地球環境における森林の存在意義とその育成
―リサイクル材料による森づくりの実践

北海道大学名誉教授 東 三郎

 

1.はじめに

 戦後,私は焼け野原になった町をながめながら,それに対する「癒し」の気持ちを抱いて北海道で森の研究をしようと勉学を始めた。大学では砂防学を専攻したが,砂防学とは治山治水の学問で,その山と水を守るには森が不可欠であることを知った。それゆえ砂防学の中心的テーマは,さまざまな災害が発生した後に壊れてしまった森をいかに回復させるか,石炭や金属の採掘による荒廃した山の森をいかに取り戻すかということであった。

 実際,北海道に来て森の様子を見てみると,森林を伐採してそれを木材として売り,また木を燃料として燃やすことばかりであった。かつてニシン漁の盛んな時代,北海道の日本海沿岸の森は,番屋造りの木材,漁業や船材,そして燃料の薪材として伐りつくされた。その結果,海岸は特有の季節風によって剥き出しの砂丘となり著しく荒廃し,おびただしい飛砂によってせっかくの集落も壊滅状態に追い込まれた。そのような森が消えていく姿をみながら本当に落胆した。一度森がなくなるとそれを回復させることはほとんど不可能に近い。特に,海岸部では海から木のタネは飛来しないし,土地利用が進み内陸部の森が消えると,タネの供給源が断ち切られるから,海岸の森は自前では復活することが出来なくなる。

 このような状況に対して私は,永年専門家としてこの難しい問題に取り組んできた。実際の植林は大変な労働であり,いくらお金があってもそれを行う人が今いなくなってしまった。しかし,永年木を植え続けてきた私の実体験から言っても,植林ほどおもしろいことはないと思う。そこでそのおもしろさを,大人たちでは遅いので子どもたちに早く伝えたい。そのためにはまず,森の復元を可能にし,森の存在意義を世に広める必要がある。そして大多数の人がもっている観念的そしてメルヘン調の自然観を破り,生活者が自然の働きを五体で感ずる森づくりの場を設定することに尽きると思われる。

 今に生きるわれわれの世代がいい加減なことをやると,そのつけはみな孫の世代にまわっていく。根本解決の道は,われわれの生き方,行動の仕方を再考し,生活の場面から変えていかない限り見えてこないと思う。

2.市民参加型の森づくり

(1)環境回復のための植林
 20世紀は,大量生産,大量消費,大量廃棄を基本とする産業社会として発展し,環境に大きな負荷を与えてきた。特に戦後日本では,敗戦からの復興を目指して資源開発や土地利用の拡大に大忙しであった。そこでは経済効率の悪い事業には目も向けられなかった。その反省に立った21世紀は,水土保全,生態系の保護,地球温暖化防止をはかる哲学をもち,廃棄物ゼロ(省エネ,省資源,再生)を目標としていかなければならない。

 エネルギーもクリーンエネルギーに換えていく。例えば,太陽光,風力,地熱などを利用した自然エネルギーが開発されているが,私はその一つに「森力」を加えたいと考えている。森林は,@木を燃やせば熱源になる,A水源を守る,B土壌を保全する,C炭素を固定する,などの潜在エネルギーをもっている。ところが,これまで人間は開発優先の政策によって森をつぶして畑を開墾し,住宅,牧場,レジャー施設等を造成してきた。人間の生活がより豊かになるように,よかれと思ってやったのであったが,しかし結果としてみれば,よい水や環境を失うこととなった。そこで森をもう一度取り戻すことを考え始めた。

 ただ,これまでの林業は基本的に木材生産のための植林であり,針葉樹一辺倒であった。木材生産のための植林は,不要な木を伐採しいい木だけを残す「間引き論」も必要だが,それでは森にならない。木は一本ずつ離されては生きていけない。従来,木は競り合って育つと教えられたが,寒冷かつ強風地帯の木は,互いに寄り添って助け合いながら育っていると解釈できる。いろいろな種類の木を混ぜて植えてこそよく育って森に生長していく。木を空間構成のメンバーとすれば,木の集団が生成・発展・消滅する経過を理解しながら手を加えなければならない。木は種類によって生長速度に差があるので,そのような違いをもつ樹種(先駆性樹種と持続性樹種)の混交歩合,植栽間隔の関係を読んで主役交替の時期を待つのも大切なことである。

 それゆえ,種の多様性を軸にして環境保全を重視する森づくりでは広葉樹が主役にならざるをえない。しかし,広葉樹の苗木作りはようやく始まったばかりで,辛抱強い針葉樹に比べ広葉樹ははるかに神経質であるから,根系を外気にさらすことは禁物である。したがって既存の海岸林には,なるべく広葉樹を導入し,一段と強靭な森に仕上げ次代に引き継ぐようにしたいところである。

(2)リサイクルを基本とする緑の創造
 私は永年森の回復のためにさまざまな努力をしてきたが,近年は専門家としての取り組みではなく,一般の市民が参加できる植林によって森づくりを進めようと試みている。私の実践は,生活環境の保全や地球温暖化防止のために,再生紙や古紙のリサイクルポットで苗木を育て,植林の意義や楽しさを体験しながら森の再生を図ろうとする市民参加型の取り組みである。

 その理念の第一は,リサイクルで緑を創造するものである。何か材料を使ってやろうとすれば,その材料はどこかで新たに製作されなければならないから,環境的に負荷が生じる。そこで「ゼロ・エミッション」(廃棄物なし)の原則を立てて,古新聞,ダンボール,シュレッダー屑,石炭灰,貝殻など捨てるものを再利用することにした。これは手間がかかる行為であるが,現在の地球環境は手間をかけなければもうだめなところまできているので,そうすることが最善の策なのである。

 最近は,多くの人が森をつくろうと声をそろえている。しかし,そのように叫ぶ人の中で,誰一人として自ら率先してタネを蒔き苗木をつくり,植林して森をつくった人はいないと思う。私はそれを実践しようとしてこれまで歩んできた。まず大人たちが生活の中でできることから始めていけば,その姿を見て子どもたちは自然と理解していく。これは理屈ではなく,実践・体験する中で学ぶものである。

 私はリタイアした人に率先してやって欲しいと考えて,そのためのサークルをつくりボランティア活動の一環として活動を始めた。私は一切文字にしたもの(プリントなど)を使わないし,またマニュアルもない。基本事項を話したあとは自分のやり方でやってもらい,そして自分でやったものを自分で確認してもらうだけである。そのようにしてやっていくと,必ず彼らは誰かに伝えたい気持ちが湧いてきて,子どもたちにそれを伝えようとする。大人が楽しくやれば,子どもたちは必ず真似をする。大人はダンボールの紙型枠を使って子どもたちと一緒になって遊ぶのである。そこでは教える必要はない。子どもは大人がわざわざ教えなくても自ら創意工夫して遊ぶ。そして子どもは必ず絵やメッセージを描く。そうするとそのポットが自分のもの,自分の分身になり,愛着も湧いてくる。

 次は,「ゼロからのスタート」。タネを拾ってきて蒔き苗木とし,それをポットに入れ育てて,それを山に植える。山に行くまでは根を張るまで家の庭で育てる。その後は,車に積んで運び,置いてくるだけだ。また地面を裸にすれば,ゼロからスタートする苗木はセルフコントロールによって自立する。

 今までも植林をした人は多くいたが,その多くは報酬の伴う労働として働いている人たちであろう。地球を緑にしていこうと真剣に考える人はほとんどいない。大事なことは,愛情をもつことだ。これまでダメージを与え続けてきた森に対して,「愛情」をもって恩返しをする気持ちがなければ木は決して育たない。

(3)リサイクルポット利用の植林
 これまでの植樹祭や植林ツアーのような一過性のイベントでは,参加者は植え穴に苗木を置くだけであって,事前の準備や事後の保育に携わらない。モノの製作の場合ならいざ知らず,生き物扱いの場合は,苗木の誕生からそれが現地で自立生長するまで,連綿とした一貫性を保つことは難しい。どうしても苗木の養成者,運搬者,施工者などは別人とならざるを得ない。その場合,ステージの移動段階で苗木にダメージを与えることがあり,それが失敗の原因にもなる。

 そこで,そうした問題点を克服しながらできる植林の方法として私は,風化性のポットを考案し,さらに植え穴不要の植林法を提唱し実験してきた。すなわち,苗木,培養土,ポットの三つを一体化した「バイオブロック」を現地に設置して樹林化を図る「バイオブロック工法」を考えたのである。

 従来のポット丸ごとの植栽法としては,泥炭製品のジュフィーポットがあったが,植え穴不要の植栽法ではなかった。バイオブロック工法は,ポットで幼苗の根系構造を保持し,根毛を外気にさらさないようにガードした文字通り丸ごとの植栽である。

 現在,湿式2種類と乾式2種類の計4種類のポットを用いている。湿式には,貧配合のコンクリートやソイルコンクリートを用いた「コンポット」と,古紙特に新聞紙,チラシ,シュレッダー屑などを湿らせて詰め込む「カミポット」がある。乾式には,現地の土砂を詰めた「ツチポット」とカード状のダンボール片を用いた「ダンポット」がある。いずれもリサイクルを基本としている。

 これらのリサイクル材料は,中空六角柱に組み立てる再生紙ダンボールの紙型枠「カミネッコン」(商標・特許登録済)の外壁に詰め込む。「カミネッコン」という名称には,「紙で根っこをコンパクトに守る」という意味が込められている。ポットの外壁は一辺100mm,高さ120mm,壁厚25mmで,中空部に培養土と苗木が植え込まれる。

 バイオブロックは,約1カ月の養生後に現地に運び,均した地面に置く。この工法は,植え穴を掘る必要がないので,建設現場や採石地など植え穴を掘りにくい地面におけるという特長をもつ。ポットの周りには厚さ1〜2cmほど土を寄せたり,石ころや木屑(チップ)で囲んだりして,安定空間を作る。すなわち,植栽時に根系が傷められないので定着しやすく,ポット内で自力をつけた根は底面から地山に進出するのである。底板(ベースパット)は1週間で壊れ,やがて発達した根が地面に伸びていく。上ぶた(マルチパット)は土の乾燥を防ぎ,草本類の侵入を防ぐ。苗木が完全に活着するころには,ポットの壁は風化して土にかえる。 

 この植栽法を「置き植え」と名づけた。現地までトラックや乗用車で運んだバイオブロックは子どもでも置くことができ,野外での作業を楽しむことができる。

3.海岸林回復の私の実践例

(1)石狩湾新港公害遮断林
 私のつくった森の一つに,石狩市樽川の石狩湾新港公害遮断林がある。これは石狩湾新港をめぐる工業団地構想に伴うもので,掘り込み港や工業団地の背後に公害遮断林を造成して住宅団地の生活環境を守ることを優先させた。ところがこの地は,海岸特有の寒冷地,風衝地,低湿地,砂地,泥炭地で,並みの方法では植林成績が上がらない。そこで日本古来の海岸砂防の原理に則って取り組んだ。すなわち,林業界ではザツ(雑木)といわれて蔑視された広葉樹を多用しその力を借りて森づくりを進めたのである。1971年当時,人口100万の札幌市郊外に野鳥を呼ぶ森をつくろうと願っていた折でもあり,この機会を利用したのであった。

 具体的には,先駆性広葉樹の先行植栽によって不利な環境要因を徐々に解消し,自立し自活する持続性のある林帯へ移行させる方法を検討した。そのためは排水,火山灰混入による基盤整備と防風効果や堆雪機能をもった保護工事が不可欠であった。国道沿いの最大幅250m,長さ3.5kmの総面積65haの林帯には,ヤナギ類・ケヤマハンノキ・ドロノキ・ハルニレ・ヤチダモ・イタヤカエデなど16種類の広葉樹が列状に混植され,それにアカエゾマツ・トドマツ・ヨーロッパトウヒなど3種の針葉樹が加えられ,現在では完全な落葉広葉樹林の外観を呈するようになった。森は既に樹高30mにも達しており,冬期間は落葉するとはいえ,地吹雪防止の効果も発揮して,雪国の車社会に不可欠の道路防雪林の典型になっている。

 事業をはじめてから20年後には,カッコウ・クマゲラ・ツグミ・ノビタキなど約60種の野鳥が集まるようになった。雑木林にはさまざまな昆虫が生息し一年中えさがある状態となるので,それをえさとする鳥がやってくるのである。また渡り鳥も羽を休めるところとなった。

(2)北広島市輪厚川河川敷緑地
 河岸工事後の土地は非常に硬くて穴を掘ることが出来ない。そこに小学生がつくったバイオブロックをおいた。1個ずつ離して置くのではなく,早く育つ種類と遅く育つ種類とを混ぜて10個ずつくっつけて置く。そうすると早く育つヤナギやハンノキなどが,生長の遅いニレやサクラなどの木を守ってくれ,それは風よけにもなる。ケヤマハンノキは,空中窒素を固定して自分で栄養をつくって生長する木であり,荒地でも育つ木である。

 北海道では,休眠中の冬季のヤナギ類の挿し木苗と初夏に結実するハルニレと秋のミズナラの実生苗を初期の森づくりに適用できる。この3樹種の育苗は極めて簡単であり,初めての人にとっては,その発芽,生長過程が強い感動を呼び,他の樹種にも関心を抱くきっかけになるようだ。

 ヤナギ類はハンノキ類とともに,北国の先駆性樹種であり,多くの野鳥を誘い込む雑木林の先発隊である。ハルニレはタネまき後1週間で発芽し1カ月で稚苗になり,ひと夏で一人前の苗木になって,ヤナギ類・ハンノキ類と共存するとともに持続性が高く風格もある。ミズナラの実は,一般にドングリとして知られる。発根,発芽現象がユニークな持続性樹種であり,ヤナギ類・ハンノキ類に守られてゆっくり生長する。

 実際に育苗を体験した人は苗木に強い愛着を持ち,劣悪な環境条件下でたくましく生存する苗木を見て強い感動を覚えるようだ。このような体験の積み重ねが,緑環境の存在意義と森づくりの社会性を理解する原動力になる。

(3)えりも海岸林
 えりも海岸林の造成事業は,半世紀にわたるロングランの公共事業の一つである。ここではまず,漁師たちが雑海草(ゴタ)で牧草のタネが飛び散るのを防いで第一段階の草本緑化を成功させ,「えりも方式の緑化」といわれる独自の成果を挙げた。引き続き木本の導入に傾注したのであるが,茫漠とした砂原に森を復活させることは難しく,苗木が自立するまでの環境圧の解釈と克服には想像を超えるものがあった。

 昭和30年代,私は約10年間の現場観察と植栽実験によって風の動きとつきあう方法を模索し,四季を通して風向と風力に支配されない対応策を練った。すなわち,防風柵,防風土塁,ハードフェンスの機能を確かめ,ベルトユニット工法やバイオブロック工法の可能性について検討し,風に向かって育つ森を夢見た。最近では先発隊のクロマツ林が後続のトドマツを助け,さらに広葉樹の自然侵入を促すなど風力減殺効果も見えてきた。

 木本群落は地表に風を寄せ付けない。したがって砂が飛び散ることもなく,落葉・落枝が積み重なってやがて土壌化し林床が安定する。特に広葉樹は昆虫を誘い野鳥を呼び,小動物の糞や落葉・落枝は生態系を膨らませる。

 一方,木本群落は時間と共に込み合い間引きが必要になるが,除・間伐材はチップ化されて林内歩道に敷き詰められたり,植栽木の周りがマルチングされるから,森の再生にとって二重三重の効果をもたらす。

(4)釧路の旧太平洋炭鉱のズリ山
 ここは土壌質が悪く,北風が強いために,多くの人が木が育たないだろうといっていた場所であった。そこで私は,地元の女性たちに呼びかけまず貝殻をまいてイルカの絵を描いてもらい,そこに植林をした。その後さまざまな木が育つようになった。それは貝殻のミネラル分が溶解して栄養分として吸収されたためではないかと思われる。

 木は畑の作物と違って,石ころのあるところに育つ。それは石ころの下は,砂漠のようなところでもいつも湿っており,草が生えにくいためである。そのような石ころだらけのところに木が育つのをみると誰でもびっくりする。

 また火山が噴火して火山灰によって砂漠化した後に,最初に生えるのは木である。肥料は何にもないのに木は生えてくる。一方,作物は肥料がないと育たない。逆に,木には肥料を与えてはいけない。太りすぎでは冬を越すことができない。特に北海道の樹木は,6〜7月ごろまでに生長し,夏の土用が過ぎれば越冬体制に入る。9月ごろには樹木は眠るようになるので,そうなればマイナスの温度でも死なずにいきていくことができる。

4.最後に

 札幌でおいしい水道水が飲めるのは,その水源になっている定山渓に5万haの森があるためである。いくらダムがあり水があっても,森がないと泥水でしかない。そこでここでも市民参加型の森づくりを実践している。いかに文明が発達しても,木は一本ずつ手で植えなければならない。これは地球と人間が直につきあう場面であり,自然を丸ごと知るきっかけにもなる。

 森には,大きく3つあると思う。まず私たちに生活資材を恵んでくれる「生産の森」であり,もう一つは町や村を安全に守ってくれる「防災の森」である。これらの森は,専門家によってつくられ維持されてきた。しかし,もう一つの森は「文化の森」で,市民の手でつくる森であり,ここでは自然と人間が共生し,高齢者と青少年が交流する。

 その一つの方法としてバイオブロック工法を用いて,7年余り市民参加型の植林を実践してきた。これまで体験した人々の満足度が高まると共に,専門家の間でも認められるようになってきた。数年来の経過を見ると,先駆性樹種の成林は確実であり,森の成立過程を知る上でも有効な手段と思われる。

 これからは,バイオブロック工法によって地域に相応しい「文化の森」がつくられるように,スムーズな世代間の交流が図られ,新しいコミュニケーションの場が広がることを期待している。(2005年2月21日口頭発表)