む外国人200人以上の殺害などの残虐行為を重ねた「反動的で反文明的な事件」だったと批判した。この事件では,同誌編集長と副編集長が更迭された。この事件で注目すべき点としては,共産党古参幹部など13名がこのような報道検閲を批判する共同声明を発表したことである(『産経新聞』06年2月17日)。これは,党のみが真実を知り,真実を判断し,真実を語るという共産主義全体主義体制から離脱し,権威主義体制(後期全体主義体制の要素を残した)に移行していることを示す事例と見ることができる。

 また近年インターネット規制も強化されている。(1)サイトやサイト管理者の政府機関への登録の義務づけ,(2) 国内サーバーの検閲システム,(3)ネットカフェ利用者の身分証提示の義務づけ,(4)検索で約1000語のキーワードを使用禁止(「民主主義」「公害訴訟」「高官子弟」「天安門事件」など),(5)ネット企業に規制への協力を強制(検索エンジン大手グーグルに検閲協力を強制,ヤフーが中国人ジャーナリストのメール記録を当局に提出―禁固刑に,マイクロソフトが反政府のブログを閉鎖など),(6)中央宣伝部を通じて官製情報を発信,などである。

3)公害・環境破壊
 公害・環境汚染の問題もかなり深刻な状況にあり,人々に甚大な影響を与えている。環境問題は,環境の劣化というレベルだけにとどまらず,農業・農村の破壊,食糧生産への影響などさまざまな面にまで及んでいる。それがまた,農民暴動の一因にもなっていることは,既に述べたとおりである。そのため,現在の高度経済成長にもかかわらず,GDP成長率から環境破壊などの損失分を差し引くと「グリーンGDP」はマイナス成長になるとの計算もある。

 中国の公害・環境破壊は四つの問題群に類型化することができる。第一は,膨大な量におよぶ工場廃水,生活廃水,農薬・化学肥料を含んだ汚水が未処理のまま直接河川・湖沼に垂れ流され(長江では年間256億トン,黄河では40億トン),有機化合物や重金属類その他によって生命と生活が直接危機に晒されるという事態である。「都市を流れる河川の90%が重大な汚染状態にあり,農村の3割(3億人)が不適切な水を使っている。」(解振華・環境保護総局長の05年全人代報告) 

 第二は,二酸化硫黄(SO2)や二酸化窒素(NO2),二酸化炭素(CO2)等による大気汚染である。「01年の5カ年計画で二酸化硫黄排出量を10%減らして1,800万トンにするはずが,逆に2,260万トンと13%増加」,「酸性雨の被害は国土の三分の一に及ぶ。」(解振華総局長)工場にほとんど脱硫装置が取り付けられていないこと,質の悪い石油・石炭を燃料として使用していることなどの結果である。
第三は急速に進行する砂漠化と黄砂被害である。家畜の過放牧,40度の傾斜地までに及ぶ森林伐採と農地化,膨大な量の「断流」による。

 第四は,土壌や水からの食品への汚染である。顕著な例だけをあげれば,中国産ウナギに残留水銀が発見されて輸入が禁止されたこと,冷凍葱・枝豆・ほうれん草に基準値を越える残留農薬が含まれていたこと,エビやウナギから使用禁止の抗生物質や殺菌剤が発見されてこれまた輸入禁止となったことなどがある。

(3)軍事拡大戦略
 中国は,従来の人民解放軍を中心とする国土防衛型国防戦略から攻撃・防衛一体型の戦略に転換した。すなわち,内陸・沿岸から外洋へという方向転換であり,海軍は沿岸防衛(沿岸海軍)から外洋防衛(近海海軍)への転換である。まず92年に領海法を制定し,尖閣諸島を含む東シナ海における海洋権益確保の国家戦略を打ち出した。これは東シナ海のガス田開発など日中間の紛争の火種になっているが,資源エネルギー確保のためにも軍拡を行っている。

 海軍においては,航続距離の長い航空機,空中給油機の配備,潜水艦・水上艦の近代化,戦略ミサイル部隊(第二砲兵)の戦力増強などである。さらに潜水艦の近代化を急ピッチで進めている(攻撃型原潜093型,戦略弾道ミサイル原潜094型を04年から順次配備)。台湾有事の際の米海軍の艦載機・艦隊・潜水艦の介入阻止を狙って,「第一列線」(九州南部から台湾)と「第二列線」(硫黄島からグアム)の2段階の防衛ラインを設定して活動している。その他,沖ノ鳥島周辺における中国調査船の活動も活発化している。また空軍も第四世代戦闘機SU27,J10などのライセンス生産を行っている。SU27は2010年までに数百機を配備する予定である。

 中国の軍事費は,政府による公式発表で年間299億ドル(05年)であり,毎年高い伸び率(17年連続2ケタの伸び率)を示している。こうした軍拡の動きに対して,米国防総省は「兵器の輸入費や開発費は(軍事費に)含まれておらず,最大900億ドルにのぼる」と批判している。

4.中国の将来展望

 中国の将来予測はきわめて困難である。中国問題専門家でない私にはそのような予測をする能力はない。そのなかで中長期的な脅威として予測できることは,レスター・ブラウン(米国地球政策研究所理事長)がシュミュレートしているように,中国の経済成長と環境破壊による地球規模のエコシステムの崩壊の脅威であろう。中国の人口圧力と食料・資源圧力が大きな要因を形成しており,それが中国一国だけではなく世界全体に大きな影響をもたらすことは確実である。今後8%の経済成長が続き,経済規模が9年ごと倍になり2031年の個人所得が現在の米国なみになると仮定すると,穀物消費量は13億5,200万トンで,04年の世界全体の穀物収穫量の3分の2に等しく,食肉消費量1億8,100万トンは現在の世界生産量の5分の4,石油消費量は現在の米国なみに換算すると日量9,900万バレルで現在の世界の生産量7,900万バレルをはるかに越える。石炭,鉄鋼,自動車・・・・・・と数えていけば空恐ろしくなる。「地球がもう一つ必要」になる。だが,そのまえに,何人かの専門家が予測しているように不動産バブル崩壊による経済の破局と社会混乱というシナリオの方がもっと現実性を帯びていよう。

 すでに何度も触れた「社会保障なき市場経済」と「共産主義なき共産党独裁」の矛盾がどこに行き着くか,予測することは難しい。民衆暴動が規模・地域・件数において増大することは十分ありうるが,その結果,共産党独裁の崩壊という政治的破局(政治的アナーキー)に陥るということは考えられない。政治のレベルでありうるとすれば,例えば各級統治機関の下位レベルで複数候補制や自由選挙を実施し,徐々に上級機関にも波及させるとか,党と議会の選挙において自由選挙枠と党推薦枠を設け,徐々に前者を拡大するとかなどの選挙改革を行うこと――これはポーランドで党と「連帯」が円卓会議で合意し,1989年春の選挙で「連帯」が地すべり的勝利を収めたケースである――,あるいはそれ以前の改革として,1党制の枠内での利益と意見の多元化を制度的に保障すること――これは趙紫陽が失脚まえに提案した党と社会の「政治対話制」の発展形態と考えることもできる――などである。

 政治レベルでの将来予測をする際にふまえておくべきことは,中国共産党が自己否定して自らの権力を放棄することはありえないということである。党にかかわる多くの人が大きな特権と利益を享受しているのに,それを自ら放棄するはずがない。何としても党独裁体制を維持することが至上命題となる。経済の市場化(資本主義化)にともない政治においても民主化が実現するというのは,素朴な願望であろう。旧ソ連・東欧がそうであったように,民主化を行なわなければ,民衆の不信と不満を和らげ特権層の腐敗を除去することはできないが,民主化に一歩踏み出せばより完全な民主化への要求が強まり,複数政党制下での自由選挙を行なえば共産党は確実に敗北して権力を失うというジレンマに陥っているからである。

 また次のように分析し将来予測をする人もいる。中国は共産党独裁体制の下,「社会主義市場経済」によって経済成長をもたらそうとしているが,これは一種の「開発独裁的な手法」である。開発独裁体制とは,資源・人材・資本を戦略的部門に集中投入して経済成長を図る政治体制であり,韓国の朴正煕政権がその例である。一般に開発独裁の国では,経済発展によってある程度国が豊かになってくると,世論も成熟して民主化を求める動きが芽生え,民主主義体制へと移行していく,と。しかし中国は全体主義の記憶と一部の制度を残した共産党独裁体制(権威主義体制)の国であり,かつ巨大な人口圧力に晒された国であって,そのような単線的な発展は考えにくい。共産党が権力を自己放棄するということは自己否定であり,共産党独裁制権威主義体制の本質に反することだ。

 中国の全体主義は,かつて唯一絶対の正しいイデオロギーを独占し,それをすべての人々の内面にまで浸透させようとしたが,その体制および運動は「文革」終焉を機に消滅した。その後に起こったことは,「倫理的な空白」「意味の空白」である。つまり人々が人生,社会生活を送っていくときの心のよすがとなるべきものの不在状態である。これまで社会生活や秩序を支えてきた規範意識・道徳が喪失し,経済的利益あるいは現時点の欲望のみを追求する生き方が社会を支配するようになる。現在の中国を覆っているのはむきだしの拝金主義,将来世代の住む社会のあり方などまったく考慮しない刹那主義ではないか。利益のための特権と腐敗が蔓延しているために,今後そのような内面の空洞化が顕著になることはあっても回復する見込みは少ないのではないだろうか。その空白部分を一体何によって埋め合わせるのかが,これからの大きな課題になるだろう。このことを,かつて20世紀最大の政治的作家G.オーウェルは,全体主義的心性をもつ「マルクス=レーニン主義」左翼の精神構造を切開手術するさいの思想的メスとしていち早く提起した。
(2006年5月31目)