大学ネットワーク化の必要性
―ある私的考察―

フィリピン工芸大学副学長 サミュエル・M.サルバドール

 

1.大学の歴史とその役割の変遷

 アジア大学連合(AUF)第1回年次総会の「アジア共同体のための大学ネットワーク」というテーマは、壮大かつ重要なものである。このテーマを聞いて私は、とても嫉妬深い女性がある占い師のところへ行って相談をした一つの逸話を思い出した。

 その占い師は女性に対して、「あなたがいつ結婚し、将来あなたの夫になるのは一体誰なのか知りたくないか?」と尋ねた。それに対して女性は、「私は自分の将来に役立てるために、現在の夫の過去を知りたい」と答えたという。

 現在の夫の過去を知りたがったこの女性のように、このセッションの議論のテーマ「大学ネットワーク化の必要性」の背景として、これから過去数世紀にさかのぼって、大学の役割について考えてみたい。

 世界中の大学はかつて、自分たちが12世紀のパリ大学やボローニャ大学に類似していると考えていた。これらの大学は教師と学者の自治共同体であり、外界からのあらゆる規制や抑圧から解放されていることを誇りとしていた。その後、このような大学の理想は、千年近く大事に育てられてきた。

 その後、民族主義の興隆した1960年代に、このような大学界は、国の権力と発展、威信と高潔、平和や安定、人類の幸福のために貢献した知識産業の中枢となった。

 その時から、大学は社会的・政治的変化の中核機関となった。そして国家建設に積極的かつ効果的に参加し、同時に、特に科学技術の分野において、人類の進歩に貢献しなければならなくなった。

 それでも大学は、過去のように自治性を保たなければならなかった。なぜなら、学問は恐怖心や猜疑心、不信感などの中では隆盛し得ないからである。国家の発展という偉業においては、大学内の全構成員をそれに関与させ、参画させるために、常に自由な気風を創造、再創造し続けなければならない。

 そして1980年代になると、情報技術の飛躍的発展、科学技術の急速な進歩、世界化の潮流などによって、大学の役割は大きく変わった。今日の熱狂的な世界は、科学技術によって引き起こされた情報・知識の爆発的な進歩として特徴づけられるが、その結果、地球全体が一つの「地球村」として繋げられたのであった。それゆえ現在の大学は、世界でもっとも優秀な連中と対等に戦い、世界を舞台に適材適所で活躍することのできる学生を育てるよう期待されている。

2.アジア共同体の必要性

(1)世界化vsリサールの一つの世界
 現代は、特に生活のあらゆる段階において、さまざまな機関・団体やそこに属する個人は、常に世界的に(地球規模で)活動しなくてはならない。貿易や産業活動を例にとって説明すれば、次のようになろう。発明は米国人によるものでも、そのアイディアから製品への転換は日本人が担当し、生産工場設備は韓国人が造り、実際の生産はフィリピン人が受け持つかもしれない。また、原材料はインドネシア産で、マーケティングはシンガポールや中国から行われるかもしれない。

 更に現在では、世界中のさまざまな国の人々がファックスや電子メールによって容易に
相互にアクセスすることができるようになっている。

 他国の文化やその鼓動、色彩、活気などが、テレビの衛星中継を通じて即座に我々の居間や学校の教室、仕事場に伝えられる。MTV(注1)がアジアや中東の全地域で放送されたり、CNNが世界中で視聴されることによって我々は世界的な共同体として結びついている。

 我々アジア人は、間もなく「アジアと世界の他の地域」と考えたり「彼らと我々」という見方を止め、最終的に一つの大家族として、他の人々と共に生きるようになるだろう。結局、我々人類は国籍や宗派、それぞれの主義主張に関係なく「全知全能の親」の子であり、同じ星(地球)の住人なのである。したがってお互いに助け合い、支え合い、保護し合わなければならない。

 これに関連して、1世紀以上前にフィリピン最高の英雄であるホセ・リサール博士(注2)がその二番目の小説「El Filibusterismo(スペイン植民地からの独立運動の意味)」の中で「一つの世界」の出現について述べている内容を指摘したい。彼は「これから2〜3世紀のうちに人類が救いを受けて目覚めた時、また抑圧と奴隷、植民地と母国が存在しなくなった時、正義が支配し人々が世界市民となった時、科学のみが残り、『愛国心』という言葉は『狂信』と同等の意味を持つようになるだろう。愛国的な理想によって自身を誇る者は、間違いなく‘恐ろしい病気’、あるいは‘社会の危険人物’として孤立化させられるだろう」と述べている。

 しかしこのような統一世界、あるいは人類の団結は、切に希望されるべき最終目標である。実際に我々が生きている世界は産業的ダーウィニズムの熾烈な競争社会であり、「適者」(勝者)のみが生き残る場所である。まさにその通りである。世界市場における競争が余りにも激しいため、より科学的・技術的に発達した国家が実質的な適者の生存を賭けた競争の勝者となる。

(2)アジア共同体創造の必要性
 一般に、我々アジア人は社会進化論的な「適者生存説」を受け入れることができないし、また受け入れるべきでもない。なぜなら我々にとって「生存」は、環境に適応できるか否かの問題ではなく、天賦の権利に関わる問題だからである。我々は自分の思い通りに生きるためにも、お互い助け合いたいと感じているのである。

 このような観点から、アジアの国々は手を取り合い、親密な調和を保ちながら共に働き、アジア共同体の創造という極めて重要な目標を達成する必要があると我々は考える。それにより同じ機会、投資、市場をめぐって対抗する他の地域的国家共同体と競争することができる。

 しかし、それは果たして可能だろうか。アジア共同体を自発的に組織し、多様性の中から統一性を形成することは可能だろうか。可能であろうとなかろうと、我々がそれを望んでいることは確かだ。アジア共同体は競争の激しい産業「進化論」の世界で生き残るために必要である。それがアジアの全ての国の歴史的な流れである。

3.フィリピンにおける大学ネットワーク化

 この競争の激しい世界で生き残るため、フィリピンの高等教育機関はネットワーク化をその方策として選んだ。これらの連合体またはネットワークの中には財団の支援を受ける教育機関によって創設されたものもある。また同じ宗派の団体が所有する機関によって、地域レベルまたは全国レベルで組織されたものもある。あるいはプログラムや特定の学問分野を中心としてネットワーク化されたものもある。

 大学認定の分野では、フィリピン大学認定機関連合(Federation of Accrediting Agencies of the Philippines)を通じてさまざまな認定機関の間でネットワーク化が起こった。

 図書館サービスの分野においては、現在ユネスコが「文化遺産情報ネットワーク(Culture Heritage Information Network)」プロジェクトを進め、国立大学間教育フォーラム(National Inter-University Forum on Education)も「NIUFE図書館ネットワーク」を推進するだろう。両者とも、大学間の協力と学術的な交流を促進することを狙いとしている。1992年5月に私学援助基金(Fund for Assistance to Private Education)によって設立された学術研究図書館情報ネットワーク協会(the Association of Academic and Research Library Information Network)も、ユネスコやNIUFEと密接に協力しながらプロジェクトを進めている。

 私立学校の三大ネットワーク、すなわち、フィリピンカトリック教育協会(Catholic Educational Association of the Philippines)、キリスト教学校大学協会(Association of Christian Schools and Colleges)、フィリピン大学協会(Philippine Association of Colleges and the Universities)は、私立学校の包括的ネットワークである「私立教育協会協同会議(Coordinating Council of Private Educational Association)」を設立するために協力した。

 高等教育の政府機関も同様に、フィリピン「国立大学協会(Philippine Association of State Universities and Colleges)」を設立するためにまとまった。

 さらにCOCOPEAとPASUCは「国立大学間教育フォーラム(NIUFE)」と呼ばれるネットワークを組織した。このネットワークは、アジアにおける高等教育機関のネットワークとしてフィリピンを代表するものである。

 我が国の高等教育機関のネットワークに関して、その全ての取り組みについて触れる必要はないだろう。ただ、我々は我が国の大学ネットワークづくりの経験をもとに、アジア大学連合の目的達成に対して大きく貢献できるという自信を持っている。その目的とは以下のようなものである。

1)アジア諸国の教育制度(の違い)に対する理解を深め、各国の理解と協力を促進する。

2)アジアの大学において指導的な立場にある人々の対話を促進する。

3)最終的には、アジア共同体の構築を目指し、将来の協力計画に関して現在行っている議論を継続する。

4.アジアの高等教育機関のネットワーク化

(1)アジア大学連合の果たすべき役割
 世界市場の苛烈な競争の中で、アジアの高等教育機関はアジア共同体の実現に貢献しなければならない。

 アジア大学連合(AUF)のイニシアチブにより、我々はこの歴史的なホテルにおいて初めて、提案された教育組織の創造に関して意見を交換するために会議を開催している。この教育組織は生涯教育や大学のネットワークづくり、アジアの諸大学の組織的な変革のための戦略などを提供するだろう。

 今後、アジア大学連合(AUF)は、会員機関の共通目標を明確にするための場を提供し、特定のプログラムの計画や実行、監督を支援するために、極めて有能な専門家を事務局のスタッフに置くことを約束した。

 従って、我々はこのAUF第1回年次総会および今後開始されるプロジェクトが、アジアのさまざまな高等教育機関の代表者たちに、人的相互交流の機会を提供してくれ、その結果我々の共同体意識を醸成してくれるものと確信している。結局、親密さが増すことによって目的実現への情熱が高まり、アジアの大学のネットワーク化に対する支持や責任感が促進されるのである。

 この会議や今後の共同の努力において、仕事上においても個人的関係においても、相互の厚い信頼を示そうではないか。なぜなら、信頼なくして協力がありえないことは明白だからである。もし我々がアジアの大学の代表としてお互いに信頼して協力し、ネットワークの絶対的必要性に対して一致して効果的に対処することができるなら、その時我々はアジア共同体の創造のための団結と統一を一層確実なものとするだろう。

 ファックスや電子メールを利用すれば、地理的障壁を克服してアジアの大学間の効果的なネットワークづくりが可能であることは疑う余地もない。

(2)アジアの大学ネットワーク化の恩恵
 協力と資源の共有から生じる経済的恩恵に加え、このネットワークに参加するアジアの大学は共同体意識の深まりを体験するだろう。それらの大学の学術環境はより充実したものとなる。なぜなら、その大学の教授や学生たちはそれぞれの成長に必要な機会をより多く与えられるからである。明らかに言えることは、ネットワーク化によってアジアの各参加大学はそれぞれの能力を従来以上に高めることができ、教育的特色を強化させ、人材や資源を一定に保ったままで専門的知識や技術の利用を促進することが可能となる。

 実際、アジアの高等教育機関は、ネットワーク化によって指導や研究、出版、総合的かつ最新のデータベースなど、さまざまな分野において優秀性を発揮することができる。

 大学のネットワークづくりに関して多くの課題や懸念があることも確かである。しかしそれらは時間の制約があるため、この場で触れる必要はない。

 ここで議論され強調されなければならないのは、効果的なネットワークづくりには十分な計画と定期的・継続的な評価、そして頻繁な改善が必要だということである。さらに、このネットワークづくりに携わる指導者たちは、継続的な支援の手段として先ず自分の大学が責任を持つべきである。また各大学は協力的な努力に歩調を合わせるために、自分の大学の課題を優先的に調整すべきである。

 我々は効果的で、よって永続的なアジアの大学のネットワークづくりと、組織化されたアジア共同体の建設を大いに期待する。

(3)アジアの特徴とネットワーク
 アジア共同体のための大学ネットワークづくりに関して、多少個人的な議論が許されるなら、アジアが人口学的な意味においてだけでなく、文化的な豊かさと多様性においても世界で最も大きな地域であることについて述べたい。

 今回の会議は、社会の団結力、知恵、総力を、知識や技術、平和や協力、発展、統一等を継続して希求することに向けるべきでだという時代の流れがあふれる中で開催された。

 教育者として、また大学人として、我々は特に大学ネットワークの分野に対する地域的な関心を高め、我々の共通の関心の中にある本質的な崇高さをさらに高揚させることができると期待する。

 アジアは、全世界の約4分の1の人口が何百万平方マイルもの陸地、海、湖に分散する地域であり、更にその利用と開発の膨大な可能性をも秘めている。

 我々が「大学人」というものを、文化的なアイデンティティーや調和、人類の知識や啓蒙など、人類共通の関心事を高める主要な機関として考えているのは、まさに大学人に任されたのが本質的にこの偉大な可能性のためなのである。

 ネットワーク化によってアジア共同体という我々の夢を実のあるものにしてくれる教育者たちの、より大きな集いの場が必要である。

 それぞれの教員団体、教育の管理職および教育行政官たちの間で、また若者や学生の間でより活発な文化交流を進める必要がある。さまざまな教授・学生交換プログラム、国内的および国際的な大学公式訪問、図書館資料や学術研究の交換などは、大学ネットワークづくりの一部分である。

5.最後に

 しかし最終的な分析において、我々は提案された全てのプロジェクトと活動内容を人類の社会経済的、政治的、歴史的発展の本流と切り離して考えることはできない。なぜなら、大学のキャンパスや教室、図書館、研究所、実験室、地域社会における個別指導などは特定の社会階級や国家の特権ではないからである。我々の時代においてこれらは地理的条件や民族的、政治的、経済的、社会的な差異、また貧富の差に関わらず、全ての人々の歴史的遺産である。それゆえに社会全般の各人各様の意見を可能な限り反映すべきである。

 我々が議論し採択するであろうさまざまなプロジェクトや提案、計画は、人類の友愛にとって真に建設的な貢献とならなければならない。政治家、外交官、軍隊の指導者たちはそれに失敗するかも知れないが、学者や大学人は成功するであろう。

 インドの詩人であり哲学者であるタビンドラナート・タゴールの短詩35番「ジタンジャリ」を多少修正を加えて紹介し、締めくくる。これは現在の我々の祈りである。

  心に恐怖がなく、顔を高く上げているところ。
  知識が解放されているところ。
  世界が狭い自国の壁によって粉々に砕かれていないところ。
  言葉が真実の深みから出てくるところ。
  弛みない努力が完成を求めて手を伸ばすところ。
  澄み切った理性の流れが、無感覚の習慣という荒涼とした砂漠の砂に埋もれていないところ。

  汝によって、広がりつづける思想と行動へと心が導かれるところ。
  その自由の天国に向かって、父なる神よ、この第1回AUF年次総会と、この国、全アジアを目覚めさせ給え。

 今日の会議がアジア共同体の勝利をもたらすことを祈りつつ。
(この論文は、1999年11月22-26日、フィリピン・マニラにて開催された第1回アジア大学連合年次会議にて発表されたものである。)

注1 MTV(Music Television) 米国・ニューヨーク市のロック音楽専門のケーブルテレビ放送。[ランダムハウス英和辞典第2版より]

注2 Jose Rizal(1861-96)フィリピンの愛国者、小説家、詩人、医師。反スペイン革命扇動の罪で処刑された。[同上]