-田中恭子教授講演に対するコメント-
アジアの新冷戦体制の行方

筑波女子大学助教授 石田 収

 

 私の現在の主な研究テーマは、中国の現状と将来分析である。もっと具体的にいえば「21世紀は中国の世紀になるのか?」ということである。そこで主に中国問題を中心に、冷戦後の東アジア秩序に関してコメントしたいと思う。

 米ソ冷戦終結後のアジア地域は、新しい世界秩序を模索している時代だといわれている。しかし、アジアではこの冷戦はまだ終わっていない。これはアジアにおける「新冷戦」ともいえる。この「新冷戦」は、それまでの冷戦とはかなり様相が異なる。その中で変わっていない点としては、アジアにおける共産主義体制、すなわち中国、北朝鮮、ベトナム、ラオスの4カ国における共産主義体制は、依然崩壊していないということである。

 アジア新冷戦の特徴の一つは、米中対立、そこから派生する日中対立である。さらに従来の米ソ冷戦とは異なる特徴として、経済戦争があげられる。特に最近の日本に対する中国の繊維製品の輸出などはそれを象徴している。

 共産主義体制について言えば、社会民主主義化を待つ時代でもある。つまり、ソ連、東ヨーロッパの共産主義体制が崩壊したのは偶然ではなく、それなりの理由があった。アジアの共産主義体制もいずれは崩壊することが予想されるが、現在一番考えられる可能性としては徐々に民主化されることである。

 田中教授は、東アジア冷戦後の3つの趨勢として、「グローバル化」、「多角化」、「民主化」とあげておられるが、私は東アジアの冷戦後の特徴として、「民主化」、「リージョナル化」、「ナショナリズム化」の3つを挙げたい。「リージョナル化」というのは、地域化傾向のことで、特に欧州連合のような流れがアジアにも波及してくると考えられる。また、「ナショナリズム化」は、国際共産主義運動の崩壊後における民族主義の活発化を指す。例えば、インドネシア混乱の最大原因の一つが、民族主義運動の活発化ではないかと考えている。従ってアジアにおける新しい地域秩序というのは、現在進行形である。最大の問題は、共産主義体制が崩壊するか否かという点であるが、それは何十年という単位では当然起こると考えている。

 (田中教授の指摘された)中国の経済発展至上主義への転換に関して異議はないが、私にはそれが中国の政策の最大主要課題とは思えない。むしろ現行の共産党体制を守ることが最大課題であると考える。つまり、江沢民路線は、小平路線をやや修正した亜流であるといえる。江沢民路線が小平路線と異なる点は、経済発展を追及するだけではなく、安定成長、格差の是正にも配慮している点である。中国の大きな課題は、国内に二つの国があるといってもよいほどひどい経済格差の是正にある。昨年出てきた西部大開発はその典型である。

 また中国の外交戦略は、内政とのリンクが極めて強いことが特徴である。言い換えれば、中国の外交は内政の反映なのである。中国の内政の原点は、経済発展と同時に共産党体制の維持にある。悪い言い方をすれば、共産党の利権の維持に主眼が置かれている。それが基礎にあって、それが天安門事件などの形として爆発するのである。中国共産党の現在の最大目標は、体制維持にあるので、大衆を先導する可能性のある法輪功や小さな声をあげたに過ぎない野党(民主党)など反旗を翻す可能性のある芽を摘み取るため、徹底的に弾圧を加えることになる。天安門事件は、中国が体制維持か経済優先かを選択するときに、体制維持を選択するということの証明だとみることが出来る。

 21世紀のトラブルスポットとして台湾海峡の例が挙げられているが、すぐに紛争が勃発するとは考えにくい。しかし中国の小平理論に具現化される中国的発想は、日本人の感覚では理解できないものである。最大の問題は中国共産党が大きな危機、具体的には現共産党が体制から追われるような危機に見舞われたときに台湾海峡に打ってでる可能性がある。

 防衛大学校の故川島教授は、「中国共産党というのは内部に大きな問題を抱えた時に、外部に打って出るという習性があることを忘れてはならない」とよく言っておられた。

 今後の中国の経済発展に関しては、中国のGNPは現時点で日本の約4分の1であるが、日本がこのままならば10年後は2分の1、20年後には日本に追いつくのではないかと予測出来る。香港を含めればさらに早いペースで進行する可能性がある。今後も経済的には発展していくが、政治的には共産党の一党独裁の維持が問題であろう。この体制を変えてはならないという遺言を小平が残しているため、変えることが出来ないのが現状である。

 従って来年秋の共産党大会で江沢民総書記に代わる新しい人物が出て、胡錦濤政治局常務委員が中国のゴルバチョフになればいいと考えているが、実際にはそう甘くはないとも思っている。

 中国が地域大国として世界に果たせる役割はそれほど多くはないだろう。東アジアに関していえば、北朝鮮の暴走にストップをかけたり、圧力をかけることが出来るのも中国しかないので、朝鮮半島問題についてはかなり大きな役割を期待することができるが、それ以外に関してはむしろトラブルメーカー的要素の方が多い。最大のトラブルは、中国大陸が大混乱に陥ったとき、それに対して、世界中が慌てふためき、世界の世論が日本に対して責任を押し付けてくるような場合が懸念される。中国共産党は、「我々の統治がなくなれば、中国は大混乱する」と主張して中国人民を説得し続けてきたが、今後も永遠に中国人が共産党の統治に納得するとは思えない。また、経済的、軍事的発展も含めてパックスアメリカーナにかわるパックスチーナをアジアにおいて形成するとなると米中の対立激化が予想されるため、極めて不安定かつ不気味な国だといえる。   (2001年3月3日発表)