文化と科学の地球村としてのアジアの大学間協力

新潟経営大学前学長・早稲田大学名誉教授 鳥羽 欽一郎

 

 今回初めて、世界大学連合の会議で講演をするための招待を受けた。東京の北、新幹線で約2時間ほどの所にある新潟県に、新たに設立された大学を開校させるため、私は1994年以来学長としての激務に携わってきた。幸い今年(1998年)の3月に学長の職を離れることができたので、今回の会議に参加することができた。私が受け取った招待状にあるように、今日アジアの国々は政治的、経済的混乱に直面しているが、世界平和の構築に向けて相互理解を促進するため、学者・学生間の対話と交流を推進することが急務である。

 先ず、自己紹介をする。私は半世紀近くにわたり、日本の多くの大学の他、アメリカのハーバード大学、ノースウエスタン大学、韓国の高麗大学、マレーシアのマラヤ大学、中国の深 大学などで教鞭を執り、研究に携わってきた。また国際交流プログラムに関しては、私は既に30年の歴史を持つ早稲田大学の国際部の創設者の一人である。また新潟経営大学の学長として、ロシア、中国、韓国や他のアジア各国の大学と姉妹関係を締結するため尽力してきた。更に、私は現在も日本の数々の奨学基金の理事、あるいはアジアからの留学生を選抜するための委員会の選考委員を務めている。

 このような経験を基に、私は会議の宣言の起草準備委員会にいくつかの提案とアイディアを提供したい。

 今日アジアは、経済的および政治的な混乱と困難に直面している。このような状況の下では、国家間に協力よりも分裂、また友好よりも対決が生じやすい。そのような不幸な状況を避けて平和と友好を促進するためには、知識人や教育を受けた人々の相互理解が必要とされる。特に大学にとっては、21世紀に対して責任を持つ若者たちを教育することが、緊急の課題である。

 しかしながら、その意図するところがどれ程素晴らしくとも、我々の理想を実現するためには多くの障害をあるという事実を認識しなければならない。「必要」と「困難」はしばしば同義語とされる。従って私はこの会議の目的の実現に向けていくつかの問題点を指摘する。

■教授スタッフの問題

 学生の国際交流において、大学の教授スタッフは優れた人格とアジアの文化・歴史に対する広範な知識を持たなければならない。更に、アジア人を教えるにあたって英語が共通言語となるとすれば、教授スタッフが数年間西欧の国々で学んでいる事が望ましい。そのような意味において、資格を有する教授(教師)を常に確保するのは容易でないと思われる。これに加えて、アジアの優秀な学生はいまだにヨーロッパやアメリカの大学で学ぶことを選ぶ傾向があり、マレーシアや香港のようなアジアの国々では、民族意識の高まりによって英語能力が低下しつつある。

 このような困難を克服するために、アジア各国の知識人がより親密なコミュニケーションと一対一の対話を続けることが大いに必要である。アジアの大学の教授スタッフの間で親密な接触がなければ、次の世紀に責任を持つ若者を育てるのは困難であろう。

■学生の交流

 学生の交流と相互理解は更に困難な課題である。早稲田大学の国際部における私の経験では、ホームステイ制度を作るのは実に困難な仕事であった。我々は、ホームステイプログラムが短期間滞在するアメリカ人学生にとって、日本の文化を理解する最善の方法だとの信念をもって始めた。

 しかしながら、そのシステムを作り上げるのは最初に予期した以上に困難であった。家族制度は国によって異なる。日本の家族制度は西欧の国々に比べて保守的である。当然人種問題もあった。30年の経験の後、我々は東京に優れたホームステイ制度を維持することに成功した。その精神については、長期にわたりその責任者を務めてきた私の秘書、長谷典子さんに聞かれると良い。

 これに加えて、すべての科目が英語で行われる国際部に、いかに優秀な教授を採用するかという問題もあった。今日でも、すべての授業を英語で行っている大学は日本にひとつしかなく、また同様のシステムを持つ学部もわずかである。しかしながら、多くの大学は海外からの留学生に日本語を教えるための語学学校を設けている。

 ホストとなる国の言語で授業を受ける外国人学生の場合、言葉以外に問題はあまりない。私が知る限り、マラヤ大学は学生に2年間にわたって日本語を学ばせた後、日本に送っていた。しかし、世界大学連合の交流プログラムは2年以下の短期留学プログラムのようである。もしそうならば、それには英語のみで教えられる早稲田大学の国際部のような特別な学部が望ましい。

 その他にも単位の交換、授業料、学年度の違い、住居の問題など、数多くの解決しなければならない困難な問題がある。そのためには各大学間の注意深い議論と交渉が必要である。

■財政的保証の必要性

 どこの国においても教育は学生とその家族にとって時間と費用がかかるものだ。しかし、海外留学となると、いくら見返りが大きいといっても更に高額の費用がかかる。私自身の例を挙げれば、アメリカでの2度にわたる長期の滞在はハーバード大学のイェンチン研究所とカーネギー財団が財政的保証をした。マレーシアと中国での客員教授としての滞在費用は外務省、文部省、国際交流基金などの政府機関が保証した。唯一の例外は高麗大学の客員教授の時である。その時の費用は早稲田大学と高麗大学の大学交流基金から支払われた。

 世界大学連合が保証する学生交流に関して言えば、アジア各国間に一人当たりの収入に格差があるため、莫大な財政援助がなければその目標の達成は困難である。アジアの国々の経済状況を考慮して、西欧の国々以上に財政問題が大きいことを認識する必要がある。

 この問題を克服するために、一般の財団または政府からの支援と補助が必要である。アジア大学連合にはこの問題の解決のための具体的な計画があるだろうか。また私の経験では、いまだにアジアの学生はアジアの大学より西洋の大学で学ぶことを好む強い傾向がある。このような傾向を覆して、優秀な学生にアジアで学ぶことを勧めるには奨学金による財政的な援助と補助が重要である。

■他の同様なプログラムとの関係

 私が注意を喚起したいもうひとつの点は、この会議と同じ目的を持つ他のプログラムが既に始っていることだ。「University Mobility in Asia and the Pacific Organization (UMAP)」の公式的出発がその良い例である。この組織は1991年にオーストラリアの大学学長会議で提案され、同じ年に最初の総会がキャンベラで開催された。それ以来、総会は1992年にソウル、1993年に台湾、1996年に大阪、1997年にオークランド、1998年にバンコクで開催された。

 UMAPの理事国は現在、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、韓国、タイ、日本の六ヶ国からなり、東京の事務局が運営している。

 本会議の目標を読む限り、UMAPのそれとかなり重複している。UMAPが政府と国立大学の補助による組織である以上、それは間違いなくアジアの国々の国際交流のための現実的計画を推進している。

 もちろん政府と民間の活動は異なり、また個性的な活動は、しばしば民間の組織から生まれてくることが少なくない。しかしながら、同じ目標を掲げる他の組織との関係を考慮して議論するのは大切なことである。

■結 論

 この会議が直面している数々の困難な点を指摘したが、私はアジアの大学間の国際交流プログラムを通じて有能な若い世代の育成を目指すという目的には全く同意する。我々が議論しているこの種の計画は、数多くの交渉を経て達成されるため時間を要する。従って理想を実現するためには計画立案者の段階を踏んだ長期にわたる努力が必要である。

 招待状にも触れられているように、交通と情報システムの発達に伴い、世界は次第に狭くなっている。大学にとって若者たちを育てる事は極めて重要かつ緊急の課題である。私は本日の参加者のほとんどは高等教育に関係している方々であると思う。全ての参加者は全力を尽くして、この会議の目的達成を支援される事を心から希望する。

(1998年12月2日発表)