21世紀における高等教育
―大学ネットワークへの取り組み―

アジア大学連合会長、韓国ソンムン大学学長 李 京俊

 

1.アジアにおける高等教育

(1)国の発展と大学の位置
 アジアは、世界人口の約三分の二を有する広大な地域である。均質的なユダヤ・キリスト教の価値観を土台とした西洋社会とは違い、アジアはさまざまな世界的宗教や思想の発祥地及びそれらを育てた苗床である。過去数百年にわたってその大部分が植民地となってきたが、アジアはそれら多くの偉大な宗教の根源を見出すことのできる固有の文化と価値観とを保ち続けてきた。

 アジア諸国間の多様性を明らかにする簡単な事実として、世界で最も人口の多い国と小さな国とが隣接しあって存在していることが挙げられる。また、経済的最貧困国とともに最も経済的影響力を持つ国も抱えている。

 現在アジア諸国の多くは経済的危機に陥っているが、将来の有望性は高く、多くの国々から注目されている。アジア諸国間では相互協力を図るために、ASEAN(東南アジア諸国連合)やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)などの連合を組んでおり、アジア共同体という概念はあらゆる国際会議の場でのテーマとなっている。

 どの国においても、大学が国の発展に主導的役割を果たしてきたことは明確である。経済のグローバル化と雇用市場の形態の変化によって、大学教育も国際化が叫ばれるようになってきた。その結果、世界的な信頼性、生涯教育、大学ネットワーク、及びアジア共同体実現に向けた積極的なステップとしての大学の組織改革の方策等を提示できる教育システムが要請されている。

 アジア大学連合は、アジアにおける高等教育機関のネットワークを促進する役割を担うものと自負している。今回の第一回アジア大学連合年次総会の目的は、アジア諸国の相互理解と相互協力を促進するために、@各国間における教育システムの相違に対する理解を深めていくA主導的役割を担うアジアの諸大学間の交流を促進するB今後の協力体制について話し合うことである。

(2)欧米の大学との違い
 アジア地域における高等教育システムは、ヨーロッパや米国の大学のモデルをさまざまに取り入れてきた。しかしながら、それらは全く同じものとして取り入れられたわけではなく、それぞれの地域のニーズに合うように組み合わされながら取り入れられた。例を挙げれば、一般的に西洋では、大学を「文化的価値の伝達機関」として見ていないが、東洋では大学を「最高水準の専門的科学技術と伝統的価値観を伴った学問を総合する機関」であると捉えている。

 過去数十年にわたる価値観不在の教育は、西洋社会を明確な方向性を見失わせ、混沌とさせてしまった。この結果、伝統的な家族構造が崩壊し、多くの社会的問題が引き起こされた。しかしながら、教育に対する世論が今再び原点に戻りはじめており、多くの教育者たちも伝統的価値観に基づいた知識教育について語りはじめている。

 アジアの政治家や高等教育機関の指導者たちの多くも、高等教育は社会的問題に取り組み、価値観を保持し、倫理道徳問題について語り、伝統文化とアイデンティティーの存続に寄与する主導的役割を担うべきだと強調している。

2.時代の変化と教育改革

(1)情報化時代の教育
 情報伝達技術の発達により、海外からの情報ハイウェイが開かれ、無制限に情報が流れ込むようになった。アジアの政府の多くは、西洋のライフスタイルや思考方式の流入が、自国の固有文化やアイデンティティーを壊してしまうのではないかと懸念している。しかしながら、アジアの政府の多くは未だ西洋の政府から独裁者としてとらえられており、西洋ではインターネットを東洋の民主化に向けての重要なステップとして見ている。民主化は教育において当然の過程であり、民主化に向けての教育は21世紀におけるアジア諸国の教育改革が目指すものの一つである。

 確かに政治家たちは、多数の国民が支持しているとの理由で、ある考えや政策を受け入れてはいるが、次回の選挙では改正を目指して静かに取り組んでいる。しかしそれが改正される前に、多くの国民が生きていくことに汲々としない中流階級の生活を保持できるような一定の教育レベルと経済レベルに到達することが先決である。

 さらに、情報技術の発達によって、情報伝達者としての教師の権威はやがて無くなっていくだろうし、情報収集において教師と学生とは対等の立場に立つことだろう。これは知識が教授のみに占有されず、学生が学ぶことに対する主導性を持っていく上での積極的な発展だといえる。この過程において、大学はより民主的な学術機関となっていくことだろう。

 このような新しい教育方法と勉強方法に適応するために、我々には変革が必要である。例えば、図書館は大学における主要な施設の一つである。情報化時代の図書館は、印刷物のみではなく、インターネットを通してどこからでもアクセスできるデジタル化された資料も有している。このような図書館は情報化時代か否かを問わず、教育や学習、研究の中心的施設であり続けるだろう。

 さらに、コミュニケーション技術の発達は、大学での授業や伝統的な教育方法と学習法の見直しなどの情報収集に対する新たなアプローチの方法を提示している。これらの新技術によって、教室での教育と遠隔教育との差異が無くなってきており、インターネットが伝統的な高等教育に代わるものであることは明白となっている。それゆえ、情報化時代は、現代の大学における場所(place)という概念を完全に変えた。

 情報技術の高度な発達は、世界中のあらゆるところへ相互間の情報を伝達するコストを大幅に削減させた。今では世界中においていつでも優れた講師と科目とを学生に提供できるようになった。

(2)教育と市場の需要
 アジアにおいて私立教育機関が増設されていくに伴い、年々卒業生の数も増加しており、卒業生の質が問われるようになっている。ここでいう質とは、市場のニーズに応えることのできる卒業生の能力のことをいう。しかし、質の高い教育について考える時に、大学が考慮しなければならない重要な側面は、教授法の専門性を高めることである。教授は過去の学歴によって採用されるが、その時必ずしも指導技術の優劣は問われない。それゆえ、大学は教授たちの業績の点検と評価とともに、教授の質を向上させるプログラムの開発に努めなければならない。

 一般に、情報技術時代における職業は、生涯教育を必要とし、最終学歴はそれほど重要視されないと言われている。しかし、もし生涯教育が教室への出席のみを意味するならば、出席者の人数は、ごくわずかなものとなるだろう。たとえ人々がキャンパス内でのプログラムに出席する時間をとれたとしても、設備と学術的資源が限られた我々の大学では、増加しつつある生涯教育の需要を満たすことはできないだろう。それゆえ、情報技術を用いた「遠隔教育」(distance learning)がその明らかな代案となってくる。

(3)バーチャル大学(仮想大学)
 情報技術によって、学者や科学者たちは、互いに懸け離れた場所にいながらも科学的、学術的プロジェクトについて共に取り組むことが可能である。しかし、遠隔教育とは、アジア諸国内で海外の大学がプログラムを開講することも意味し、各国の大学の独占体制に揺さ振りをかけることになる。この結果、アジアの諸大学はよりよい学術プログラムの提供とともに、学生の獲得に対しても新たに競争を強いられている。

 より高度な遠隔教育の形態を可能にするコミュニケーション技術は、バーチャル大学の実現をもたらすであろう。バーチャル大学は、高等教育の大衆化への道を開く解決策となる。また、バーチャル大学に入学する学生は、地理的要素の制約を受けないため、学生の授業料からの収益率を高めることができるという点で、このような教育機関に対する期待は無限大である。

 また、この技術により、大学同士がより緊密に協力し合えるようになる。バーチャル大学のネットワークが実現すれば、学生たちがそれぞれ各自のニーズと関心に合わせて、さまざまな大学からカリキュラムを幅広く選択することができるようになる。

 もし、バーチャル大学が高等教育の大衆化に対する解答であるなら、特に発展途上国においては伝統のある高等教育機関にとって新たな試練となる。なぜなら、学生たちは地理的条件がもはや問題とならないとなれば、先進国のより有名な大学のプログラムを学びたいと考えるかもしれないからである。

3.アジア大学連合と21世紀への取り組み

 ここで問題となるのは、「アジア大学連合は、21世紀における高等教育の需要と課題に対して何ができるのか」ということである。この問いに対する答えはアジアにおける大学の数に比例して違ってくるであろうが、高等教育機関相互が共に協力し合うことによって最高度になし得るものがある。

 我々は国際化に目覚めた教育システムの創造を急速度に推進しているが、その結果としてグローバルな大学システムの実現を見ることとなった。即ち、それがまさにバーチャル大学の展開である。アジア大学連合では、さまざまな文化と諸民族間の相互理解を深め、協同的教育活動を通しての世界平和の実現に貢献する機会をもうけている。

 歴史的にみて、我々はアジアの高等教育機関相互だけでなく、より有名な西洋の大学とも、学生と教授の獲得をめぐって競い合ってきた。私は競い合う時代から協力し合う時代へと意識を変える時が来たと信じる。アジア大学連合は新しい大学を創立したり、既存の大学を改築したりするために何十億というお金を費やすよりも、既存の大学間の協力を促進し、アジア大学ネットワークを創り出していこうと考えている。また、大学を変える必要はなく、現行の大学や学校制度をより充実させ、改革すべきだと考える。もし我々がキャンパスを有する大学とバーチャル大学とのネットワークをアジア大学連合を通して創り出せるなら、私達の行く道は文字通り無限のものとして広がる。

 西洋は科学技術の分野において優れており、我々もそこから多くのことを学んできた。しかし、我々もまた東洋の優れたところに目を向け、世界中の学生達にアピールできるよう、それを強化していかなければならない。この範疇に当てはまる研究分野は多数あると思われるが、例として異文化研究が挙げられる。

 グローバル化が進むに伴い、今後異文化間の理解がより一層重要になるだろう。歴史的に、西洋の大学では異文化研究コースをその大学の教授に任せてきた。しかし、これらの教授達は、研究対象分野の文化を背景に持たない場合がある。実際のところ、アジアに関するコースが西洋において開講されて、却って問題を引き起こしたという事実がある。外国語を学ぶ学生たちの中には心得ている者もいるが、教室外でその言語が使用されない環境で外国語を習得することは非常に難しいのである。それと同様のことが異文化研究においても言える。文化について学ぶことと、その文化を直接体験することとは明らかに異なる。

 アジア大学連合を通して、アジア地域内においてこのような研究コースを開講することが可能である。アジアの諸大学が共に参加することによって、自分の大学をより強化することができるし、また協力し合わなければ不可能であったプログラムを開講することができる。さらに加えて、世界大学連合を通してバーチャル大学同様に西洋の学生を魅了し、グローバル化進展の過程で特別な役割を果たすことができる。今行動を起こせば、この分野及び他の多くの分野において先導的立場に立つ我々になれることを確信している。

 (この論文は、1999年11月22-26日、フィリピン・マニラにて開催された第1回アジア大学連合年次総会にて発表されたものである)

【参考文献】
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バーチャル・ワシントン州立大学「非同期式学習」白書。
http://www.mcs.wsu.edu/vwsu/RFP9631/WP1101496.html