韓国の大学における国際理解教育
とアジア教育研究の現状

ソウル大学アジア太平洋教育開発研究所顧問 ヨン・チュンドウ

 

1.序論

 本論文のテーマは、国際理解教育とアジア教育研究の事情についてであるが、ともにグローバル化とそれに伴う高等教育の変化と関連した問題である。

 21世紀を迎えた今日、近年のアジア経済危機とともに、韓国社会はグローバル化の波を強く受けてきた。グローバル化の影響と経済的困難は、政府の政策のみならず、一般大衆の日々の生活にまで影響を及ぼしている。日刊紙やテレビを含むマスメディアは、ますます多くの国際問題を取り上げ、地球上の隅々の出来事までも報道している。インターネットが大きく活用されるようになったことで、韓国社会は必然的に世界共同体に中に仲間入りするようになった。「内的遺産としての学習」(21世紀に向けた教育に関する国際委員会の報告)が正しく指摘したように、すべての人類は、以前に増して今こそ、他者との共生の道を学ぶべき時を迎えたのである。

 こうした文脈の中で韓国教育界では、国際理解教育(EIU)に対する需要と必要性とが高まってきた。その結果韓国でも、「自分たちは21世紀の世界市民となる、次世紀のリーダーたちを教えているのだ」と自覚する教師や教授が多くなってきた。

2.高等教育における国際理解教育

(1)EIUについての法的根拠と政策
 韓国における国際理解教育(EIU)の法的根拠は、三つの異なった次元に見出すことができる。第一は大韓民国の憲法、第二は教育基本法、第三は韓国・ユネスコ活動に関する法律である。それぞれの関連条項は、以下の通りである。

 まず憲法第5条において、「大韓民国政府は国際平和を保つためにあらゆる努力をし、あらゆる種類の侵略戦争を非難する」と述べられている。憲法上のこの側面が、EIUに対する第一義的かつ根本的な法的根拠を示しており、従ってEIUの究極目的は、平和な社会実現とそれを維持することにある。

 次に教育基本法は1997年に改正されたが、その第29条で、「国際社会の一員となるために必要な姿勢と能力を全国民に身につけさせるため、政府は国際化教育(国際理解教育)に向けて努力すべきである」と規定している。これに基づいて、政府は韓国におけるEIUを立案し実行している。

 最後に、韓国におけるユネスコ活動に関する法律第3条は、以下のような趣旨のことを述べている。すなわち、大韓民国でのユネスコ活動は、国連の基本精神に基づき、かつユネスコ憲章とユネスコ総会の決議文に合わせ、教育、科学、文化を通じて、全国に最新の国際知識と正確な国際理解をもたせることを目的とすべきである。また、活発な国際交流を通じた国際理解と国際親善と国際協力を奨励することによって、国民文化の高揚と世界平和の保障と人類福祉の促進に向けて貢献することを目的とすべきだとしている。この条項に基づいて、韓国ユネスコ国家委員会(KNCU)は、国際理解教育を含む韓国でのさまざまなユネスコ活動を実施してきたのである。

(2)教育推進五カ年計画
 より具体的な政策は、2000年3月に教育人的資源部(教育省)によって起草された教育推進五カ年計画に見出すことができる(この計画はこの時点では単に草案に過ぎない)。この計画の内容は、八つの分野に分かれる。これら八つのうちの一分野は、「情報化およびグローバル化の時代における学習の場としてのサイバー空間と地球村」と名づけられ、その中の一セクションに「国際理解教育の推進」が割り当てられている。その概要は、以下の通りである。

1)政策の方向性:国際理解教育の促進に向け専門家による支援体制を構築することで、韓国の伝統に誇りをもちつつ世界市民の一員として自覚する学生を、大学が教育できるよう、政府は好ましい環境条件を整備する。

2)計画の主な特徴:
@EIUプログラムと学習教材の開発と普及
AEIUのカリキュラム例及びその指導書の開発
B各種EIU教授法の開発と普及
CEIU教師の現場教育の拡大
D研究援助、すなわちEIUの分野における国内・外専門家の連携
EEIUに携わる韓国在住外国人のボランティア団体の組織化
F全世界にまたがるEIU情報ネットワークの構築
G韓国ユネスコ国家委員会付属の国際理解教育センターへの支援
H五年間でEIUに対し38億ウォンを投資

(3)高等教育における国際理解教育
 今日、韓国の高等教育機関では「21世紀の教育」や「グローバル化と教育」の名の下に数多くの講義が行われている。国際理解教育はこれらの動向の一例である。私が明らかにしておきたい要点は、国際理解教育は新しく設立された独立の主題であって、範囲においては総合的で、形態においては体系的で、実践においては計画的である。

 必修科目としては、1997年にスンチュンヒョン大学が最初に国際理解教育(EIU)を開き、これに続き1998年に祥明大学と韓国外国語大学が選択科目として採用した。その後さらに、いくつかの大学がすでにこの講座を開設し、あるいは開設の準備をしている。以下の表は、これらの大学が学生たちに何を教えているかを示す一例である。

国際理解教育のシラバス

<第一学期>
序論−EIUとは何か、またそれが私とどのように関係しているか
T.EIUの背景と哲学
 1.EIUの背景
 2.EIUの哲学

U.EIUの基礎となる現代社会
(過去50年にわたる現代史の発展)
 1.政治学:冷戦構造下での国際政治と国際秩序の再構築
 2.経済学:経済構造−フロンティアの消滅と際限なき競争の時代
 3.社会学:新しい情報技術と生活スタイルの変化を通して見たグローバル化
 4.科学:科学・技術の急速な発達と、現代社会に対するその影響

V.EIUの主な領域(1)
 1.平和:戦争の歴史から平和の文化へ
 2.人権:人間存在の受容のための基本的条件
 3.文化:その多様性とアイデンティティー
 4.発展:先進社会と発展途上社会の基準
 5.環境:世界的問題と人類共通の責任
 6.国際関係:国際秩序と国際機関の役割

<第二学期>
W.EIUの主な領域(2)
 1.歴史
 2.地理
 3.音楽、芸術、文学
 4.宗教
 5.文化と慣習を通じた国際理解

X.国際問題とEIU
 1.人口、貧困、不平等
 2.食料、病気、生活の質
 3.資源とエネルギー
 4.老人、女性、子供
 5.人口移動、避難民、人種隔離政策

Y.将来の社会とEIU
 1.情報、開発、情報倫理
 2.生物工学の発達と生命倫理
 3.持続可能な開発と社会
 4.世界連邦政府と地球村

Z.世界市民の資質とEIU

<シラバスの説明>

 このシラバスは、七つの部分から成り立っていて、二学期にまたがって教授される。

 序論では、講義の全体的な概観を示し、またEIUが如何に各学生の毎日の生活に結びついているかを説明することによって、受講者たちの注目と関心と引く。

 第T部。「EIUの背景と哲学」は、世界平和を希求するユネスコ憲章をその根幹とし、ユネスコ精神と目標に関連づける。またその一般的背景として、グローバル化社会におけるEIUの必要性を扱う。その哲学的背景として、文化的普遍主義と相対主義、国家中心主義と国際主義の共存を説明する。

 第U部。「EIUの基盤としての現代社会」は、過去50年にわたる政治学、経済学、社会学、科学の各分野での主な近代史的発展に焦点を当てる。

 第V部。「EIUの主な領域(1)」は、EIUの異なる六大分野、すなわち平和、人権、文化、開発、環境、国際関係を扱う。これらはユネスコ・ガイドラインに基づいてえり抜かれている。

 第W部。「EIUの主な領域(2)」は、歴史、地理、宗教などの様々な主題分野を通じた国際理解を扱う。各主題は学校標準カリキュラムに基づく。

 第X部。「国際問題とEIU」は、今日世界が直面している諸問題と、それらを解決する手段を扱う。この部分は、国連とその専門機関の諸活動をベースとする。

 第Y部。「将来の社会とEIU」は、情報倫理、生命倫理、持続可能な開発と地球村に焦点を当てる。これらは、可能性のある将来をもたらすものと、そのための課題である。
 最後に、第Z部。「世界市民の資質とEIU」は、世界市民の資格を扱い、とくにその市民の権利と責任に焦点を当てる。

(4)韓国国際理解教育協会(KOSEIU)
 韓国国際理解教育協会は、1996年8月に設立された。その会員は、大学教授、あらゆる教育機関の総てのレベルにわたる教師たち、研究者、学校経営者、そしてその他、韓国で国際理解教育を活発に推進している実務者からなる。会員数は、現在約200名であるが、近い将来の増加を見込んでいる。

 同協会は、1998年12月をもって、国際教育と価値教育のためのアジア・太平洋ネットワークの法人会員となった。

 同協会の目標項目によると、今年と来年に向けて提案された主な活動は三つの範疇に分けることができる。第一の目標は、国内シンポジウムを開催すること。そこで私たちは、国際理解教育についての核となる概念と見通しを明確にすることを期待している。またこのシンポジウムによって、EIUに何らかの包括的な、体系的な、そして学際的なアプローチ分野としての学術的な基盤が得られることを期待している。第二の目標は、EIUに対する総合的な中期的計画書を起草することである。これは国内レベルにおける実施に向け、教育人的資源部(教育省)に提出されるであろう。第三の目標は、EIUの分野における各道と地方教育機関を結ぶ全国内的ネットワークの組織である。

 私たちは、総ての活動が、教育人的資源部からも韓国ユネスコ国家委員会からも支持されることを願っている。

3.アジア教育研究

(1)広大で多様なアジア−太平洋地域
 アジア教育研究の検証に向けたふさわしい状況を作り上げるには、アジア−太平洋地域の特徴をしばしじっくり考えることに価値がある。アジア−太平洋は実に広大な地域である。自然・地理的側面はもちろん、またその傘下に入る数多くの国々に住む膨大な人口の点においても、広大な地域である。実際、アジアと太平洋地域には、世界人口60億人のうち63%が住んでいる。この地域には、巨大な国土を擁する国々(中国、インド、オーストラリア)があり、また広々とした大洋の中に位置する数々の島国(モルディブや太平洋諸島)がある。最大の人口を抱える国々(中国、インド)や、急速に成長する巨大都市もこの地域に見出すことができる一方で、比較的人口の少ない国々(ブータン、ニウエ)もある。

 しかし単に人口の多さや国家の数以上に、アジア−太平洋地域は、文化の多様性や数多くの文明をもっており、素晴らしく、また奥深く恵まれている。主だった信仰(宗教)はこの地域に集まり、またいくつかの最古の生命力ある宗教や霊的伝統信仰がその起源をこの地域にもつ。世界の土着民族の大多数が、アジア−太平洋社会の中で文化的・社会的生き残りをかけて闘い続けている。

 経済発展段階もかなり多様である。最も豊かな国(日本)があると思えば、地球上で最も貧しい国があったりする。過去20年間にわたって、この地域は、例外的に全般的に経済的成功を成し遂げたとはいえ、アジア−太平洋は世界全地域の中で貧しい人々を最も多く抱えている。

 要するに、アジア−太平洋は、それが地理的にであれ、社会経済的にであれ、文化的にであれ、政治的にであれ、開発においてであれ、人間生活のほとんど総ての側面を抱える広範な多様性をもつということにおいて際立っているのである。

 これら総ての広大さ、多様性、歴史と伝統の深さによって、アジア教育研究は健全な原理を与えられる。新しい期待に満ちた世紀を迎えつつ、私たちはアジア−太平洋地域の明るい未来に向かって自ら進んで努力しなければならないし、またそうできなければならない。そしてその努力によって、そのような大いなる人間の、社会の、また文化の可能性をより豊かに実現することができるのである。

(2)アジア教育研究−iAPEDの場合
 1999年12月に、「アジア−太平洋教育開発研究所」(iAPED)がソウル大学に誕生したが、それは国家の強力な推進力を得て創設されたのであった。すなわち、これは韓国が国家の一戦略的政策として、将来の社会が受ける挑戦に対応できるように、質が高く創造力のある人的資源を養い育てるために設立された。これは「頭脳韓国21」(BK21)政策の一環である。その目的は、急速に変化する社会の中で、創造的に問題を解決していくことのできる次世代の若い研究・開発の専門家を養成することにあった。

 また同研究所は、研究所長のリーダーシップのもと、教育分野で現在六つの具体的な主要研究活動に取り組んでいる。すなわち、教育基礎、教育技術、教育カウンセリング、教育経営、生涯教育、道徳教育である。これらのプロジェクトは、六つの研究チームに分かれ、各チームの統括責任者は同研究所の運営母体である理事会から派遣されている。

 更に、研究所機能の円滑な推進のために、三つのセンターが設置された。すなわち、サイバー教育、国際協力、学術情報の三センターである。また国際会議の主催と国際学術雑誌出版のために、二つの委員会が設立された。

 これらの組織は、事務局によって支えられ、国際諮問委員会の助言を得て運営されている。現時点でiAPEDは、ソウル大学教育学部及び国家倫理学部に所属の26人の教授、4人の客員教授、10人のポスドク、それに80人の修士・博士課程の学生を擁している。

 iAPEDは、特にアジア−太平洋地域の教育開発など、国際的な教育問題を扱う国内組織として誕生したが、その名称が示唆しているように、国際的な性格を強くもっている。前述したように、同研究所の使命は、急速に変化する社会の中で、創造的に問題を解決していくことのできる次世代の若い研究・開発の専門家を養成することである。この目的は、アジアと太平洋の事情からみた場合に、二つの道を通じて成し遂げていくことができる。一つは、アジア教育研究を強化し、多様なアジア的視点を育てていくことであり、もう一つは、アジア各国の教育学術団体との交流・協力の推進を通してである。

(3)iAPEDの教育プログラム
 iAPEDによって実施されているプログラムの概要は、下記の通りである。

A.アジアの教育に関する研究の強化
 アジア教育研究の基盤を確固たるものにするために、iAPEDは初年度(2000年)から下記の主題についての講義を開講し、また研究計画を実施することを、現在積極的に検討している。
○東アジアの文化と教育の比較研究
○南北朝鮮の教育システムについての比較研究(不均衡解消のための計画を含む)
○アジアと太平洋地域の教育経営と教育システムの比較研究
○同地域四カ国(オーストラリア、日本、ニュージーランド、シンガポール)の市民教育に関する比較研究
○アジアの教育の歴史に関する比較研究
○仏教と教育に関する研究
○国際標準による教育カウンセリングの長所についての研究
○韓国の生涯教育のグローバル化に関する研究
○朝鮮王朝における両班教育体系の研究
○教育の目的についての研究

B.アジア・太平洋地域における交流・協力の強化
 アジア・太平洋地域における高等教育機関相互の協力の促進と学術的交流推進のため、iAPEDは次の二つのプログラムを実行に移す。

@外国での実習
○アジア・太平洋地域における会議や現地調査などの国際的な集会に参加するため、短期実習(3カ月以内)を修士・博士課程学生に規定する。
○修士・博士課程学生には長期実習(6カ月以上)も規定する。特に学位論文を書いている者や、アジア・太平洋地域の大学に実習ニーズのある者に。

A外国人学者と留学生の招聘
○iAPEDにおける講義と調査研究のため、アジア・太平洋地域の外国人学者や教授を招聘するプログラムを実行する。
○iAPEDにおける実習と経験・情報交換のため、アジア−太平洋地域の政府役人と人材開発専門家、修士・博士課程学生を招聘するプログラムを実施する。

C. 国際会議の開催と学術雑誌の出版
 アジア・太平洋の多様な教育分野における研究活動を奨励し、経験・情報を交換するために、iAPEDは定期的に国際会議を主催し、年次ベースで国際学術雑誌を刊行する。

 今年の国際会議は「21世紀の教育開発に向けた反省と探求−アジアのアイデンティティーと展望を探して」の主題のもと、11月9日〜10日にソウルで開催される。一方、「アジア−太平洋教育論評」と命名された国際学術雑誌は、その創刊号に向けて既に準備されている。
(これは、2000年11月7日〜9日、韓国・ヨジュ市で開催された第2回アジア大学連合年次総会において発表された論文である。)