家族の危機と家庭再建の方案

鹿児島国際大学講師 河野 恒心

 

1.はじめに

 今日、家族の危機ということがよく指摘される。通常、家族論の中で家族の危機というのは、家族のライフサイクルをいくつかの段階(ステージ)に分けて、その段階ごとの達成課題を十分に果たさない場合、離婚や家族間に葛藤や亀裂が生じるという危機的移行のことを指す。しかし今日叫ばれる家族の危機というのは家族自体が崩壊するような危機に瀕しているということに加え、そのために社会全体が重大な危機に陥る事態になっているという意味合いが感じられる。これまで家族は社会を構成する基本単位として共同体の形成、社会秩序の維持、産業の担い手の輩出、基礎的教育、など社会にとって重要なさまざまな機能を果たしてきた。しかし現在、そうした機能のかなりの部分が失われてしまい、社会全体にも悪い影響を与えている。このような認識が根底にあるのだろうと思われる。

 この家族崩壊の問題に取り組むためには、まず家族のおかれている現状を知り問題点を明らかにし、その原因をさぐり、解決のための対策を立てなければならない。

 本稿では、家族崩壊の現実を明らかにするために、家族自体の問題および家族の問題が社会に及ぼして起きる問題を検討する。次に、その原因としての社会変動と思想的影響を検討する。家族崩壊の拡大を防ぐ対策として、家族の脅威となる思潮、思想的影響に対抗する思想運動と、新しい社会的紐帯としての家族連合運動による共同体の再構築が必要であることを主張する。

2.家族問題の諸相

(1)家族の定義
 家族の定義を基本的な社会学のテキストからいくつか挙げてみる。1)家族とは夫婦関係を中心として親子、兄弟、近親者によって構成される、第1次的な福祉追求の集団である。2)家族とは夫婦、親子、兄弟(姉妹)など少数の近親者を主要な成員とし、成員相互の深い感情的かかわりあいで結ばれた、幸福(well-being)追求の集団である。3)配偶関係や血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団。

 以上の他にも家族についての定義は様々あるが、「家族とは、配偶関係(夫婦)と血縁関係(親子)を基礎にして成立し、成員相互の深い情緒的関わり合いで結ばれた幸福追求の小集団」であるといって良いだろう。配偶関係、血縁関係、情緒的関係、幸福追求、という要素で構成される。したがって今日の状況では家族内の人間関係の問題も結局のところ夫婦の問題と親子の問題に集約される。

(2)家族崩壊の原因
 四方壽雄の分析では、家族が崩壊する原因は、家族外原因と家族内原因とに大別できる。家族外原因としては@地震・暴風雨・異常気象などの自然災害の発生、A戦争・動乱・国際緊張などの政治的に不安定な状態、B資本主義経済のもつ生産と消費の不均衡、景気変動による企業倒産、失業者の増加、C社会的な産業構造、生活情報文化・価値観の多様性などがある。

 家庭内原因には、@家族構成員の身体的・精神的障害、A家族の経済的条件(事業失敗勤務先の倒産による突然の失業、定年退職、散財、住居の不良、単身赴任、転勤・転職、生活保護費の受給)、B社会的汚点のある家族(未婚の母、同性の結婚、刑務所に収監、犯罪者悪徳者)、C家族の構成条件(構成員の増加=親族、出稼ぎ労働者の帰宅、離婚による出戻り子どもの帰宅、構成員の減少=死亡、自殺、夫婦別居、移民、両親の欠損による孤児だけの家族)、D家族機能の衰退(家族連帯感の低下、親子夫婦、嫁姑の価値観の対立葛藤、共働きに対する夫婦の意見の相違)などが挙げられている。

 今日、こうした広範な家族崩壊の原因のなかで、継続的かつ包括的であると思われるものは、外的原因としてのC、すなわち社会的な産業構造の変化、生活文化の変容および価値観の多様化であり、内的原因としてのD家族機能の衰退(家族の連帯感の低下、夫婦の意見の相違など)であると思われる。

(3)夫婦の危機
 まず配偶関係の中でも家族崩壊の決定的な結末である離婚についてみてみる。
日本の離婚は件数・離婚率ともに着実に上昇している。平成13年度「国民生活白書」によると離婚率は、他の先進諸国に比べると低いものの[1998年の統計では米国(4.34%)、ロシア(3.42%)、イギリス(2.91%)オーストラリア(2.87%)など]、1990年に1.3%であったが、2000年には2.1%になっている。件数としては1990年の16万件に対し2000年で26万件あまりである。いずれにしても急激な上昇である。離婚する動機としては、「性格が合わない」(男性:63.2%)(女性:46.2%)であるが、次いで「異性関係」(男性:19.3%)(女性:27.3%)、「暴力をふるう」(男性:5.3%)(女性:30.8%)などが理由として挙げられている。また若い世代ほど離婚率が高い傾向にあるが、結婚後20年を経たカップルの離婚も増えており、1980年の1万1千件、1990年の2万2千件、2000年の4万2千件と10年ごとにほぼ倍増しているのも大きな特徴である。そのほかに実質的に結婚は破綻しているが、いろいろな理由で離婚はしないという「潜在離婚」が、離婚率の数倍に達していると推測されている。離婚に関する意識も変化しており、「結婚しても相手に満足できないときは離婚すればよい」という考え方に対して賛成の人は1997年の23%から54%と大きく増加している。また離婚を容認する人の割合は特に30代女性で高くなっているという調査結果がある。

 森岡清美は離婚の社会的背景については、8つ挙げている。1)家族の共同生活の阻害要因。産業化の進展による頻繁な職場移動や単身赴任・長期出張などが家族の共同生活を困難にしている。2)職住分離により相互理解が困難。近代化によって職場と家庭とが地理的に分離し、距離も拡大している。日々、夫婦がともにいる時間が少なく、夫婦の相互理解が困難になっている。3)女性の自立意識。妻の家庭外就労の増加は、女性の社会的経済的自立意識を高め、離婚後の生活不安を解消し、従来のような忍従型の生活を我慢することがなくなってきた。4)地域社会の連帯性の崩壊。都市化による地域社会の連帯性の崩壊は、家族を孤立化させ家族危機に対する対応力を弱めている。5)情報化の進展による価値観の多様化。夫婦間の意見の相違が生じやすくなっており、また離婚に対する抵抗感を薄める情報も多い。6)夫婦以外の調停役、緩衝的役割の欠如。夫婦間の対立や葛藤がある場合、従来の家族と違い、間に立つ人がいないので、決定的な亀裂となることが多い。7)恋愛の誤謬。恋愛結婚の増加とともに恋愛と共同生活としての結婚との違いを忘れやすく、一時の恋愛感情によって結婚まで至り結果的に夫婦関係を不安定なものにしてしまう。8)個人主義の進展。個人主義の浸透とともに共同生活としての結婚と個人の自己実現とが葛藤するという認識がうまれる。自己実現のために離婚を選択することが増えてきている。

 以上、様々な理由を検討すると、離婚の原因は夫婦関係を阻害する社会変動による要因と、個人主義など精神的影響の主要な2つものとして収束すると考えられる。

 夫婦関係にみられる家族病理として、近年DV(Domestic Violence)、ドメスティック・バイオレンスがとりあげられることが多い。この用語はアメリカにおいて一般的に使われ、日本でも近年注目されるようになってきた。直訳すれば家庭内暴力であるが、実質的には夫婦(パートナー)間の暴力である。このうち大半は夫から妻への暴力であり、内閣府の調査によると現在20人に1人(4.6%)の女性が「命の危険を感じるくらいの暴行(深刻な暴力)」を受けているという。実際、2000年以降、配偶者間の暴行・傷害事件(女性が被害者の場合)の検挙数は大幅に増加している。この種の暴力に関しては、以前より一般的にあったものが近年になって注目されるようになったにすぎないとみることもできようが、夫からの暴力を理由とする離婚申し立て件数は増加傾向にあり、離婚の大きな原因のひとつとして注視されるようになっている。そのため関係機関の連携、相談体制、保護・自立支援、厳正な処罰、など具体的な対策が政府により検討されている。

(4)家庭教育の危機
 次に親子間の教育問題についてみてみる。
子どもに対する虐待の報告例がここ数年で倍加している。しかし子どもに対する虐待は、歴史上古くから存在し、今日その形態が変化しただけであるという議論がある。すなわち日本に関していえば江戸期から昭和まで、間引き・子捨て・人身売買(的奉公)などがあったが、今日では身体的・心理的・性的虐待、およびネグレクトなどの虐待が家族内で見られるようになったというものである。前者の社会的病理としての子どもの虐待から、後者の家族病理としての子どもの虐待への移行という視点である。いずれにしても家族の危機として児童虐待問題は重要になってきている。

 児童虐待は4種に分けられる。1)身体的暴力:外傷の残る暴行、生命に危険のある暴行。2)保護の怠慢ないし拒否。遺棄ないし衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置。その結果の病気の発生。学校へ行かせないなど。3)性的暴行:親またはそれに代わる保護者による性的暴行。4)心理的虐待:極端な不安・おびえ、うつ状態、無反応、強い攻撃性、習慣異常などを引き起こす心理的外傷を与えるもの、この4種である。

 特に現在では母親による虐待が目立ち、拡大する家族病理として深刻に受け止められている。児童虐待はそれ自体が家族病理だが、それ以前に夫婦の協力関係が保てない家族の機能不全状況があると考えられる。さらに虐待を受けた経験のある親が自分の子を再び虐待する心理的外傷の連鎖としての虐待も非常に多い。また核家族化の進展によって育児が母親ひとりだけの仕事になり、経験不足・情報不足が相まって育児ノイローゼになり虐待してしまうケースが多いようである。地域などで同年代の母親たちとの交流を持たず育児に没頭し、母子だけで長時間過ごす母親に虐待のケースがよく見られるという報告もある。 
 また家庭内暴力(子から親へ)や不登校および引き籠もり、などの現象に見られるように、家族の中で温かく快適な生活を送れない子どもたちが増えている。

 いじめ問題は基本的に学校内の現象であり、おもに教室内の出来事として処理されがちである。しかし「いじめの発見が遅れ自殺や傷害事件になるまで周りが気づかないなどということは家族機能が健全であれば起きないはずだ」というのは誰もが感じることである。いじめられる子が親や教師に早期に打ち明けていれば深刻な事態になる前に処理できるのではないか。親が知らず知らずによい子であること、問題のない子であることを期待するため、子どもにいじめられている事実を打ち明けさせないのではないか。いじめっ子グループ以外に存在する場がないためにいじめが構造化していくのであって、信頼に満ちた家族関係があればいじめの問題は深刻なものとならないのではないかという思いがする。さらに深刻な問題を抱えているのはいじめる側の子どもで、人権保護という理由でいじめっ子の家族の中の問題はあまり注目されず隠蔽されることによって、怒りを抱きやすい、他人の行動を誤解し敵意を抱きやすい、などの性格を抱えている、あるいは集団の中で優位でありながら弱者を攻撃し、しかもいじめの行為を様々の理由をつけて正当化する、というような人格形成上の問題が放置されていくことになる。
このように家庭教育のゆがみや教育力そのものの減退が強く感じられる。

 以上、配偶関係、家庭教育の現状を概観したが、このように家族の中で夫婦、親子の関係が安定しないと家族の成員同士の連帯感が希薄になり、家族外に満足を求めようとする。こうした家族の問題が主要因となって家族外の問題として現れる。婚外の男女の結びつき、婚外の出産、少年の非行や犯罪、いじめ問題、青少年の性的問題行動、ホームレス、自殺、ギャンブルによる経済破綻(主婦のパチンコ)、などがあげられる。さまざまな家族病理から社会問題化していくことになる。

(5)性的問題行動
 青少年の性的問題行動は激増している。米国などでは青年期の男女がどのように交際すればよいのか、ということについての伝統的文化が根強く残っているが、日本の場合、伝統的な道徳はほぼ崩壊している。そのため青少年はマスメディアによる性情報の拡散などの強い影響を受けていると考えられる。1990年代以降、ポケットベル、PHS・携帯電話などが若者の間に普及し、性情報のメディアとして使われはじめ、近年ではインターネットを通じて流される性情報なども問題となってきている。

 また性行動や性意識の影響は、そうしたパーソナル・コミュニケーションを通じて「友人」から最も強く受けるようである。またバイクを所持する、アルバイトをするなど社会的活動範囲が広いほど性行動(キスや性交など)の経験率が高いことも指摘されている。個室や個人的な情報機器を所有することによって家族の監視・統制を離れる青少年ほど性行動が活発であるという報告もある。また親世代の性に関する規範意識が比較的緩やかな場合も活発だと考えられる。

 ここ数年、性行動の低年齢化が深刻である。大学生の性行動(キス経験など)は1970年代から1990年代はじめまでは活発化していたが、90年代後半にはやや歯止めがかかってきた。それに対し90年代前半まで比較的緩やかだった高校生の性行動は90年代後半から活発化し、男子の場合93年の28%から99年の41%へ、女子の場合26%から41%へとキス経験率が急増している。また同様のことが中学生にも見られるという事態である。

 実際、援助交際や同棲といった逸脱行動に対する抵抗感が薄らいでいるようである。1996年東京都の調査によると4%の生徒が、1997年ベネッセ教育研究所が行った調査では5.9%の生徒が援助交際をしていた、と報告されている。そこには性の商品化、娯楽化といった大人の問題があり、誰にも迷惑がかかるわけではないから、と考える、未熟な少女たちの問題がある。

 結婚前の性交渉については事態は同じである。経験者の数がここ10年で倍化しており、日本性教育協会による青少年の性行動に関する調査(1999)によれば、高校生では男女ともに四人に一人程度、大学生では、男子で6割に達し、女子でも5割を超えるようになった。この結果10代の人工妊娠中絶が急増しているといわれる。また「できちゃった婚」や 「望まない出産」の増加を招き、それが離婚・母子家庭、幼児虐待などと密接に関わっているという指摘もある。このような青少年の性行動や安易な結婚は、不安定な家族の拡大の原因ともなっている。また不特定多数の相手と性交渉を持つ人が増えてきている。性感染症のため子どもを産めない体になってしまい、そのことが結婚後に離婚の原因になってしまうこともある。 

3.家族崩壊の原因

(1)近代家族・核家族
 これら家族の崩壊ともいうべき現象を引き起こした原因は、男女のあり方や家族についての価値観の変化やそれに伴う倫理の崩壊といった人間の内面的な問題に由来するもの、そして近代化、とくに産業化という広範な社会変動によって家族および家族を取り巻く環境が大きく変化したのに対し家族の能力が十分対応できていないという、家族の外部に由来するもの、この両方の側面からみることができる。

 今日の家庭の問題を引き起こしている原因には、広範な社会変動に由来するものがある。この変動は社会システム全体にわたって起こされたものであるので、社会全体の取り組みが必要である。家族の能力に過度に依存して、解決しようとするなら、却って家族は活力を失ってしまうと考えられる。

 近代化および産業化といわれる社会変動として、産業の中心が農業から工業に移り、人々は農村から切り離され、工業労働者として都会に集まる。そこで都会的生活様式を生み、、都会に特徴的な家族形態として、核家族を作り出す。現代は核家族(1組の夫婦と未婚の子だけからなる家族)が主流である。核家族は消費を中心とする共同体であり、情緒的な面に結びつきが中心である。直系家族や複合家族などの伝統的な家族のような生産共同体と比べると、夫婦関係の重要さがより一層増している。日本でも高度経済成長期を迎えた1960年代以降、このような核家族が主流になっていった。

 一般に家族制度は3つに分類される。夫婦家族制(1組の夫婦と未婚の子どもからなる。核家族が単独で存在する形態である)。直系家族(夫婦、跡継ぎである一人の既婚子とその配偶者および彼らの子どもからなる。2つの核家族が既婚子を要として、世代的に結合した形態である)。複合家族(夫婦、複数の既婚子と彼らの配偶者および子どもからなる)。これらの分類は家族の構成から見たものである。このうち複合家族はわが国では基本的にみられない。

 戦前の日本は家父長制を中心とする直系家族が中心であった。家長の夫婦と跡継ぎ(主として長男)の権限が強大で家族のあらゆる問題について決定権と支配権を持っていた。

 いわゆるイエ社会である。ところが特に戦後高度成長期を中心として直系家族から核家族への移行が本格的になる。伝統的な日本の農村は直系家族を中心とする社会で、跡継ぎ以外の子どもは結婚とともに家を出、別の家族を形成する。しかしその家族は出身家族の本家に対し分家の立場になり、財産やその他の権限は本家にあり、分家の面倒を見るというような疑似親子関係になっていた。いわば家族の連合としての親族集団である。さらに農村社会はそういった親族集団の連合体となっており、共同の農作業や水利その他の利害の調整を協議するというまさに村落共同体としての地域社会であった。人々は互いの事情を知り合い、干渉しあう間柄であった。ところが産業構造の変化により核家族中心になると家族以外の人々との関係は一時的一面的となり、となり人のこともあまり知らず互いに干渉しあわない関係になっていく。地域社会は徐々に解体されていくことになる。こういう社会構造の変化に伴う家族構造の変化が家族の果たす機能を変化させていったといえる。

(2)家族機能の変化
 家族内の構成員の欲求充足に焦点を合わせた場合、家族機能として4種に大別できる。

1)生命維持機能。衣食住や安全・保護などに関する基本的な欲求など、それが満たされないと生存そのもの、あるいは種の存続そのものが危うくなるおそれのある欲求の充足をねらいとしたものである。これらの欲求は人間が生まれながらにして持つものであり、その充足は最も基本的な機能と考えられる。

2)生活維持機能。その社会における一定の水準に照らして満足いくような生活を営みたいという欲求を充足するものである。この機能が充足されなくても生存そのものが脅かされるわけではない。だが、一定の生活水準を維持できないことは欲求不満や疎外感を生みだし、時には非行犯罪といった逸脱行動につながることもある。この機能を果たすためには適正な収支を図ることによって一定の生活水準を維持し、快適な衣食住生活が保障されなければならない。いわば人並みの文化的生活を保障する機能である。

3)パーソナリティ機能。子どもの基礎的な社会化(パーソナリティの形成)にとって家族が重要な意味を持つ。子どもが生まれて初めて属する集団であり、一定の成長を遂げるまでは生活の主要な部分をそこで過ごすからである。基礎的な社会化は幼児期において、特に母子関係を通して行われ、パーソナリティの核となる部分を形成する。「家族はパーソナリティをつくる工場である」ともいわれる。また成人のパーソナリティの安定化は、主として夫婦関係の中で充足される。しかし今日の離婚の増加やDVなどの問題を見ると、家族内で十分にパーソナリティの安定化が果たされているとは言い難い。

4)ケア機能。これは自分の力だけで生活することの難しい乳幼児、病人、障害者、老人などをケアする機能である。これらの人々のために公的制度や施設があるが、第一義的な担い手はやはり家族である。

(3)家族機能の外部化
 核家族では、この機能のうち多く部分が社会の他の部分に委託され、パーソナリティ機能が中心となっている。冷凍食品やレトルト食品などの半製品の食品、あるいはスーパーのお総菜や弁当屋などの中食、その他外食などによって食生活は外部化している。また清掃代行やクリーニングなど家事機能の外部化がある。また保育園や病院福祉施設なども家族の代わりに子どもの養育機能、病人の看護機能、障害者、高齢者などの介護機能などケア機能を担当する。これらは核家族化による家族の養護・介護機能の低下と主婦の家庭外就労の増加、などが背景にある。このように核家族は、生産・政治的共同体としての性格が強かった伝統的な家族とは違い、心理的・情緒的側面機能が期待される家族となっている。かつては家族は生活の基盤であり基礎的な欲求を充足するものであった。しかし今日多くの人が家族に求めるものはやすらぎや情緒的安定となった。

(4)集団的役割と関係的役割
 家族の成員は家族の中でそれぞれある立場を持っており、互いに何らかの関係を結んでいる。その立場・関係を地位と呼ぶ。世帯主・主婦などの地位を集団的地位といい、夫に対する妻、息子に対する父親などは関係的地位と呼ぶ。この地位に結びついて「他者から期待される行動様式及び態度」を役割というという。家族内の成員には2つの役割が期待される。1つは、構造的機能あるいは集団的機能というもので、家事という消費生活のための役割、消費生活の前提としての所得を得る役割、老幼弱者に対する介護養育の役割、家族内の心理的緊張や葛藤を緩和し情緒的統合を支える役割、親族や近隣に対して家族を代表する立場、先祖祭祀など家族が成立し存続していくための欠かせない働きである。これとは別に関係的役割として成員同士、互いに相手に期待する役割、例えば夫、妻、父母、父親、母親、子、兄弟姉妹など互いの行動や態度について互いに期待し合う役割がある。人は外へ出て収入を得てきたり、家で家事をするだけではなく、互いの対人的関系を通して情緒的関係を維持しているわけである。

 しかし産業化や都市化という社会変動の中で外で仕事をし収入を得たり主婦として家事をこなすなどという集団的役割のみが重要視され、夫役割、妻役割、父親役割、母親役割などの関係的役割が忘れられてしまいがちである。そのため共同生活、相互理解ができない、連帯性や調停機能の喪失、などが離婚の原因としてあげられるが、これは関係的役割の脆弱性を示している。

 また日本はずいぶん前から家庭における父親不在ということが議論されており、収入を得てくるという集団的役割のみで満足し、父親として子どもに接する機会を失って子の教育を母親のみにまかせきりにするような例が多く、さまざまな問題を生んできた。すなわち「男は外で仕事、女は家で家事育児」という男女性別による役割分担である。しかし「教育のことは妻にまかせてある」として子どもや教育に悩む妻に対する関係的役割に無関心になる父親が家族崩壊の大きな原因となっていると思われる。

 家族の機能は情緒的なものへと変質しているにも関わらず、関係的役割の後退によって家族の成員相互の結びつきは希薄化している。このことが今日の家族の問題の根底にあると考えられる。

(5)結婚観と家族観の変化
 様々な欲求が家族の外で充足されるようになるにつれて、家族がともに過ごす時間が減少し、成員の価値観が拡散する。家族は全体としてのまとまりがなくなって、集団の維持よりも個人の自己実現や行動の自由が重視されるようになる。家計の個計化、個室、共食から個食、家電から個電といわれるように家族の成員同士が個人化する現象があり、家族の成員間のコミュニケーションがきわめて少なくなっているケースがある。そこには互いに干渉しない関係がいいと考えるような近代の個人主義に対する誤解がある。一言で言えば家族の分散化傾向が強まっている。また子どもの権利を過度に認め、十分成熟していない子どもに多くの判断をゆだねてしまっているために、家族内の教育をゆがめている。一部フェミニズム運動は既存の主婦役割、母親役割や妻役割よりも、キャリアを持つ働く女性の方が価値があるかのような主張したため、多くの女性たちが、家事労働の多くの部分、特に夫のために何かすると言うことが、まるで価値がないことのように思ってしまい、外へ外へと意識が向かうという現象が起こっている。

 子どもの教育についても人間的な思いやりや基本的なコミュニケーション能力を欠いたまま、競争社会を生き抜くこと、受験戦争に生き残ることばかり強調して拝金主義を助長している。

 結婚観や男女観にも思想的影響が見られる。青年期の男女は心理的にも社会的にも異性との関わりが非常に重要である。しかし日本には若い男女がどのように関わるべきかということについての伝統的な文化はない。そのため拝金主義に基づいて間違った性情報を拡散しているマスメディアの影響をもろに受けている。結婚観は多様化し個人重視の傾向がある。結婚したら家庭のためには自分の個性や生き方を半分犠牲にするのは当然だと考える人は、1992年から1997年の5年間に50%から35%へ15ポイント減っている。男女観にも変化が見られ、特に結婚前の男女であっても愛情があるなら性交渉を持ってもよいと考える人は1992年から1997年までの期間に55%から70%へ15ポイントも増加している。また若い世代では同棲ということがあまり抵抗がなくなってきていて、恋愛の一つの形態と考えられるようになった。

4.解決のための方策

 家族の復興とその未来のためには何が必要で、何ができるのか? 
これらの課題を解決するには、まず結婚および家族、男女間のあり方に対する思想的挑戦に対抗し克服するために、思想啓蒙運動・倫理回復運動が必要である。ただ社会の変化に流されるのではなく、しっかりとした価値観・倫理を自信を持って主張することによって人々の意識を変えていくことが必要である。個人主義的家族観、退廃的・無秩序な性文化をはっきりと否定できる説得性のある内容を持つことは必須要件である。家族の崩壊の原因を明らかにし、対処するためには、家族のあるべき姿を明確にしそれを実現することが必要である。しかしそれは伝統的な家父長制的社会規範を押しつけるようなしかたで家族のありようを一律に固定し規制するものではなく、家族の本来の機能を取り戻すための根本原則として誰もが納得するものでなければならない。

 次に同時に家族内や家族間の紐帯を再生する家族の連合運動によって人々の生活を変えていくことが必要である。近代化によって失われた家族を取り巻く親族集団や地域の共同体に代わる連合である。もちろんいまだ共同体が失われていない状況ではそれを補佐し補完するものとして位置づけられようが、従来の伝統的家族のつながりでは克服できない近代化の問題に対処できるように集団的役割と対人的役割を調和させる契機を持たなければならない。また伝統的な家族の血縁・地縁と同様の機能を持つ結合の核心を持つ必要がある。

 家族の崩壊のため、思想運動と家族連合運動が必要であるという思いを強くする。この両者は当然連携していくべきものだが、いずれもふさわしい理念を明らかにすること、そしてその理念を実際に体現することが基本原則でなければならない。
(2002年11月14日〜18日、韓国・牙山市で開催された国際会議・第28回ICWPにおいて発表した論文に著者が加筆したものである。)

 

■参考文献・資料

1.鮎川潤、『新版少年非行の社会学』世界思想社:2002
2.倉沢進・川本勝編著、『社会学への招待』ミネルヴァ書房:1992
3.国立社会保障・人口問題研究所「第11回出生動向基本調査:夫婦調査結果概要」人口動向研究部:2001
4.同、「第11回出生動向基本調査:独身者調査結果概要」人口動向研究部:2001
5.同、「第2回全国家庭動向調査:結果の概要」人口構造研究部:2002
6.袖井孝子、「家族」『社会福祉士養成講座 社会学』中央法規出版:2001
7.内閣府編、「平成13年度国民生活白書」ぎょうせい:2002
8.同、「平成14年度男女共同参画白書」財務省印刷局:2002
9.日本性教育協会編、『「若者の性」白書』(第5回青少年の性行動全国調査報告)小学館:2001
10.藤崎宏子、「現代における家族」『精神保健福祉士養成セミナー 社会学』へるす出版:2001
11.森岡清美・望月嵩共編、『新しい家族社会学』四訂版、培風館:1997
12.森岡清美、『現代家族変動論』ミネルヴァ書房:1993
13.四方壽雄編著、『家族の崩壊』ミネルヴァ書房:1999