韓国における大学改革の新たな試み
―大学レベルでの人格教育開発―

韓国・ソンムン大学総長 李 京俊

 

1.韓国の教育改革の現状

(1)高等教育の量的発展
 韓国は、他の多くのアジア諸国同様、教育に対する熱意で知られている。この“教育熱”は、学者や学業を重んずる儒教の倫理と伝統に根ざしているということは、疑う余地もない。実際、教育への情熱は、アジア的価値観の重要な要素の一つと見なされている。アジアの人々は教育を大変重んじ、父母たちは子女の教育のため、通常の親としての務めを遙かに超えた犠牲を払う。現在、アジア諸国は経済不況にあえいではいるものの、もともとその経済的繁栄は、良い教育を受け、有能な人材によって実現したという一面がある。

 韓国現代史において、教育の機会は大きく拡大したが、その結果、高等教育の量と質の両面における急速な発展がもたらされた。例えば、量という点において、四年制大学の数は1970年に40校だったのが、1999年には189校まで増えた。韓国の学生数は現在、220万人で、人口に対する大学進学率は、世界第2位である。20年前の20万人からここまで増加したのである。また卒業時の年齢が34歳以上の学生の割合は、経済協力開発機構(OECD)諸国の平均が13%であるのに対し、韓国は19%で、これは世界で最も高い値の一つとなっている。

 高等教育の発達にもかかわらず、教育の質は期待されたほどではなく、大多数のOECD諸国に比べて遅れをとっている。例えば教授一人あたりの学生数は、米国が14.2人、OECD諸国が15.3人であるのに対し、韓国は37人となっている。多くの韓国の大学は財政基盤が弱く、学生の授業料に大きく依存している。さらに韓国の教育システムは一般的に、その硬直性と入学試験を中心とした詰め込み主義が批判されている。

(2)教育改革の特徴
 韓国の教育改革は、これまで教育界全体が質の向上や個人の創意・創造性よりも、むしろ数の増加に重点をおいてきたという自己批判から出てきている。しかしながら、教育改革は、いくつかの根本的な要素が合わさって押し進められてきた。

 第一に、韓国が世界をリードする先進国の仲間入りをしたいと切望する故に、私たちは社会や政府、経済システム、財閥、そして大学の構造改革を行ってきた。その目的は、国家の競争力を高めるためである。教育改革は、教育的課題と社会を変革する原動力の伴った国家目標のための、一つの中・長期的なプランであった。

 第二に、韓国の“教育市場”は、世界貿易機関(WTO)の合意事項遵守の一環として、世界に開放する対象とされている。今後、世界規模の教育市場を席巻する“第二の教育の波”が押し寄せてくると考えられている。それゆえ、韓国に入ってくる外国の大学と競えるように、自ら備えをすることで国際的な競争力を拡充すべきであるという点で、韓国の大学は、一致している。

 第三に、国内の教育環境における変化に関連した別の要因がある。韓国の大学間における学生獲得競争は、ますます激しくなっています。2003年までに高校を卒業する生徒の数が減少する一方、大学の入学定員枠は依然として同じであると予測されている。この事実だけからしても、大学は競争力を増すために行動を起こさなければならない。

(3)政府主導の教育再興プロジェクト
 困難に直面して以来、韓国政府は教育再興のため、あらゆるレベルでイニシアティブをとってきた。重要分野の一つが、高等教育である。金泳三政権下では、韓国教育界の総括的な方向づけを指導するため、教育改革に関する大統領委員会が設置された。

 1995年には教育改革を押し進める決意の一環として政府は、最低でも国民総生産(GNP)比5%を教育分野に支出する計画を公表した。その他の主な政策アジェンダには、以下のものが含まれていた。
・単位バンク
・専攻分野について最低限取得すべき単位数の設定
・高等教育機関の多様化と専門化
・入学と大学運営に関する規制緩和
・世界レベルでの研究
・大学入試制度の改善

 同政策の下、生涯学習やサイバー教育、複数専攻制、社会参加、学科評価など、多くのプログラムが導入された。

(4)「BK21」(頭脳韓国21)プロジェクト
 1998年に政権を取った金大中大統領は、教育改革を一層強固に継続している。政府は、これまでで最も強力な改革を始めようとしている。この意欲的なプランは、韓国を「創造的知識に基づく国家」に変革するという目標を持っている。それは「創造的知識」が、韓国とその国民の競争力、ならびにその繁栄のための、高い付加価値を伴った資産であるという前提に基づいている。それは知識を基礎とした社会において指導者たり得る人々を養成するため、教育の質と教育制度の改善を目的としたものであり、新千年期におけるグローバル化と情報化時代に備えるためのものである。「教育発展五カ年計画」では、韓国政府が今後五年間にわたって、1130億ウォン(約90億ドル)を支出することが定められている。

 このように大学は、「強力な知識を持った偉大な国家」の創造にむけ、頭脳力を供給する中核機関である。同プログラムのもと、韓国・教育部(文部省)は、教育改革の鍵となるプロジェクト、「BK21」(頭脳韓国21)を策定した。BK21は世界レベルの研究中心大学を複数校、生み出すことを意図したプランである。このプランの下、政府はいくつかの大学グループやコンソーシアムを選び、巨額の財政支援を行う予定となっている。世界のトップ500大学に含まれる大学の数が、米国が113、日本が20、ドイツが31なのに対し、韓国はわずか2〜3の大学のみという事実を、韓国の人々のはしばしば残念に思っている。

 BK21に含まれる他の重要プログラムには、以下のようなものがある。
・大学院レベルの法科大学や医科大学など、専門大学院の拡充
・地域の学生のための、産学協同プログラムの強化に向けた地元大学の選定と支援
・2003年までに、G7諸国レベル並みの競争基盤整備に向けた研究助成金の増額
・学生選抜や入学者数などについての政府による規制の緩和
・韓国大学教育協議会主導による、大学評価システムの確立

 韓国政府および関係省庁は、これら諸策の実現に向けて多くの方策を講じ、また各大学にも行動を促している。例えば、すべての四年制大学は5年ごとに、国による大学の教育評価を受けるようになっている。また政府は先頃、「2+2」あるいは「3+1」研究プログラムと呼ばれるシステムを認可することで、外国の大学で一定期間学ぶ学生に、二つの学位を授与するという計画を発表した。

 また、国家と韓国の大学の競争力を増すため、韓国政府は、伝統的な韓国の思想である「弘益人間」、つまり実際的な知識を持ち、世界と人類に貢献する理想的個人を育成することを奨励している。政府は大学が“常識と人類愛を兼ね備え、創造的知識を持った有能な人材”や“韓国文化に誇りを持った地球市民”を養成することを提案している。

 強力な教育改革の推進によって、韓国の高等教育システムは変容を遂げようとしているように思われる。ほぼすべての大学が改革に向けた提案を行い、政府プランを実行に移している。カリキュラムから学科、大学運営、学生の福利厚生など、あらゆる面において構造改革及び改善が進行中である。

 基本的な目標は、競争力のある学術プログラムとともに、より効率的で「サービス」という考え方を中心にした教育構造、教育制度および管理・運営の導入と達成にある。もちろん総長と大学管理・運営スタッフが、これらの改革で主導的な役割を担う。しかし、教職員の側にも徐々に、認識と態度に変化が現れてきている。同時に、大学教育再生への期待は、学生や社会全般からも起きている。実際、韓国学界で最も流行っているトピックは、“消費者中心”の大学制度あるいは、“顧客中心”の教育である。概して、高等教育を取り巻く環境は、ここ2〜3年で大きな変化を見た。これらの変化は、ソンムン大学にも同様の影響を与えている。

2.ソンムン大学における改革努力

(1)これまでの改革・発展の歴史
 次に、ソンムン大学の紹介とその改革努力について、紹介したいと思う。ソンムン大学は1986年、その名前が示しているようにムン・ソンミョン師のビジョンを基に設立された。大学は、ソウルから車で一時間ほどの所にある忠清南道天安市の小さな神学校からスタートした。アサン市近くのメイン・キャンパスは広さが約300エーカーほどもあり、同地域は、住み心地のよい大学町になりつつある。現在、ソンムン大学には、4つの大学院と6つの学部、12の学科、49の専攻分野がある。

 その比較的短い歴史の中で、ソンムン大学は韓国で最も国際化された、最も急成長を遂げている大学の一つとなった。現在、約7000人の学生と230人の教員を抱えている。留学生と外国人教授の割合が、韓国で最も高い大学となっている。学生のうち約200人が海外からの留学生で、教授の1割は日本や米国、ロシア、南米、英国をはじめとする欧州各国から招聘している。

 ソンムン大学は、米国のブリッジポート大学やロシアの国立モスクワ工科大学、中国の遼寧大学など、世界の20以上の大学と姉妹提携を結び、広範なネットワークを持っている。ソンムン大学は、韓国における教育改革努力の第一線に立ち、その発展のために多くの取り組みを行っている。実際、わが大学は、韓国政府主導による改革の先頭に立っている。

 1997年の早い段階で、わが大学は「大学発展委員会」を設置し、数人の副学長と学部長からなる同委員会の共同委員長には、私と理事長が就任した。同委員会と付属する小委員会は、集中的かつ注意深い研究と議論を通じ、大学教育と運営の質を高めるための幅広いプロジェクトを進めている。1998年6月、大学発展委員会は、大学の中、長期的な発展計画についてまとめた「ビジョン2000」と題する、意欲的な白書を公表した。この未来のための青写真は、大学の目的や目標、主要プログラムを明らかにするのみならず、それらの目標を達成するための戦略とスケジュールを描き出している。

 このビジョンをもって私たちはソンムン大学を、第一級の教育環境を備えた「模範的かつ世界的な大学」にするため、大胆な計画を実行する決意を固めている。同プランの下、私たちの大学は10年以内に、近代的なキャンパスを持つ、主要な国際大学に発展することであろう。予想される2万人の学生と600人の教員のうち、四分の一は外国人が占めるであろう。私たちの目標はソンムン大学を、他大学をリードする世界レベルの大学に、模範的キャンパスに、そして国家や人種、宗教、文化の違いを超えた世界的文化村にすることである。

(2)ソンムン大学の三つの特徴
 この点に関して、私たちが実践する大学教育の三つのユニークな側面をお話ししたい。
 まず第一に、ソンムン大学には「愛天、愛人、愛国」という校訓を実現する、独自の教育プログラムがある。一流の教育を実践するために、私たちの大学は、優秀な専門家や職業人であると同時に道徳的に高潔な市民として、より良い社会を築き、世界平和の進展に貢献する、将来の世界的リーダーを教育することに重点を置いている。ソンムン大学には、伝統的な人文科学や社会科学、工学に加え、国連研究やラテン・アメリカ研究、生産システム技術、情報技術、国際コミュニケーションなどユニークかつ強力な学術プログラムがあり、私たちはそのことを誇りに思っている。

 第二に、大学の建学理念に関連して、ソンムン大学では国際化教育に特別の重点を置いている。私たちの大学では、国際的な視野を持つと同時に才能があり、専門的な知識のある若い青年男女の教育に力を注いでいる。私たちの大学には、英語や日本語、中国語、ロシア語、スペイン語を含む、いくつかの外国語および地域研究の学部がある。英語、中国語、ロシア語専攻の学生は、「3−1システム」による研究オプションを選ぶことができる。このシステムの下、学生はソンムン大学での3年間の研究の後、米国あるいは中国、ロシアへの留学を選択することができる。海外で得た単位は、ソンムン大学卒業に必要な単位として認定される。私たちは現在、同様のプログラムを日本やスペインで行う準備を進めている。

 社会科学の領域では、国際研究や国際経済、北朝鮮研究などの専攻では、知識を得、国際的な視野を広げる機会を提供している。私たちはまた、学生たちを世界各地の交換プログラムやインターンシップ、現地調査、ボランティア活動プログラムに派遣している。毎年、200人以上の学生が海外の姉妹校や他の研究機関で一般学生として、あるいは語学留学生として学んでいる。ソンムン大学とブリッジポート大学は、ソンムン大学の学生がブリッジポート大学に留学する場合の学費を、通常の三分の一に減額することを定めた特別協定を結んでいる。

 第三に、ソンムン大学は道徳ならびに家庭の価値教育を行う先駆的教育機関である。今年、私たちの大学では、道徳と倫理に関する体系的な教育および研究を行う学部プログラムである「純潔(ピュアラブ)学部」を創設した。この新しいプログラムは、現代世界における道徳的、倫理的価値観の重要性を強調されるムン・ソンミョン師の教えと理念に感化されたものである。この新しいカレッジは実に、この種のものとしては韓国のみならず世界でも最初にして唯一のものである!

(3)「ピュアラブ」学部の目指すもの
 ピュアラブ学部が今年3月、女子新入生にその門戸を開いた時、私たちは多くの若く、有能な学生から願書を受け取り、それは韓国の公共放送及びマス・メディアから大きな注目を集めるところとなった。このプログラムでは現在、20人の高い志を持った女子学生が受講している。私たちは後の段階で男子学生の募集も計画している。

 なぜ私たちは、ピュアラブ研究を新たな学問分野として、正式な学位プログラムとしてスタートさせたのか。何よりも私たちは、専門知識と共に堅牢な道徳・倫理価値観を備えた若者を教育することは、この道徳的退廃の時代の家庭にとって、社会建設にとって、世界平和にとって重要であると信じている。それゆえ高等教育は、この分野における未来の指導者を養成することにもっと注意を払うべきである。

 さらにピュアラブの理念と運動は成長分野であるとみることができる。それゆえソンムン大学は、ピュアラブ分野の理論および方法論研究、カリキュラム策定を通じて高等教育と学問分野としての発展に貢献したいと考えている。同時に私は、ソンムン大学が、一つの学際的研究として、この新しい分野を体系化し、制度化できるユニークな立場にあり、また家庭においては模範的な配偶者となり得るし、専門分野や社会においてもリーダーシップを発揮し得る若者を教育することができる立場にあることを確信している。

 ピュアラブ研究に加え、私たちの大学は、ホリスティック教育において道徳・倫理問題に関わる、さまざまな一般コースを用意している。大学のカリキュラムは、あらゆる面で完全な人間となる知恵を学ぶため、すべての学生に同学部で最低四コースを履修することを義務づけている。同学部では、それぞれの専門分野における著名な学者が教員を務めている。

 私は高等教育の役割とその家庭との関係を重視している。家庭と学校は互いに独立したものであるが、教育においてはパートナーである。それゆえ父母と教師は、双方とも教育者である。しかし私は時々、なぜ社会は、若者が教育も受けず、準備もないまま、結婚して親になることを容認しながら、教師と教授に厳格な教育と試験を課しているのかと不思議に思う。これとともに他の要因も加わって離婚と家庭崩壊が急激に増加し、その結果、社会全般と教育機関を大きく歪めているのである。

 それゆえ、私は家庭の価値を教えるという改革なしには、模範的市民を養成するという、教育機関の潜在的能力を発揮させることは難しいであろうと信じている。同様に、道徳的価値と道徳教育に一層重点を置くという高等教育改革なしには、社会が家庭の問題に取り組むことは難しいであろう。

3.高等教育機関の重要性

 ソンムン大学の総長として私は、若者の魂と心を教育する大学の伝統的な役割を活用することに強い関心を抱いている。いかなる社会においても高等教育は、社会と国家、世界が繁栄するための鍵となる。アジア諸国の多くは現在、財政的、経済的な問題を抱えているが、高等教育がアジアの経済的繁栄に大きく寄与していることは、十分認められている。しかし、経済発展の過程で、人々がより物質主義的に、利己的になるにつれ、私たちの社会的、道徳的価値観が退廃したということもまた真実である。独特の社会的、文化的、地理的伝統に根ざしたアジア的価値観は、希薄化されつつある。

 この悲しむべき風潮を押し戻すために、高等教育機関は、社会の良心として、また知的権威として、道徳的に高潔で、責任ある世界市民を育成することにおいて、より強固で、より積極的な役割を果たすべきである。健全な道徳価値観を持った大学卒業生は、健全な家庭の価値観を生み出し、さらに社会全体に大きな影響を与えることができる。ソンムン大学は、道徳・倫理教育の復興と純潔思想を伴った家庭的価値観の復興において模範的な大学となることを約束するものである。

 1998年2月に私が総長に就任して以来、ソンムン大学が教育と運営の質を高めるため、一歩一歩方策を講じてきたという事実は、私の誇りとするところである。私たちの努力の結果、既にいくつもの成果が現れている。例えば、学内の地域研究センターと大学ベンチャー・センターの運営にあたっては、政府のさまざまな省庁から、相当額の補助金を得ている。その結果、全体的な評価と大学の質、学生の質は向上し、また将来も向上し続けることを私は信じている。
(1999年10月30日発表)