日本の国際教育協力の現状と課題

国際協力銀行開発セクター部課長/広島大学CICE客員研究員 吉田和浩

 

1.教育開発の国際的動向

(1)「万人のための教育」
 教育開発という分野の中では、最近の潮流として「万人のための教育」(Education for All)ということがよく言われている。このきっかけとなったのが、1990年にタイ・ジョムティエンにおいて開催された「“万人のための教育”世界会議」(The World Conference on Education for All)であった。これはそれまで静まっていた教育投資の重要性に対する認識が80年代以降になって高まり、その中で開催された国際会議である。その結論として2000年までに国際社会が達成すべき課題として6つの目標が確認された。その主な内容は、すべての子どもたちに質の良い基礎教育を提供し、成人非識字率を減少させることなどであった。

 しかし実際には2000年になってもその目標は達成されなかった。そこで2000年4月にセネガル・ダカールにおいてそのレビューのための会議(世界教育フォーラム、the World Education Forum)が開催された。その中でこれまでの取り組みは現状の改善には役に立ったものの目標達成のためには不十分であったことが確認され、その上で「ダカール行動枠組み」(Dakar Framework for Action)を作成し、「万人のための教育」(EFA)の達成期限を2015年に設定しなおした(注1)。

 また2000年9月の国連ミレニアム・サミットにおいては、ミレニアム宣言と共にMillennium Development Goals (MDGs)が発表されたが、その中でも2015年までに「万人のための教育」や、貧困層比率の半減などの目標が設定された。

 しかし現状のままの取り組み姿勢では、何十カ国かは目標達成が困難だとの懸念から、世界銀行も含めたさまざまな援助機関が「万人のための教育」達成のための加速的努力(Fast Track Initiative)を傾けている。国際援助機関がそのような援助を行う際の判断基準として、二つのクリテリア(基準)を設けている。その第一は、それぞれの国が貧困削減のためのフレームワーク(貧困削減戦略ペーパー、PRSP)を持っているか否かという点であり、第二は、教育に関する外部機関が一緒に支援するにたるその国家の教育開発政策をもっているか否かという点である。そしてこの二つの条件を満たしている国に対して、国際社会は重点的に支援しようとなった。具体的には、EFAの目標達成が難しい国や、未就学比率はそれほど高くないものの未就学者の絶対数が大きい国に支援を強化しようとなった。当初18カ国が選定され(アフリカ、南アジアなど)、さらに要件を満たす次候補国として5カ国を追加し、全部で23カ国を選んで支援を行うこととしている。

(2)セクター・ワイド・アプローチ
 公的な開発支援を行うに際しては、さまざまなアプローチがあるが、これまでの反省の上に立ってより効率的に行う方法として「セクター・ワイド・アプローチ」というものがある。従来の開発支援では、個々の援助国や国際機関が特定のプロジェクトをそれぞれの計画に基づいて実施していたが、プロジェクト同士の相互調整が十分でない場合があり、効果的な援助が実現できないことがあった。そこで、援助国や国際機関と被援助国が協力して個々の分野ごとに整合性のある開発計画を立てて実施するという方法が進められている。これを「セクター・ワイド・アプローチ」という。これによって複数ドナー(開発援助供与国・機関)の支援の相乗効果が高められ、その国の政府が主導的役割を果たすことが可能となる。

 「セクター・ワイド・アプローチ」による支援の具体的方法として、“common basket”という考え方がある。ここに途上国Xのバスケットがあるとしよう。その中にドナーA、ドナーB、ドナーCも皆資金を醵出し、この資金の全体を使って共通の政策枠組みの実施を支援するというやり方である。政策枠組みの形成段階から当事者が一緒に議論を行うほか、実施段階においても、中間評価、見直し、さまざまな段階で当事者が一緒に議論に加わる。特に初等教育の支援においては、このやり方がかなり広く行われるようになっている。南アジア、サブ・サハラ・アフリカを中心に、90年代半ば以降登場した支援スタイルである。

 しかし、その方法にも課題がないわけではない。一つのバスケットの中に拠出した場合、支援国は自国民に対してどう説明責任を果たすのかという問題である。つまり、支援した額が具体的にどのような成果につながったのか不明瞭で、責任の所在があいまいになってしまうことで、自国民に対して説明責任が果たせないのである。

2.日本の海外教育支援

(1)戦略性に欠けた日本の支援
 そこで日本の支援方法も、従来のやり方の長所と欠点を反省しつつ、こうした国際的潮流を取り入れて進めようとしている。昨年のカナダ・カナナスキス・サミットに向けて外務省が中心となり準備した「成長のための基礎教育イニシアティブ」もその点に触れている。すなわち、開発途上国の初等教育普遍化、万人のための教育への新たな焦点の中でセクター・ワイド・アプローチの重要性、援助手続きの調和化、世銀が公表したファースト・トラック国リストの考慮などである。こうした課題について日本政府としても認知し、何らかの対応が進みつつある。

 このように「万人のための教育」(EFA) という世界共通のテーマはあるが、日本の教育分野におけるODAについていえば、日本がどのような分野について、どの国に優先的に支援すべきかという明確な方針がこれまで必ずしもはっきりしていなかったように思う。例えば、就学率が低い国に優先的に援助するのかというと、そういうわけでもなく、日本にとって重要なパートナーを支援してきたこともあった。あるいは歴史的に関係の深い国とか、円借款であれば、貸した金が戻ってくるに値するような国などである。これまでの日本の支援のやり方は、そのような国々に対して果たして優先順位をつけて戦略的に支援を行ってきたのかについても見直す必要がある。

 一般に、世銀の場合でも同様だが、ニーズが一番あるところに資金が流れるわけではないという現実がある。それゆえにすばらしい目標を掲げながらもなかなか目標達成ができないという現状につながっている。

 また仮に、ニーズのある国に資金が流れたとしても、果たしてこの国がその資金を有効に使うことができるのかという問題もある。つまりその国にそうした国際支援をきちっと使いこなせる制度的な仕組みが整っているのかという課題である。

 またさまざまなドナーが個別にその国に援助で入ったとして、相互の調整がなされず各ドナー任せの場合、最終的に全体としてどう評価するのかという仕組みもできあがっていない。基盤の脆弱な国は相当努力しないと、このような国際的支援もなかなか使いこなせずにいる。

(2)ODAの仕組み
 ここで日本のODA(政府開発援助)の種類について簡単に説明しておく。
ODAは資金の流れから大きく二国間援助と多国間援助とに分けられ、前者の形態には贈与と有償資金協力(円借款)があり、さらに贈与は無償資金協力と技術協力とに分類される。また多国間援助とは、国際機関に対する出資・拠出である。(図表参照)

 上述の分類の中で、国際協力銀行(JBIC)は二国間援助の中の有償資金協力(円借款)の実施を主に担当している。

3.日本の抱える課題

(1)支援の「質」向上とビジョン策定
 教育開発支援においては、近年その「質」が問題にされている。これまで特に初等・中等教育への開発支援で多かったのは、学校建設、資機材供与、訓練をセットにしたものなどであった。しかしその後、そうした「箱もの」ばかりではなく、教育の需要サイドへの配慮を含めた現場重視の考え方へとシフトし、学校機能強化のための支援に力点をおくようになった。即ち、ソフト(教員訓練、カリキュラムなど)や、社会のニーズ(学校を中心としたコミュニティーがもっと参加するための支援のあり方など)への配慮などである。そして「箱もの」を支援する場合でもそれが現場で有機的かつ有効に機能するにはどうすればよいのか、そのためには何が必要なのかを考えて支援する。

 そういう段階になると、援助機関同士の連携が必要となってくる。一つのプロジェクトの中でそれぞれのドナーがきちっと棲み分けしながら有機的に進めるというのは至難の業である。現場のほうから見ると、日本には資金、技術、経験もあり積極的に来てほしいと期待されているのだが、現場の声に対応するために日本はどうするのかという仕組みがない現状なのである。

 本来はそのような現場の声に対応して、日本としてこれだけのポテンシャルがあるからここまではできる、また十分でないところは他の機関と協力すれば可能だというように、全体像を見据えながら個別支援を行う必要がある。このように海外への教育開発支援における課題としては、日本が教育支援における個別の分野ごとに持っているポテンシャルがどの程度なのかについて、トータルに見極められていないことであろう。教育協力に携わる関係者の間で、これくらいのチャレンジであれば日本として対応できるという共通のイメージがないと、うまく対応できない。

 また教育協力についてのビジョン、日本が今後どのような方向に進んでいくのかについて、しっかりした道筋ができていないことも指摘されている。個別の課題については多くの人々がチャレンジングな仕事をやっており、それぞれは非常に評価すべきものであるのだが、それらを総合的に駆使することができればもっと大きな効果が上げられると思う。実際には卓越した人がリーダーシップを発揮して引っ張ってくれればかなりのことができるであろう。

(2)ソフト、ナレッジベースの確立とネットワーク化
 途上国のニーズを把握したという前提で、日本からの支援に期待している部分について、それに対応し提供できるソフト、ナレッジベースが弱いという課題もある。また海外への教育支援に関連して日本が持っている有効な知見があったとしても、そのままでは現地にトランスファー(転化)することができない。つまり日本の経験を途上国にそのまま適用するといった単純な図式ではなかなかうまくいかない。

 戦後日本の経済成長を支えたものには、識字率の高さ、教育熱の高さ、公立職業訓練学校の役割などがある。こうした教育分野での偉業のうち、より基本的な部分では今日の途上国にも生かせるものがあるはずである。

 そのためにはまず、途上国が今日抱える問題点について的確に調査・把握した上で、異なる環境にある彼らの視点から日本に何を求めているのかを察知する努力が必要である。そこで日本の知見と現場との違いを明らかにし如何にアジャストすべきかについて整理できれば、トランスファーするときに役立つに違いない。特に教育支援の場合、文化についての理解、現地国が歴史的に置かれている位置などについて十分考慮する必要がある。教育分野に限らず、そのよしあし、ゆがみをも含めて、日本の知見を歴史的に整理しておくことは重要である。しかしそのことを個人が全ておさえるのには限界があるから、ネットワーク化しておくと今後有効に活用できるであろう。

 昨年度から文部科学大臣の諮問機関として国際教育協力懇談会が設置され、現在では初等・中等教育の開発支援における日本の知識、人材総動員の拠点システムの構築、そのネットワーク化を進めようとしている。例えば、文科省が主導した現職教員がJICAのスキームで一定期間休職するにも制度上難しい課題があり、数年現場を離れて海外で活動した後に、教員が現場に復帰するタイミングはなかなか難しい。このような課題に対して文科省もJICAと協力しながら取り組もうとしている。

 また現在国立大学の中で、教育分野における国際協力の拠点センターがあるのは、広島大学と筑波大学である。これらの二つのセンターをシステムの拠点としつつ、国際協力の専門家、知見を持った人などのネットワーク化を進めようとしている。将来は、その促進のための国際会議も検討されているという。

 日本に対して海外の支援国・現場から求められていながらも弱かった面が、最近では少なくとも議題にのぼり、そして少しずつではあるが改善されてきている。その意味で、ここ数年の動きは非常に希望の持てる方向になっている。

4.今後の展望

 人材育成分野に対する支援の方向性としては、教育分野の課題を把握した上で、ここ十年ほど初等・中等教育一辺倒であった国際教育協力の動きから、今後は高等教育も大事だとの考えが国際的にも強まっている。

 これまでのJBICの教育協力においては、案件数、金額などのデータから見て高等教育に対する支援の比重が高かった。これに海外留学借款をも含めると、教育セクター借款のうちの優に過半数を占めることになる。一方、JICAの教育・人材育成案件割合をみると、案件全体の約1割程度であり、そのうち初等・中等教育の比重が高いのとは対照的とも言える。

 またグローバル化の動きの中で、大学の役割が国際協力の視点からも見直されている。このような世の中全般の動きとこれまでの取り組みをおさえた上で、これまでJBICがやってきた高等教育を中心とする支援について(主にアジア諸国が多い)、よかった面、不十分だった面、さらには教訓も含めて、今後どうすべきかを今後の実施方針として打ち出すこととした。

 これからは産業人材育成だけではなく、貧困削減、人間開発、人間の安全保障などの新しい考え方も取り込みながら、社会のニーズに対応した幅広い意味での教育機能が教育支援に期待されている。なんとなくまんべんなく支援するのではなく、社会的弱者、貧困層などにターゲットを絞って支援する。

 中等教育についていえば、途上国の子どもにとっては中等教育までで教育を受ける機会が終了するという場合も少なくない。中等教育の就学率が世界的にはまだ低い中で、そのような人々は中等教育に何を期待しているのか。継続的に大学に進学している国々の中等教育とはカリキュラムにしても違って当然であろう。このように中等教育といっても単純化することは難しいので、各国の事情や期待を踏まえた支援が必要になってくる。

 高等教育支援については、国の要を担うリーダー育成という観点のみならず、教育セクター全般を開発リードしていく教員人材養成という意味もある。教育行政という教育セクター全般にとっても必要な役割があると思う。自分たちの持ち味を生かせる部分はそれをもっと強化しつつ、新しい課題がでてきているので、他機関との協力をどう進めるかについても検討していく必要がある。

 留学生借款については、留学生が自国に戻ってどのような活動をしているか、その後の日本との関係にどの程度の継続性があるかという観点から評価することができる。他国に留学に行った人と比べ、日本での教官とのつきあいの継続性は非常に高いと評価されている。しかし、帰国した後の活動の場がどの程度確保されているか、あるいは日本で一緒に勉強した人同士のネットワークがどの程度有効に機能しているかなどについては、弱いとの指摘もあり、今後の課題となっている。
(2003年8月5日)

注1 ダカール行動枠組み
 2000年4月にセネガル・ダカールで開催された「世界教育フォーラム」で採択された目標で、以下の6つを掲げている。
@就学前教育の拡大・改善
A2015年までに、すべての子どもの無償初等教育へのアクセス確保
B青年及び成人の学習ニーズに対する十分な対応
C2015年までに成人識字率の50%の改善と、成人基礎教育へのアクセスの平等の確保
D2005年までに初等・中等教育における男女格差の解消、2015年までに教育現場における男女平等の達成
E教育の質的向上