米国とアラブの関係から見た中東問題解決の道

元エジプト首相 A.M.ヘガシー

 

1.はじめに

 複雑さを増す世界において、特に2001年9月11日の悲惨な事件の後、米国を中心として反テロリズム運動と反イスラム運動が起こった。また現在我々は、「地球規模の世界的社会」の形成に向けた行動が求められる時代を迎えている。このような社会においては、特に世界貿易機構の創設以降、自由主義的な政策が求められ、民主主義的で市場原理に基づく経済制度が必要とされている。

 一方、いわゆる「文明の衝突」に関連して数多くの世界的な対話がなされ、同時に世界の繁栄と平和を達成するための宗教の役割についての対話も始まっている。
そこでまず、今日の世界情勢の概観を把握し、続いて中東各国の状況について論じ、最後に我々の将来に対する考え方と中東全般および聖地の平和を達成するために必要と思われる取り組みについて考えてみたい。

2.現代世界の特徴

 今日の世界情勢の顕著な特徴をいくつか挙げてみたい。
@開発途上諸国を中心として、人口がGDPあるいはGNPの成長以上の速度で増加している。このことは国連開発計画(UNDP)が毎年発行している「人間開発報告書(HDR)」でも述べられており、世界の多数の人々の劣悪な生活水準も指摘されている。これは貧富の格差の拡大、基本的必要の充足の未確保、腐敗や犯罪、暴力の増加などにみられる社会的価値観・倫理観の変化として表れている。

A多様なガバナンスのシステムが複雑に絡み合っているため、政治指導者も一般の人々も、自由主義や社会主義あるいは両者が合わさった第三の道など、さまざまな制度上の選択の問題に直面している。冷戦の終結と共産主義体制の崩壊の後、国際情勢の論理は変わった。これからの時代は米国が唯一の超大国として強大な力を振るい、民主主義を中心とするより自由主義的な政策を他国に強要することが可能となった。また自由市場制度や民間部門を中心とする経済政策、情報技術と通信システムの革命を背景に高い透明性によってアカウンタビリティを保証しようとするシステムなども同様である。

Bグローバル化が求められている一方で、二つの潮流が存在している。第一に、EU、NAFTA、ASEANなどのように、統合と地域的協力に依存する国々であり、第二に、国家のアイデンティティの保持に固執し、自国の主権を強く主張する国々である。その他の国々は、これら二つの間で主権の状態を維持することになる。

C超国家的あるいは多国籍の企業が、特に生産、技術、財務、貿易などの分野において、世界の発展に重要な役割を果たしている。これらの企業は国際的な競争を促進すると考えられており、またその規模と重点的な活動ゆえにおもに先進国や新興国を拠点としているが、開発途上国にも活動を広げようとしている。

D1945年の国際連合の創設から50年以上が経過した。これまで国連の諸機関・会議は世界の紛争や危機を解決するため努力してきたが、貧困と恐怖に対する勝利という憲章に掲げられた目標はいまだ達成されていない。開発途上諸国では世界の人口の3分の2がなおも貧困以下の生活を強いられ、人間としてもっとも基本的な必要が充足されていない。そしてテロリズムに対する恐怖は世界中に広がっている。

 この簡単な分析から私が導き出す結論は、我々の世界は唯一の超大国といくつかの強力な地域ブロックで構成されているという事実である。米国は、特に9月11日のテロ事件以降、他国に対して超大国としての役割を演じつつある。世界の警察として政治(民主主義)、経済(市場)、アカウンタビリティ(腐敗に反対)などの面で各国の将来の政策を支配しようとしている。米国の強大な力は人口の多さによるものでも、豊かさ(一人当たりの所得)によるものでも、民主主義によるものでもなく、最強の軍事力によるものである。人材と軍事予算に裏打ちされた高度な破壊能力をもち、洗練された研究開発の拠点も備えている。米国は諸機関・企業で構成される巨大な組織構造を通じて中心的な役割を果たしている。世界最強のメディアは世界中の人々の生活に影響を及ぼしており、貿易や財政面でも世界最大のシェアを誇る。

 米国とブッシュ大統領および数人の指導者たちは、すべての悪なる国家や人々に対して行動を起こし、同時に第三世界の国々には援助プログラムなどを通じて貧しい人々に対する同情も示している。

 こうした世界情勢の中、世界におけるさまざまな衝突の中でも現在、特に二つの地域が重要であり、世界的世論の注目を集めている。すなわち米国とも関連する朝鮮半島の問題と、パレスチナおよびイラクを中心とする中東問題である。前者が統一(一つのコリア)に向けて前進しつつある一方、超大国である米国は朝鮮半島の核兵器とイラクの大量破壊兵器使用に関する支配権を握ることを望んでいる。

3.中東問題

(1)中東地域における人口配分
 中東ではユダヤ人移民が1948年にアラブの領土を占領し、1967年にはエジプト、シリア、レバノン、パレスチナとの戦争によってその配下の領土をさらに拡大させた。当初、世界各国から移住したユダヤ人はイスラエルを建国した。アラブ諸国は現在イスラエルを国家として認めているが、急進的なイスラエル政府、とりわけアリエル・シャロン氏が率いる政権は、パレスチナやイラクとの間で対話よりも軍事的衝突の道を突き進んでいる。

「ニューズウィーク」誌は特別号の中で、以下の国々から195万7200人がユダヤ人が移民として流入したと伝えている。

・ソビエト連邦  90万7000人   
・モロッコ 16万7400人   
・エチオピア 5万6300人
・ルーマニア 12万5800人 
・イラク 7万6800人   
・イラン 5万1600人
・ポーランド 8万3300人   
・マグレブ諸国 4万2300人
・北アフリカ   6万9500人   
・イエメン     3700人

 一方、パレスチナ人は戦争によって国外に脱出または退去させられた。その数はヨルダン256万人、レバノン50万1000人、サウジアラビア29万6000人、イラクおよびリビア8万人、他の湾岸諸国11万4000人、その他の国々37万2000人である。そしてヨルダン川西岸に205万7000人、ガザ地区に116万7000人、イスラエルに103万1000人が残った。2000年現在、パレスチナの人口配分は逆転し、イスラエルの人口は600万人以上にまで増加したが、パレスチナ人は302万人にまで減少した。

 一体いかなる法律や正義がこのような入れ替わりを支持することができるのか。なぜ世界はアラブ系パレスチナ人の祖国−彼らの本来の祖国−を支持することができないのか。

(2)イスラム教の役割
 アラブ系パレスチナ人は過去において共存していたが、ユダヤ人移民によって占領された国家により、過去50年以上にわたり定住の地を求めて苦難の道を歩んでいる。この土地は平和のもとに共有される可能性もあったはずだが、今なおアラブ世界にとって決定的な問題として残されたままである。イスラエルおよび米国の急進的右派勢力が背後で支援しているため、両者が再び平和に共存することが難しくなっている。中東地域の邪悪な国家とみなされたイラクと米国との軍事衝突が予測される中、状況はさらに悪化している。米国はサダム・フセインが去り、新たな政権を発足させなければならないと主張している。このような動きは米国が悪とみなす他の中東諸国にも拡大しかねない。恐怖の種は蒔かれ、憎悪の感情が増している。戦争と暴力は他の地域にも広がろうとしている。しかし、これは一体誰のために行われているのか。

 この地域の政府や国民が直面しているこれら一連の衝突と危機の中で、人々は一体中東はどうなってしまうのかと問うだろう。彼らの歴史、習慣、宗教と一体の価値観、伝統に配慮した国家的な戦略によって平和と安定が訪れ、この地域が民主主義制度のものとで経済的にも社会的にもより高い次元に発展する希望はあるのか。

 イスラム教は他の人種や宗教、文化に対して偏見を抱かない平穏な生き方を明確に説いており、神の教えを実践するために信仰の自由を認めあらゆる人々と協力することを強調している。これこそ正義と平和のための教えであり、公正な生き方を拡大し、社会における邪悪な行動を防ぐものである。

(3)米国の立場とその視点
 米国の戦略家の分析や大統領および政府の公式な政策では、中東地域の情勢を再編成すべきいくつかの要因や動機があると考えている。

@アラブ諸国の大半において、真の民主主義が欠如している。いくつかの国々ではすでに試みられているが、選択や意思決定のプロセスに国民がより多く参加できるよう引き続き働きかける必要がある。民主化や非識字の解消に向けた運動の中で女性や若者が果たす役割を強調し、彼らが発展のための積極的役割を担うべきである。

A社会主義政権から緩やかに転換して、より自由主義的な経済・社会改革政策を採用するアラブ諸国もあるが、それだけでは大衆の生活水準が十分に改善されない。開発の過程において市民社会が十分に役割を担っていない。アラブ諸国がグローバル経済に参加するには、より優れた統治システムが採用されなければならない。

B経済構造の分析によると、アラブ諸国の国内総生産の主要な部分は石油とガスで占められており、生産物の多様化のための取り組みが十分になされていない。中東から石油を輸入している国々は、いくつかの中東諸国が採用する政策について懸念を抱いている。米国を始めとする先進諸国は湾岸諸国への石油の依存度を最小化するため、輸入元を他の生産国に分散しようとしている。1973年以降歳入が増加した結果、大規模なインフラ整備計画と社会計画が実施され、消費力のある社会へと成長し始めた。国内への投資が高く必要とされているにも関わらず余剰資金の大半は地域外に投資され、国家的な批判を浴びている。非産油国の貯蓄率は低く(12‐15%)、投資プロジェクトに資金を供給せざるを得ない。他の新興諸国あるいは開発途上諸国と比較して、アラブ諸国に対する安定した直接投資は極めて少ない。

Cアラブ諸国の指導者や政府はこの地域の紛争(クウェート侵略後のイラクの立場、モロッコと西サハラ問題、スーダンにおける南北の内戦、島の領有権をめぐるアラブ首長国連邦とイランの問題など)の解決に対して消極的であると認識されている。この問題はもはや大国や地域的、国際的な機関によって湾岸地域の安定を確保する以外に解決の道がない。このことは危機や紛争に直面した国々の元首や政府の無力さを象徴している。アラブ連盟のような機構でさえ何ら解決策を見出せず、中東地域の問題解決に積極的な役割を果たす力がなく批判の的となっている。その理由は明らかである。

Dアラブ諸国の統合(協調)に向けた試みは達成されておらず、行動計画を策定し段階的に実施した湾岸諸国の例を除き、部分的な統合の試みも成功していない。マグレブ諸国の統合も組織化はされたものの、実質的な結果に結びついていない。イスラエルが一角を占める近東諸国(中東の一部として)の連合も形成されておらず、一方ではパレスチナ、シリア、レバノンの占領地域、他方ではイスラエルの和平の失敗ゆえに最も困難な地域となっている。

E米国とイスラエルの急進的右派勢力の影響力が拡大している。これらの新保守主義集団はユダヤ系諸機関および資金の豊富なユダヤ系企業の支援のもと、米国の上下両院および右派政党(リクードや宗教政党など)を後押ししている。彼らは「パレスチナのテロリスト」との戦争など、より大胆な政策によって平和が訪れると考えている。祖国を追われた人々や権利を守ろうとする人々、占領された祖国の主権を求める人々がなぜテロリストと呼ばれなければならないのか。その一方で、別の人間たち(海外からの移民)が彼らの土地と住居を占領し、アラブの人々の国家と主権を奪っているのである。どうみても不公平な図式であり、到底受け入れることはできない。

Fアラブ諸国を中心とする中東諸国、そして他のイスラム諸国でさえ、9月11日の事件およびそれ以後の反イスラム運動に対して、この地域の政府と人々の真の立場を説明することができなかった。米国のメディアがイスラエル側に偏向していることは疑う余地がなく、彼らはテレビ、インターネット、新聞・雑誌、広告などさまざまなメディア機関を所有することによってその力を発揮している。アラブ諸国は政策に基づいて自分たちの正当な主張を展開することに失敗した。中東のアラブ諸国と世界のイスラム諸国はこれまでユダヤ人やシオニスト集団によるメディア作戦に対抗できなかったのである。もし自分たちの主張を認めてもらいたいのなら、この点を考慮しなければならない。

(4)アラブ側の改革と展望
 これまでの分析で示されたように、二つの中東問題、すなわちイラクの問題とパレスチナにおける混乱を解決するための行動が切実に求められている。2003年1月下旬に実施されたイスラエルの総選挙では、イスラエルを支持する米国の上院・下院の支援のもと、アリエル・シャロン氏と彼の急進主義的な政党が勝利した。米国はイラクを攻撃し、市民によるより民主的な政府を樹立すると主張している。米国は中東の今後の方向性を決定する上で中心的な役割を果たそうとしており、世界の主要国家(フランス、ドイツ、ロシア)や平和を愛する人々が戦争に反対しても気にかけない。米国のこのような方針転換は、コリン・パウエル国務長官がイラクとアラブ諸国全般にもたらされるべき変化について率先して訴えたことで、より強固なものとなった。真の民主主義、社会の開放性、市場経済の採用、より高度なガバナンス、市民社会の拡大、高い透明性とアカウンタビリティなどがその内容である。これらは真に重要な変化ではなく、他国の政治制度に対する干渉である。

 アラブ諸国の政府とアラブ人自身が、自らの歴史、文化、発展のあり方を考慮しながら、いかなる変化が必要かを考える必要がある。他の国々に助言を求めてもよいが、外部から変化を強要されるべきではない。

@アラブ人はまず自国の秩序を整え、中東の危機に対して積極的な役割を果たすべきである。そして二つの問題に関する意思決定のプロセスに強い影響力を持っていることを示す必要がある。西洋および東洋の友好諸国、そしてイスラム諸国や非同盟国とも協力して国連の地域機構や会議において積極的な役割を果たし、中東における紛争を解決して破壊と苦痛を終わらせなければならない。人類のため、争いはもう十分である。来世で神に対してどう説明するのか。

Aアラブ世界における新たな戦略には、より優れた組織のガバナンスが不可欠である。これは政府機関などの公的組織であっても、企業や市民社会などの民間組織であっても同じである。各々の組織は中東の歴史や文化、宗教、そしてグローバル化における自らの役割について十分理解し、他の世界に自信をもって対するべきである。改革に向けた計画を策定し実施しなければならないが、同時に急進主義や暴力とは無関係の正当な文化を身に付けておかなければならない。

B特に経済および社会の発展に関してアラブ世界が自信と信頼を勝ち得るため、新たな段階のガバナンスにおける透明性とアカウンタビリティが極めて重要となる。アラブ諸国の富は限られているが、人々が貧困以下の水準で生活する国々において不正や腐敗は社会不安の原因となる。

Cアラブ世界を中心とする中東諸国の国家指導者たちは家庭を重視する傾向があることが研究によって示されている。指導者は必ずしも指導者らしく生まれる必要はないが、指導者に欠かせない資質が存在する。目標や目的が明確で、権威と力を持ち、何らかの社会的役割を果たし、他人と対話する能力を兼ね備えている人々である。このような資質を持つ指導者がいなければ、優れたガバナンスを実現することはできない。

4.最後に−指導者に対する宗教的メッセージ

 平和に向けた道程において宗教の役割は重要であり、国際的な宗教間の対話が必要とされている。この分野における文師夫妻の努力は高く評価すべきものであり、国連の活動の一部として認識されるべきである。宗教指導者は一般に高い尊敬を受けており、国連に宗教指導者を中心として構成する上院を創設するという文師の提案は、平和実現のプロセスにおいて重要な機能を果たし得るものである。

 宗教は指導者が果たす役割に影響を与える。なぜなら宗教によって彼らの人生の精神的視野が広がり、来世での報いを望むようになるからである。イスラムにおいても宗教が希望を与え、より高い行動の基準を求めるよう促す。指導者は悪の力や圧制に立ち向かう勇気を与えられるのである。我々は特に若い世代に、宗教を柱とする平和の文化を育てる必要がある。宗教は善なるもの、同情、普遍的な兄弟愛を求める心を説き、平和、平安、発展、繁栄をもたらす。イスラム教は他の宗教と同様、正義と平和のメッセージを通じて家庭や共同社会、そして世界全般の絆を強固にするものである。我々はこのような宗教本来の教えに立ち返ることができるであろうか。

 宗教は神に対する信仰を強調し、人々が自分自身を超えて崇高な理想を求めるようにする。また人生の物質的側面と精神的側面の両面のバランスを保つ。指導者は単に力や物質的利益だけ関心を持つのではなく、人道的な目的に向けて努力すべきである。例えば石油のような生産物の必要性が意思決定に影響を与える場合があるが、石油確保のために行う邪悪な戦争が及ぼす影響は戦争の当事者だけでなく、全世界にとって有害なものとなる。神は公正であるがゆえに、幸福な人生を送るためのあらゆる賜物をすべての人々に与えられたのであり、一部の人間にだけ与えられたのではない。我々はすべての人々のために神の教えに従うべきである。

 宗教は人々の魂を清め、指導者に必要な中心的資質を形成する。例えば万能の神を信じる信仰によって人生の正しい道を歩み、経済的にも人道的にもその原理に従って行動するのである。これは私がブッシュ大統領とシャロン首相および彼の急進的側近たちに送るメッセージである。彼らは一人の父であるアブラハム、アダムとイブの息子としてこの教えに従うべきである。国連の中東(パレスチナ、シリア、レバノン、イスラエル)における平和のための決議は尊重され、実行されなければならない。律法(トーラー)、聖書、コーランの土地における破壊と暴力を止めなければならない。イラクのサダム・フセイン氏も大量破壊兵器に関する国連決議を遵守すべきである。そうすることによって我々はイスラエルに対してもこの地域の兵器を除去するよう求めることができ、軍備に投入されている莫大な資金を経済的、社会的、文化的目的に向けることができるのである。これが達成されれば中東および世界の人々は戦争とその影響を免れるのである。平和のために協力しよう。人類は最終的に勝利し、平和が訪れなければならないのだから。
(2003年2月4日〜7日、韓国・ソウルにて開催された国際会議World Summit on Leadership and Governanceにおいて発表された講演の要旨である。)