園芸療法について

北海道大学  名誉教授   谷口 博
札幌国際短期大学 講師 瀬山 和子

 

 要旨:21世紀を迎え社会情勢が複雑になり、人間らしさを求める欲求と心の中を脅かす葛藤の増加が認められ、それらは人々に与える障害の原因ともなっている。これを取り除く治療手段の一つに園芸療法があり、現在我が国でも健康保険の適用が認められ、癒しの効果のあることが知られている。この園芸療法の起源はアメリカ合衆国における1800年代の精神病患者のための園芸活動であり、1900年後半には園芸療法協会が設立され、今日に至っている。我が国には、1993年にアメリカ合衆国より園芸療法が紹介され、その効果が認められ園芸療法士の養成へと進展している。
キーワード:園芸療法・ガーデニング療法・植物療法

1.まえがき

 20世紀後半から21世紀を迎え、昨今の社会情勢は益々複雑になり、人間らしさを求める欲求と我々の心の中を脅かす葛藤の増加が認められ、人々に種々の精神的障害あるいは様々な行動を引き起こす原因ともなっている。これを取り除きあるいは軽減する治療手段の一つとして園芸療法があり、現在は我が国でも健康保険の適用が認められ、植物に触れ育てること、鑑賞することなどによって、癒し効果のあることが知られている。各国に普及している園芸療法の起源を探ると、1812年アメリカ合衆国のベンジャミン・ラッシュによる精神病患者のための園芸活動であると云われている。その後、アメリカ合衆国で1987年に園芸療法協会が設立され、これに従事する人々を園芸療法士と呼ぶようになり、社会に認知されたのである。我が国では、1993年にアメリカ合衆国のダイアン・レルフ教授による招待講演で園芸療法が紹介されたが、翌年の同教授らによる園芸療法ワークショップによって広く知られるようになったと云えよう。1995年の日本園芸療法研究会の設立、1997年の岩手県での世界園芸大会、1998年の東京農業大学でのヨーロッパ園芸療法セミナー開催を経て、九州大学大学院の松尾英輔教授による園芸療法の提唱を契機とし、精力的な活動の結果として園芸療法の端緒が開かれたのである。その後は、1999年の北海道におけるダイアン・ラルフ教授の園芸療法セミナー開催、2001年には松尾英輔教授による人間・植物関係学会の創設があり、同年の瀬山和子らによる北海道HT園芸療法研究会の設立へと引き継がれ、我が国における園芸療法の基礎が築かれたと云えよう。

 園芸療法の適用は、健康保険適用による理学療法の一種として行なわれる場合、介護保険適用を視野に入れての高齢者を対象とする場合、自費による健常者を対象とする場合など広範囲に亙ると考えられ、全ての人々の身体と心の健康を回年復させる方法なのである。すなわち、園芸活動を通じて人々と植物を結びつけ、植物を育てる行為によって障害を除く治療であり、その効果が認められている。人々は健康であるか否かに関わらず、様々な障害を抱えているが、園芸療法によって治癒することができるので、機能障害の治癒・身体の機能訓練にも効果があることを知っていただきたい。従って、園芸療法は自然に触れることで人間と植物の係わり合いを理解し、博愛の心を育て、心の回復と身体機能の回復を可能とすると云えよう。現在の複雑な人間関係を和らげるために、園芸療法が身近な保健医学の分野にも取り入れられて、健常者にとっての生活指導の役割を果たすことにもなる。

 ここでは、園芸療法の重要性を理解していただくため、その概要を紹介するとともに、アメリカ合衆国などにおける実状と必要な機材・施設について述べている。当然のことであるが、北海道のような積雪寒冷地と本州などの温暖地との差異についても知る必要があり、今回は積雪寒冷地での状況も紹介しておくので、関係者からのご意見を寄せていただければ幸いである。また、北海道における園芸療法は初期の人材育成段階であり、種々各方面からの援助・支援が必要で、そのためにも現状への理解をお願いしたい。

2.各国での園芸療法への取り組み

(1)アメリカ合衆国
 1812年のベンジャミン・ラッシュによる園芸療法の起源は、精神障害をもつ患者への庭園での作業が治療効果をもたらすと言及したことであり、その後1948年のラスク・リハビリテーション医学研究所の専門施設・設立へと発展している。第2次大戦中に、リハビリテーションの父と呼ばれているラスク医師による従軍兵士への園芸療法が既に行なわれており、戦後の1959年には園芸療法温室での身体障害者の治療プログラムへと結びつくことになる。一方、1977年にシカゴ植物園でのユニークな園芸療法プログラムの設定があり、1987年の園芸療法協会・設立となったのである。

 著者の一人である瀬山は、最近アメリカ合衆国における園芸療法の中心的な役割をしているシカゴ植物園を訪問する機会を得て、関係者に会い園内の施設・療法の理念について詳細な説明を受けることができた。ここに設置されているイネーブル・ガーデンには、バリアフリーの施設が整っており、視聴覚に障害をもつ人々にも五感を通して植物と触れ合う機会を与え、車椅子利用が可能な特別な苗床・機材などの導入もあり、どのような障害をもつ人々でも参加できるよう考慮されていたのである。また、シカゴ市にあるハンソン・センターを訪問し、園芸療法クラスにも参加する機会を得たが、精神的な障害をもつ成人男女が土・植物・花卉に触れ、園芸療法プログラムを楽しんでいる様子を身近で知ることができた。アメリカ合衆国における園芸療法の権威であるバージニア工科大学のダイアン・レルフ教授にも会い、関連するセミナーにも参加して認定証を受けている。

 アメリカ合衆国における園芸療法の大学教育課程は、1973年にカンザス州立大学に設立されたのが最初であるが、現在では大学院課程も設置されており、それぞれ通信教育課程も設置されるなど、重要視されている教育分野なのである。また、ユニークな活動としてバービリ病院における知的障害者への職業訓練センターが知られており、その他にも園芸療法を行なっている病院・更正施設・高齢者養護施設があって、専門スタッフを養成する1年間のプログラムが提供されている。長年のノウハウを集大成した結果から、アメリカ合衆国の精神医学会によって園芸療法の効果が認められており、新しい疾患としての心的外傷後ストレス障害・BPD境界型パーソナリテイ障害・対人関係や親子関係の悩みなどが対象となっている。昨今の医療・福祉費用の支出増に関連して、早期回復を目指す見地から、園芸療法プログラムとしての栽培温室によるデイホスピタルの実施など、新規の取り組みも検討され効果をあげている。

(2)イギリス
 1987年のアメリカ合衆国と同時に園芸療法協会が設立されており、障害をもつ人々への対応が組織的に開始されたのである。しかし、イギリスでの園芸療法の起源は古く、精神病院での農業への従事を通じて、自然の癒しの力を利用する試みがあった。園芸療法についての調査は、1986年に精神病患者を対象に行なわれており、地域に根ざした療法としての価値が認められ、デモンストレーション・ガーデンの設置とネットワークの構築への必要性が論議されている。その結果、関連する人々の生活向上を妨げているのは、無知・コミュニケーション不足・人的援助と財源不足であることが分かり、改善策が提出されたのである。また、長期療養の必要な患者のためのスタッフを養成する職業訓練施設の整備も行なわれ、1986年には技能を5段階で評価する職業資格の付与も実施された。その結果、障害者が職業訓練を経て社会参加することも可能であることが分かり、実際的な事前訓練に力点をおいた仕組みが提供され、今日に至っている。

(3)オランダ
 1979年から、ベルケン・ロード財団が運営する青少年身体障害者を対象とした教育・訓練目的の国立学院が発足しており、16〜25歳の身体障害者のための職業訓練センターを開設したが、ガーデンコースでは園芸、グラフィックコースではアートおよび経理を学ばせている。また、園芸療法士とアシスタント養成のための特訓コースも開設されており、短期間の勉学による資格付与が行なわれたが、同財団は園芸療法の施設普及のため1985年にデモンストレーション・ガーデンを建設し、関係者に対し園芸療法のノウハウを教えることとした。同時に、グリーン&ハンデキャップ財団への庭園設計の援助・障害者のための機材の導入など、必要な措置への努力を行なっている。1988年には、ケルクレイド市において種々の基金団体・個人による寄付とボランテイア活動が実を結び、身体障害者のための園芸療法ガーデンが整備され、デイケア・センターとしても活用され有効に機能している。この施設は、人々の能力に応じ開放の場となる出会いの機会を与えるため、園芸療法ガーデンとしてのレイズベッド・ビニールハウス・視覚障害者コーナー・ハンキングバスケットなどが整備されている。

(4)ベルギー
 1984年には、シュニ州立の養護学校・創立100周年記念事業による園芸療法ガーデンの整備が行なわれ、自然界の微妙な香を視覚障害児に発見・識別させる試みを実施して、この施設の役割・植物の香と触覚の価値が認識されたのである。その後、1985年に視覚障害者への本格的な園芸療法ガーデンがウージンケン公園の一部に開設され、日常から離れた静けさ・くつろぎ・自然との触れ合いを提供している。勿論、健常者に対しても開放されており、聴覚・臭覚・触覚などで認知できることを理解し、視覚以外でも楽しめることを知ることができるよう考慮されている。このことは、園芸療法を普及するために重要な事項の一つであって、園芸療法スタッフの養成や施設の導入に際して十分に検討しておきたい。

(5)カナダ
 アメリカ合衆国と同様に、1987年には園芸療法協会が設立され、園芸療法プログラムの開発援助・園芸療法の利用促進が行なわれている。ザ・ロッジアット・ブロミロード老人ケア施設では、認知能力障害をもつ人々を対象に家庭的な雰囲気を保たせるような考慮が払われており、居住者の自立・自尊心の維持・家族や地域との繋がり・居住者によるプログラム選定・居住者の会議への参加など、新しい理念を通して園芸療法の効果をあげるための努力が払われている。この施設には、瞑想の庭・街角の設置・ヒーリングセンター・オールドファッションセンター・ビレッジグリーン・西海岸の模擬・コッテージガーデン・ネイチャールームがあり、それぞれ居住者の希望により選ぶことができる。

3. 園芸療法の環境

 園芸療法施設としてのガーデンは、健常者・障害者・高齢者の区別なく何れの人々に対しても利用可能な形態を備えている必要があり、年齢の如何にかかわらず全ての人々が集うことができる施設であって欲しいのである。また、北海道のような積雪寒冷地を想定するならば、他の温暖地と異なる考慮が必要であり、とくに冬季への対応が重要事項となろう。当然のことであるが、園芸療法ガーデンには、木質材料を主とした施設・機材を導入し、金属の使用は極力少なくする工夫が望まれる。庭園部分は植物を中心に構成され、ガーデニングの簡単な技術が学べるとともに、視覚面での美しさのみならず、機能的な面での配慮が必要なのである。例えば、花壇の高さが障害をもつ人々にとって適当であるか、目の不自由な方が立ったままの姿勢で花壇の手入れができるか、車椅子の人々にとって植物に触れ易い昇降可能な花壇が用意されているか等、園芸療法を実施するための工夫と機材の導入が望まれる。当然のことであるが、園芸療法の庭園は、その中で楽しい時間を過ごすことによって、各自がもつ願いが少しでもかなえられる楽しい気分になり、新たな希望が湧くような施設であって欲しいのである。このことは、我が国での健康保険適用による理学療法の一種として行なわれる対象者、介護保険適用を視野にいれての高齢者、自費による身体と心の回復を対象とする健常者の如何にかかわらず、園芸療法の施設として共通の事項であると云えよう。

 我が国でも、各地域の公園内に園芸療法ガーデンが設置されているならば、老若男女全ての人々が憩い集う場となり、現在の子供を中心とした公園のイメージから脱却した、高齢者時代を先取りした施策の実現が可能なのである。高層住宅の集合する大都市の一角に、園芸療法の環境が導入される計画が実施されるならば、都市環境の新しい形態としてのコーナーができるので、園芸療法の専門家の知恵が発揮される場となるかもしれない。日本庭園の良さは各国で認められているので、園芸療法の環境造りにこの伝統を取り入れ、人々に優しい施設としての庭園を普及したいところである。とくに、盆栽は世界中に認知され、海外のフラワーショップにも置かれていることを知るならば、和の文化としての伝統の大切さを再認識して、我が国らしい園芸療法ガーデンの確立に努力したいと考えている。すなわち、形式を重視する伝統文化としての日本庭園ではなく、積雪寒冷地あるいは温暖地にふさわしい新しい園芸療法ガーデンを模索して、人々の生活環境の中に植物の力を借りながら、心身と心の健康を維持する場を構築したいと云えよう。

(1)海外の例としてのイネーブル・ガーデン
 筆者の一人である瀬山は、アメリカ合衆国のシカゴ植物園内に設置されている園芸療法のためのイネーブル・ガーデンを調査する機会を得たので、園芸療法の環境造りの参考になると考え、紹介することとしたい。この施設は、能力如何にかかわらず、すべての人々の訪問を歓迎し、各庭園の利用により一連のプログラム参加して楽しむことができるコンセプトを掲げてきたが、1988年にはビューラー・イネーブル・ガーデンとしての新たな出発に際し、園芸療法の付託が行なわれるようになった。その結果として、人々にとって安全・快適で健康的なガーデニングの必要性を認識させるのに役立っている。

 この施設は、単に障害をもつ人々のために提供されている場ではなく、全ての人々に対し庭園とガーデニングから得られる効果を知るためのショーウィンドとしての役割を果たしている。すなわち、普遍的なデザインの原則によるバリアフリーの庭園・機材・技法を知る基本構成、生涯に亙って利用できる施設としての資料提供、医療・福祉関係者への園芸療法の価値認識など、いくつかの目的を持っていると云えよう。さらに、専門的な訓練の場も提供しており、園芸療法のための研修ツアー・インターン・シンポジウムのほか、認定証授与のプログラムも含まれている。ここで、園芸療法に関連する種々の施設を紹介すると、次のとおりである。

1)コンテナー・コート:庭園の中央部がコンテナーに植えられた花卉で一杯になっており、周囲は苗床で囲まれている。
2)ギャラリー・ガーデン:訪問者の入り口に設置されており、回廊を配した庭園である。
3)センサリー・ガーデン:活き活きとした色彩の豊富な空間であり、感覚・香り・感触を楽しむ庭園である。
4)オーバールック・ガーデン:南側の素晴らしい景色を展望できる庭園で、セミナー・各種行事などにも自由に使える空間である。
5)南パビリオン:ベンチや上下動可能なハンキングバスケットを設置した散歩道があり、涼のための散水・気持ちを和らげる音・水の動きなど訪問者を楽しませてくれる。
6)噴水と泉:車椅子の人々でも触れることのできる位置に流水があり、水生植物の感触も味わうことができ、泉の音は豊かな生命力を想像させる。
このような各施設を繋ぐ通路は、車椅子を利用する人々への障害がないこと、傾斜部には手すりを設置するなどとともに、センターラインを設け対面交通への配慮もなされている。
施設内でのツアーが種々用意されており、専門的なスタッフによるプログラムにより参加することができ、次のとおりである。

1)無料の気ままツアー:予め計画を立てていない人々のための庭園ツアーで、特徴ある施設を回ることができる。
2)有料の専門的ツアー:医療・福祉関係の設計者、庭園の建設・設計者などに主眼をおいた専門的なツアーである。
3)計画ツアー:予め計画を立てて参加した人々を対象としたツアーであり、園芸療法システムや種々の機材・技法に関する説明もあって、広範囲な知識が得られる。
4)オーディオ・ツアー:視覚障害をもつ人のためのツアーで、音声による誘導によって園芸展示物・建造物の特徴にも触れることができる。
5)団体療法プログラム・ツアー:地域の医療・福祉機関からの15名までの団体を対象とするツアーであり、園芸療法に関連したスケジュールが用意される。例えば、植物展示のための維持作業、植物の刈り取り、庭園生産物の利用などであり、有料での参加となる。
6)デモンストレーション・カート利用:カートによる植物・機材の紹介は常時行なわれており、見学するだけでなく植物への触れ合いと、園芸療法のための機材試用のできる複数のカートが用意されており、スタッフによる指導が受けられる。

(2)積雪寒冷地の例としての筆者らによる施設
 園芸療法ガーデンとして、屋外に設置する場合の必要条件を検討するとともに、積雪寒冷地での温室設計についても述べることとしたい。まず、屋内および屋外施設の双方に対し考慮しておきたい条件としては、次のとおりである。

1)障害のある人々のため、通路などをバリアフリーの構造にする。
2)温室・機材については、できるだけ木質材料を使用して製作する。
3)植栽の選定に際しては、毒性のあるものを省くよう考慮する。
4)土壌としては、黒土・腐葉土・ピートモス・堆肥などにより調整し、化学肥料の使用を避ける。
5)その他、自然の素材を利用して構築するよう工夫する。
屋外施設を考えると、素朴な庭園のイメージで花卉本来の色彩を活用できることが望まれ、視覚と触覚に訴えるものが欲しいのである。勿論、農業あるいは花卉生産の施設ではないので、多くの種類の植物を配置しておくこととなる。

筆者らが設計した屋外の園芸療法ガーデン(教育実習用を兼ねる)を紹介すると、その構成および特長は次のとおりである。

1)苗床のレベル:手入れに際し作業し易いような高さとし、腰を曲げたり手をあまり伸ばさなくても良いレベルに設定する。
2)パビリオン:中央部に設置して、教育あるいはワークショップ活動に利用するが、周囲・上部から一様に採光できるよう考慮しておく。
3)昇降カゴ:作業し易いような位置と展示のための高さの間を、自由に調節できる構造とする。
4)垂直ガーデン:立ったままで作業できる高さに苗床がある構造とし、花卉・植物への触れ合いを容易にする。
5)池:形状・寸法は自由であるが、その導入により水生植物への触れ合いが可能となる。
6)育苗ハウス:種子の発芽状況に触れ合う目的から木製の構造が望ましく、育苗過程への参加も大切にしたい。
7)チップロード:通路の一部にチップを撒くことで、木の香りを楽しみ、足元の良い感触も得られる。
8)ベンチ:休憩用であるが、ヒーリング効果も期待したい。設置場所としては、木陰などを選定する。
9)つくばい:水の音への聴覚による参加を期待し、ヒーリング効果がある。
10)巣箱:小鳥が集まれる環境であれば、給餌により呼び寄せることも可能であるが、場合によっては小鳥のさえずりをスピーカーで流してもよい。
11)作業台・機材倉庫:園芸療法のための準備・保管用である。

 園芸療法の植物としては、人々の五感に訴える花卉・樹木・野菜などを選定して、目的に応じて配置すればよいが、毒性を持つ植物を避けなければならない。植栽の維持を容易にするため、育苗は他にまかせて種子からの発芽過程を省略する考えもあるが、植物の生長を観察させる観点からは、種子からの成長過程を見守る行為を大切にしたのである。園芸療法ガーデンの植栽を考える場合、次の種類に分けて植物の選定をしたい。
1)野菜園芸植物:トマト・キャベツ・ダイコンなどで、生育が早く身近な植物である。
2)花卉園芸植物:アサガオ・デージー・アマリリス・バラなどで、身近で生育の早いものが多い。
3)果樹園芸植物:リンゴ・ブドウ・グスベリーなどで、採取行為ができるが生育の期間が長い。背の高い樹種は木陰を提供できる。
4)ハーブ園芸植物:アニス・オレガノなどで、収穫行為ができる。
積雪寒冷地での園芸療法のため、筆者らが計画した温室について種々検討を加えたが、寒冷地の札幌でも夏季は日射による温室内の温度上昇が相当あること、冬季の降雪に対応するため上部への積雪を防止すること、冬季の寒冷対策として必要な範囲での暖房対策などを考慮する必要がある。また、通常の温室ではガラス張りとし、アルミニュウム構造とすることが多いが、園芸療法のためには木質構造が必須条件であり、障害のある人々も対象とするためプラスチック厚板張りを採用している。採光を周囲・上部から一様に取り入れることができるよう、木質の強度部材の配置を考慮するとともに、最上部の通風個所を除いて全プラスチック屋根構造とした。さらに、周囲のプラスチック張り構造については、強度を保つためと通風を考慮して、ジグザグの形状を採用しているので、外観は通常の温室とは相当異なることになる。内部は、レイズベッド1台で6名の作業を考慮して、5台分として30名の団体療法プログラムが可能な構造としているが、夏季の高温多湿期を想定し自然通風と強制通風の併用を考えている。中間期である春季・秋季には、最上部の通気口と周囲下部の吸気口による通気で十分と思われるが、場合によっては周囲上部の通気口を利用すれば可であろう。

 屋外施設のパビリオンについても、温室と同様な考慮が必要であるが、小型のものであるから折りたたみ構造にもできる。勿論、木質材料を使用した構造のプラスチック厚板張りであり、採光と外観を重視して八角の基本形を採用している。この設計により、周囲・上部からの採光は極めて一様になるので、園芸療法ガーデンに最適であると云えよう。

4.園芸療法士の養成

 園芸療法士の資格を取得すれば、健康保険適用による理学療法(IV)として、医師の指示により園芸療法を行なうことができる。しかし、介護保険適用を視野に入れての高齢者を対象とする場合、身体と心の健康を回復させる健常者を対象とする自費の場合も将来の課題であり、我が国の実状にあわせての対応が期待されよう。園芸療法士は、その名にふさわしい人柄・価値観の持ち主であることが望まれ、対象となる人々に対して正直で忠実であるとともに、目的を達成するための誠実さと信頼される態度を身につけておきたいものである。勿論、自然環境についての理解・園芸と福祉への知識・心理学の基礎・関連する技術などの習得が必要であり、人間の身体と心の健康回復に必要な環境設定への体験もして欲しいのである。我々を取り巻く社会環境の変化が、人間の疎外感を助長しがちであることに気付くならば、専門職としての園芸療法士の意義を再認識して自然の恵みの啓発に努め、地球環境の保全と社会福祉の充実に貢献していただきたい。

 園芸療法士認定に関する規定によると、園芸療法士として認定されるために必要なカリキュラムが決められており、教育目標および科目を紹介すると次のとおりである。

(1)教育目標
 園芸を通じて、心身に何らかの障害を持つ人々の機能回復や症状の改善を援助し、また日常的な生活の中にあっても人々の不安や緊張の緩和を促進し、豊かな人間関係の構築と、生活の質の向上を目指すための専門的知識と技能を学習する。

(2)必修科目
1)園芸療法論:園芸と人間の関係、障害者と高齢者のリハビリテーションとしての園芸など
2)園芸療法実習:土壌・育苗・移植・花壇・温度管理・収穫作業の実習、療法の実技など
3)ガーデニング:園芸の基礎、機材の取り扱い、ガーデン作成、植栽への知識・技能の習得

(3)選択科目
 介護理論、介護技術、障害者福祉、高齢者福祉、障害者・高齢者レクリエーション実技、福祉機器演習、身体障害者の心理、心の障害者の心理、高齢者の心理、香りの心理、色彩の心理、高齢者の医学、障害者の医学、精神医学、精神保健、作業療法、理学療法、東洋医学、看護学、救急法など

(4)施設・設備
 園芸療法教育には、園芸実習場が必要であり屋内または屋外に設置し、育苗コーナー33m2以上を含めて165m2以上を用意する。採光に十分留意するとともに、車椅子で園芸を行なうことができるよう整備し、ハウス部分以外は木製を原則とする。

 2001年に北海道HT園芸療法研究会が設立されており、2002年設立の日本園芸療法士協会とともに、園芸療法士の養成と園芸療法の普及に努めている。北海道地区でも、園芸療法士の資格取得のための社会人教育・短期大学課程が開かれており、2003年には最初の園芸療法士が誕生する予定である。この専門分野に理解と期待をもつ方々は、この協会あるいは研究会に連絡いただき詳細について検討されることお薦めしたい。

5.まとめ

 地球上の生物すなわち我々を含む全てが、植物との関連なしでは生存できない環境であり、人類が長い間に進化して文明が発達した現代でも、植物と共存する環境の中にあると云えよう。しかし、昨今は植物との触れ合いを図るうえで不自然な場が多くなり、野原での遊びや食生活での自給ができない社会となりつつあるのが、我が国の現状かもしれない。人間の体は、植物に接して調和が取れるよう構成されているにもかかわらず、植物との触れ合いが生活の中から少しずつ消えている現状を考えるとき、園芸療法のような植物との触れ合いを再認識したいものである。身体や心に障害をもつ人々のために、植物を通して健康の回復を助ける専門家として、園芸療法士への期待は大きいものと云えよう。従って、この分野が多くの人々に理解され、今後ますます発展することを念願している。最後に、この資料作成に際し支援していただいた多くの方々と、参考にさせていただいた参考文献の著者に感謝の意を表する次第である。
(2002年12月18日受稿、2003年2月6日採録)

■参考文献

1.瀬山和子:「園芸療法概論」、北海道HT園芸療法研究会、2002年
2.ダイアン・レルフ:「しあわせをよぶ園芸社会学」、1998年
3.谷口博ほか:「園芸療法の現状と今後の問題点」、北海学園大学・学園論集、
 113号、2002年
4.谷口博ほか:「積雪寒冷地向け園芸療法温室の試作に関する研究」、同上、
 114号、2002年
5.松尾英輔:「園芸療法を探る」、グリーン情報、2000年
6.グロッセ世津子:「園芸療法」、日本地域社会研究所、1998年
7.吉長元孝:『園芸療法のすすめ』、創森社、1998年
8.斎藤隆:『園芸論』、文永堂出版、1992年
9.武川満夫:『園芸療法』、セントラルメルコ、2000年
10.斎藤隆:『蔬菜園芸学』、農村漁村文化協会、1983年
11.細井千恵子:『寒地の自給菜園12カ月』、農村漁村文化協会、2000年