高専の現在と未来
―「ものづくり」に力点をおく専門技術教育―

小山工業高等専門学校長 霜鳥 秋則

 

1.高専とは

 日本における高専の歴史は,1962年(昭和37年)に高等専門学校(National College of Technology)制度が創設されてから40年を超えた。その出発は,日本がちょうど高度成長期を迎える時期で,大量の技術者の不足が予見されていたことから,中堅技術者養成が主たる目的であった。その後40年余りの歳月を経過して現在に至り,社会情勢をはじめ世の中の仕組みも大きく変化するに伴い,今日ではその目的も若干変わり,最近では「高度の実践的技術者の養成」とされている。

 大学工学部と工業高専との違いを端的に表現すれば,(四ツ柳国立高等専門学校長協会長の言葉を借りると)前者は工学の理論を主として勉強する「ニュートン型」人材養成と呼び,一方の工業高専は具体的に「モノ」をつくる教育の「エジソン型」人材養成と言うことができよう。

 現在高専は,国立高専が55校,公立が5校,私立が3校の合計63校ある。その中で国立高専が圧倒的多数を占めている。最近の動向をみると,大きく3つのタイプに分けられるように思う。

 第一番目は「進学型」で,群馬高専,長岡高専などに見られるように,80〜90%が大学に進学するタイプである。第二番目は「就職・進学バランス型」である。小山高専はこのタイプであるが,3〜4割が大学または専攻科へ進学し,残りが就職する。大多数の高専は,このタイプに属するといえる。第三番目は,「模索型」。東京のような大都会に位置する高専は,高等教育機関が多様に存在するためにその特長を発揮するのがなかなか困難な状況に置かれている。つまり,東京や関西圏などでは私立中学の受験者が多く,また高校受験においても他の県と比べると選択肢の幅が大きいために,高専が単なる進学選択肢の一つにすぎない。その結果,高専としての特色が出しにくい状況になっており,商船高専とともに今後の方向を検討しなければならない状況にあると思う。大都会以外の県の高専の場合には,周囲の高等学校と同じ競争環境の中で学生が集まり,理工系の一種のエリート校となっており,その特色がはっきりしている。すなわち,理工系を志望するトップレベルの受験生が比較的多いという特徴をもっている。

 このように40年余の歳月を経て,高専をめぐる環境条件は大きく変化したが,現代においても高専が取り組んできた「ものづくり」に価値を置いた教育には重要な意義があるように思う。そこでそのような観点から,以下,現在および将来に向けた高専教育のあり方について考えてみたい。

2.「ものづくり」の精神

(1)ものづくりの価値
 近年の日本における製造業界の大きな動きを見ると,多くの企業が「ものづくり」の生産拠点を中国を中心とした海外に移転させている。これは,グローバル化の進展に伴い国際競争が熾烈化したために,生産コストをいかに削減するかという観点から発想した結果である。それはまさに文科系の経営からの発想であり,そこには「ものづくり」に価値を見出す工学的発想が欠落しているように感じる。付加価値の高い製品を生産すれば,わざわざ海外に生産拠点をシフトしなくてもいいはずであり,国内でも販売可能な商品生産が可能だと思う。グローバル化の世界的潮流の中にあるために,経済の論理が大きく支配するのはやむをえないが,経済効率一辺倒で考えるのではなく工学的な発想(ものづくりの価値)を大切にした見方が,これからの日本に求められているのではないか。

(2)高度な実践的技術者
 冒頭で,現在の高専の教育目標に「高度な実践的技術者の養成」があると述べたが,まずそれについて見てみる。

 かつて高専出身者に対しては,大卒の指導的技術者のもとで器用に何でもつくれる「中堅技術者」という見方があった。しかし「高度な実践的技術者」とは,上司から言われたことをやるだけではなくて,付加価値を高める知識を自ら見いだし,自分で考えて新しい提案ができるものづくりに特化した能力を持つ技術者ということである。

 高専の卒業生を採用した企業の人事担当者の声を聞いてみると,大卒の人が現場でなかなか主体的に動かないのに比べ,高専の卒業生はすぐ自分で判断しながら仕事を進めていくので,実務能力面で優れているとの評価がある。

 ある中小企業の社長で大企業の経験もある人は両者を比喩して次のように話してくれたことがあった。「高専の卒業生は大企業に就職するのはある面で損だ。例えば,ある部署に配属になりコンピュータを使ってソフトを開発し,うまくいけば,その実績が認められ別の部署に引き抜かれてそちらに異動する。そこでも同様の成果をあげて,また次の部署へと水平に移っていく。ところが,有名大学工学部を卒業した人は,そうした即戦力の仕事は何もできないが,卒業大学のネームバリューでその部署の係長や課長に据えられ,一種の管理的能力が養成され,昇進していく。このように高専出身者は,専門技術者として同じような立場であちこちを水平に動くばかりであるが,大卒者は上に向かって動く。その点から考えると,むしろ中小企業に入れば,専門技術者としての能力ばかりではなく,指導者的な仕事もすることができてもっとやりがいがあるのではないか。」と。

(3)高専生の特徴
 高専が発足した当時は,何十倍という高い倍率の競争をくぐり抜けて学生が入学してきたために,非常に優秀な学生が多く,一を教えれば十がわかるほどであったという。しかし最近では,入学する学生にしても,幅広い学力層の学生が入ってきており,学力についても心配する面が出てきた。

 ところで,新入生に入学動機を尋ねてみると,第一の理由として,「自由」を挙げている。高邁な意味の自由というよりは,現実には「制服がない」「髪型が自由」という意味も含めているようだが。第二は,就職率がいいということ。おそらくこれは本人の考えというよりは親の意向を反映した答えかもしれない。第三は,「ロボコン」(ロボット・コンテスト)。ここ数年,テレビ・マスコミなどを通して話題になり関心を呼んでいるが,本校も全国大会で活躍しているためにそこに惹かれているようである。まさに「ものづくり」の象徴的意味あいがある。

 この中で,特に「自由」が強調されている点に注目したい。例えば,「高専は中学校などと違って,朝の登校時刻も厳格ではなく,少しぐらい遅れても授業に入ることができる」という学生もいる。逆にいえば,自分で自分の生活を律しないと,学校生活についていけない。逆説的だが,そこには「強制しない」という意味での人間性教育があるようにも感じられる。ただ,親の立場から見ると,それが「放任ではないか」との危惧の念もある。本校では人間性を高めるための特別の教育(カリキュラム)を実施しているわけではないが,幅広い一般教育などとともに自由というものを通して結果として自律の精神が養われているのではないかと考えている。

 保護者の話では,「(高専生になり)中学生から突然大学生になったような感じがする」との声を聞く。つまり,親としては学校での様子が子どもを通してわかりにくいという印象があるようだ。反面,親同士の情報交換が「後援会」活動を通じて活発に行われている。一方,中学生から急に大学生のような立場に放り出されること(自由)によって,彼らも彼らなりに自分で何とかしていこうという自律の心が芽生えてくる。もちろん,入学しても最短(5年)で卒業できない学生が,全体で20数%いるとの現実もある(留年,進路変更等の理由)。

 高専の場合,普通科の高校生や大学生と比べ,上述したように入学の動機がはっきりしているところがあり,それが学生の自律を促す背景・要因になっているのではないかと思われる。

 また,大学に編入する学生も少なくないが,そのような学生を受け入れた大学教員の方に話を聞いてみても,普通の大学生(工学部)と比べ高専からの編入生の方が優秀だという。高専の場合は,3年次で専門課程に入り実験・実習時間があるために,実践的な教育を多く受けている。そこを経て大学に編入するので,大学の授業で理論を勉強した時に理論と具体的なイメージとが頭の中で容易に結びつき理解が深まるようである。高校から大学に入った学生の場合は,抽象論ばかりになりがちで理解の程度がなかなか深まりにくいとの指摘もある。

 私が以前いた長岡技術科学大学では,ほとんどの学生が高専からの編入生で,残り一クラス程度が工業高校や普通高校からの入学者であった。まずモノを見て触れ,実際に体験的学びをした後で,大学で理論を勉強することの意義は大きいと思う。そこをうまく組み合わせるといい教育ができるのではないか。ものづくりに関心のあるタイプの学生は,高専→大学(大学院)という進路コースが適しているように思う。

 高専生と高校生の両方を同時にもつ保護者がときどきいるが,その方の話を聞いてみると,「(2人を比較して)高専に行ってよかった」と感想を漏らすことが少なくない。なかには,「高専は中学卒の段階で工業系と進路を決めてしまうのでそれが心配だ」という保護者もいるが,実はそうでもない。高校でも,2年次になると進学志望にしたがって文系・理系に振り分けられることを考えれば,ほとんどたいした差はないように思う。それなら1年くらい早く進路の方向性を決めたとしても問題がないのではないか。そして高専の場合は,センター試験なしで大学に入ることができるので5年間の一貫した専門基礎が身につくという強みもある(編入の場合は,推薦又は学力試験で入学する)。この点では,一般の高校生がやらなければならない大学入試に向けた熾烈な競争に巻き込まれることがない。比喩すれば,戦前における旧制高校から帝国大学に入るしくみと類似するといえる。

3.高専の将来

(1)教育制度の複線化として役割
 高専は,戦後教育制度の問題点の一つであった単線化から複線化への観点からつくられた経緯があるが,工業系の分野ではその目的を果たし成功しているように思う。当初の高専設立の目的は,中堅技術者の養成ということであったが,早めの段階(中学卒)からスタートさせたことで,結果として教育制度の複線化を促すことになった。

 今後の課題としては,高専はみな広い意味で工業系なので,それ以外の分野にどう応用展開できるかという点があるだろう。戦前の制度では,教師になるためには高等師範学校があり,医師になるには医学専門学校があり,軍人になるための学校もあった。そのような他分野においても,こうした複線化の道を今後展開していく余地があるかもしれない。高専の教育には,上述のようなよい面が多くありながらも,世の中からなかなか認知・評価されないとの厳しい側面がある。即ち,毎年全国で1万人程度の卒業生を出しているだけなので,18歳人口の中ではわずかな割合になってしまい,全体の中では埋没してしまっている。もちろん工業系の中に限ればもう少し割合は上がるものの,それでも小さい勢力であることには変わりない。

(2)独立行政法人化
 高専の独立行政法人化は,国立大学の場合とは若干ニュアンスが違っている。国立大学は,それぞれの大学が一つの法人となるが,高専の場合はそうではない。各高専が一つの法人になるのではなく,全国にある55の国立高専が全体で一つの法人となる。全国にさまざまな55の高専があるのに,法人本部機構がそれらについて全部こと細かく把握できるはずがない。その意味では,各学校ごとに特色をもって運営できるし,さらには全体を一つとしてとらえて再編することも可能であろう。例えば,本校の場合であれば,近くに工場群が集積するという環境条件があるので,それらと協力しながら技術力を高めるという特色を出すことができる。

 公立や私立の高専も,今後新たな動きを展開している。例えば,都立工業高専と都立航空高専は,都立大学の再編の中でその展望が模索されているし,札幌市立高専はデザイン・芸術系であるが,今後4年制大学に移行する方向にある。ちなみに,埼玉県・神奈川県には現在高専がないが,以前は私立の高専があったのに,それが大学に転換したためになくなった。

(3)高学歴化と高専のあり方
 これからの世の中は,大学の大学院重点化の動きに象徴されるように,高学歴化が進行している。例えば,大学工学部の卒業者は「エンジニア」扱いされず,修士課程前期(修士課程)を経て初めて「エンジニア」とされる。工学部卒(学士)の場合は,工学のことを知っている営業担当という人事配置が少なくない。しかし高専卒業の場合は,それだけで「エンジニア」扱いになる。もちろん修士課程修了者との差はあるが,エンジニアの立場では同列で頑張っている卒業生が少なくない。

 大学進学が大衆化した今日の世の中では,大卒者数が多いのでその価値が相対的に低下せざるを得ない。その中で,エンジニアとして活躍するためには,より高学歴化(修士課程,博士課程)を進めていかざるを得ない。そうなると,高専卒のエンジニアとの差が,固定化されかねない状況が生まれてくるが,果たしてそれでよいのか。その一つの対応策として,高専の上に専攻科2年の課程を設けた制度改正があった(1991年)。しかし,今後,高等教育制度の中における専攻科を含めた高専の位置づけをどうするかという重い課題が残されている。

 また歴史的には,高専も大学化を望んできた面がある。既に私立の高専の中には前述のように既に四年制大学になったものもあるが,国立高専においても,名称が「高等専門学校」となっているために,普通の専門学校と同列に見られてしまいがちである。エンジニアとして優秀な学生を出しているのに,世の中のよい評価が受けにくくなっているので,やはり「大学」という名称がほしいという背景がある。そこで「専科大学」という名称に変更してはどうかとの動きが永年あった。ただ,単純にみなそれに賛成しているわけではなく,さまざまな議論があり模索を繰り返してきたことも確かである。このように高専は,高等教育の中における位置づけがなかなか難しく,方向づけが定まらなかったという歴史的背景があった。

(4)今後の展望
 高専の未来に向けた展望について,私見をいくつか述べたい。
まず,いわば高専の下に向かった拡大化という考えである。近年中高一貫教育がうたわれるようになっているが,それと同様に中学段階を包含した高専のあり方を模索するという道である。高専は中学卒から入ってくるために,入口の段階では高校と競争しているかたちになっているが,今後は,中高一貫教育の学校との競争も視野に入れる必要があろう。

 次は,上に向けた拡大化である。現在,高専5年課程の後に2年の専攻科があり,それを修了し大学評価・学位授与機構に申請すれば「学士」の学位が授与される。それならば,高専自体で学士を出すことができるように制度を整備していく必要があるのではないかと考えている。

 また,海外に向けた発展も考えられる。高専にも海外からの留学生(高卒レベル)が少なからずおり,本校にも現在10数名の留学生が来ている。彼らは多く大学に編入していくが,高専での生活経験もあって日本語能力が向上している。彼らは,直接大学に入った他の留学生と比べると日本語運用能力に大きな差がある。そこで,日本の高専の代表校が海外に現地校(3年制程度)を設置し,現地の中学卒者を受け入れて勉強させ,希望する者には日本の高専に編入させていくことが考えられる。既に日本語と専門基礎の一部をその現地校で学んでいるので編入は容易に進むのではないか。

4.最後に

 中国の「世界の工場化」が進行する中で,日本での付加価値の高いものづくりを進めていくためには,優秀な人材(技術者)の養成が急務となっている。その中で,高専の卒業生の果たす役割・期待には大きいものがある。日本の得意分野は,電化製品に代表されるような細かくて小さいものづくりであるように思うが,その分野を伸ばしていくようなことが重要ではないか。例えば,スウェーデンのボルボは,同じ工程・技術でやっても他国で作ったのでは同じ性能のエンジンを製造することができないという。それは鉄鉱石など原材料の面から始まって風土・民族性などがかかわっているようだ。日本の文化は「匠」の文化といわれるが,その国の伝統と文化に基づくものづくりを進める必要がある。また日本では高度な技術者が尊敬された国であったので,そのような特色を活かした技術者養成教育が期待されている。 (2004年3月4日)

※尚,霜鳥秋則氏は,2004年4月より大学共同利用機関法人「自然科学研究機構」理事に就任された。

<参考>
■学校教育法
第七十条の二[高等専門学校の目的]
高等専門学校は,深く専門の学芸を教授し,職業に必要な能力を育成することを目的とする。
第七十条の六[専攻科]
高等専門学校には,専攻科を置くことができる。
第七十条の八[準学士]
高等専門学校を卒業した者は,準学士と称することができる。
第七十条の九[卒業者の大学編入学資格]
高等専門学校を卒業した者は,文部科学大臣の定めるところにより,大学に編入することができる。

■高専略史
 我が国の高度経済成長により,昭和30年代において,科学技術者に対する需要が著しく増大し,特に工業に関する実践的技術者の不足が痛感された。こうした情勢に対応し,昭和37年に,理論的な基礎の上に実践的な技術を身につけた第一線の技術者を養成するため,中学校卒業者に五年間の一貫教育を行う高等教育機関として,高等専門学校の制度が創設された。

 国立高等専門学校の設置については,各地域からの要請が強く,37年から40年までの短期間に全国に43校設置された。42年には,それまでの工業に加えて商船に関する学科も設置できるよう制度改正され,国立商船高等学校の昇格により,5校の商船高等専門学校が設置された。また,46年には,国立電波高等学校の昇格により,3校の電波工業高等専門学校が設置された。49年には,機械電気工学科,土木建築工学科など複合的な学科からなる徳山及び八代の工業高等専門学校が設置され,以後,既設校の充実に努めてきたが,平成14年10月に,沖縄振興において長期発展の基礎となる人材育成の果たすべき役割が極めて大きいものがあることから沖縄工業高等専門学校が創設され,現在55校が設置されている。

 公私立は,37〜8年に集中的に設置され,現在は公立5校,私立3校と学校数は少ないが,航空工学科,インダストリアル・デザイン学科など特色ある学科が設置されている。

 高等専門学校に対しては,卒業後の大学進学の道が極めて限られているという批判があったため,47年から国立大学の工学部に高等専門学校卒業者等を受け入れるための3年次編入学定員を順次設定していった。

 また,技術革新の進展に対応し,実践的・創造的能力を備えた指導者的技術者を養成するため,51年に長岡と豊橋に技術科学大学を創設し,主として高等専門学校卒業者を対象とする第3年次への大幅な編入学定員を設け,大学院修士課程まで一貫した教育を行うこととした。

 科学技術の進歩や産業構造の変化は著しく,昭和50年代以降,高等専門学校が時代の進展に対応して改組転換を進めることが重要な課題となった。(中略)科学技術の高度化に伴って,卒業後も高等専門学校にとどまってより高度の教育研究指導を受けることを希望する学生が増加していることなどから,平成3年に高等専門学校に専攻科が設置できることとされ,平成14年度までに42校の高等専門学校に専攻科が設置された。これらの専攻科は大学評価・学位授与機構の認定を受け,その修了者は,一定の要件を満たせば同機構から学士の学位を授与されることとなっている。
(文部科学省「文部科学時報」平成14年12月号,特集「高等専門学校40年」より引用)